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15.合図 sideアレクシア

「お前たち! その男を――ア(・)レ(・)ク(・)セ(・)イ(・)を今すぐ殺せ!」


 皇帝の怒号が場内にこだまする。


 ……が、誰一人として動かない。


 動くはずがない。

 この男が殺せと命令した男は、すでに死んでいるのだから。


 しんとした静寂が辺りに垂れこめる中、勢いを失った皇帝の声が降ってくる。


「……? お前たち……なぜそこに突っ立っておるのだ……? 今すぐ殺せと命じたであろう!」

「……」


 剣を構えたまま、それ以上動こうとしない騎士たちに向けて、皇帝は尚も声を荒げる。


「なぜ動かぬ! お前たちまで私の命令を無視するのか⁉」


 がなり立てる皇帝の声を背後に、騎士たちは気まずげに視線を交わし合う。


 やがて一人の騎士が控えめに挙手をした。


「あの、皇帝陛下……」

「うるさい! 黙れ! 黙らんか!」


 挙手した騎士は、そのまま物言わぬオブジェと化した。


 まるで自分にまとわりつく羽虫を払うかのように、皇帝は何度も手を振り回す。

 両脇に控える近衛騎士は、皇帝の手が当たらない位置にまで離れ、その様子を静観している。


「アレクセイ……また貴様か! 貴様は、何度私をコケにすれば気が済むのだ!」


 両手で頭を鷲掴みにしながら、皇帝は誰も居ない宙へと叫ぶ。


 レイモンドが小さく呟いた。


「……まさか……父さんが僕たちを守ってくれているのか……?」


 皇帝の口から二度も父親の名前が出てきたことに、何か思うところがあるのだろう。


 だが、恐らくはそういう霊的な類ではない。

 奴が使用しているという香木の副作用には、幻覚や幻聴といった症状がある。

 僕の父親に怨恨を抱いている皇帝の前に、父親が幻覚となって現れたとしても不思議ではない。


 そう思っていた矢先、ふいに父親の手帳に染み付いていた香りが鼻を掠めた。


 父親の存在をすぐ傍に感じ、そちらに顔を向けると、レイモンドと目が合った。

 髪が短くなったせいか、父親と同じ顔がそこにあるような気がした。


 その顔が、フッと笑みを作った。


 不器用さを思わせる、少しぎこちない笑みだった。


 ――……父上……?


 直後、レイモンドの表情から笑みが消え、その顔がサーッと青ざめる。


「……兄さん、今、笑ったのか……?」

「は? 笑っていたのは貴様の方だろう」

「え? ……いや、なんとなく兄さんが父さんに見えたから……。……つまり、僕たちは互いを見て笑い合っていたと……?」

「僕は笑っていない」

「いや、絶対に笑っていた。義姉さんも見ていただろう⁉」

「さぁ……どうでしょう」


 話を振られたマリエーヌは頬に手を添え、フフッと愛らしく笑う。

 レイモンドのことはどうでもいいが、マリエーヌにはこれからもずっと笑っていてほしいと思う。


 釈然としない様子でこちらを睨むレイモンドには構わず、僕は耳に神経を集中させる。


 二(・)つ(・)目(・)の合図が聴こえた。


 ――ようやく来たか。


 ガイゼンに目配せすると、ガイゼンは素早く右手の手袋を外し、指先を咥えた。

 甲高い指笛の音が鳴り響き、騎士たちの視線はガイゼンへと注がれる。


 刹那、ドゴォンッ! という轟音と共に地が大きく揺れた。


「きゃっ」とバランスを崩したマリエーヌをすかさず抱き留め、「うぉっ」と前のめりになったレイモンドは無視した。


「なんだ⁉ 今の音は⁉ 何が起きたのだ⁉」


 肘掛けにしがみつくようにして皇帝が声をあげる。

 その両脇を固めている近衛騎士は、剣を構えて周囲を警戒する。


 一人の騎士が慌てた様子で謁見の間に駆け込み、素早く跪いた。


「報告します! 西の城壁付近で爆発がありました! 現在、詳しい状況を確認しております!」

「爆発だと⁉」


 焦りの色を浮かべた皇帝の顔が、弾かれたようにこちらを向いた。


「まさか……そなたの仕業か⁉」


 問われたところで、こちらは何も答えるつもりはない。


「敵襲!」


 遠くから声が上がり、また別の騎士が駆け込んでくる。


「爆発があった箇所から侵入者多数! ウィルフォード騎士団の人間と思われます!」

「なっ……」


 次々となだれ込む報告に、皇帝は愕然としたまま言葉を失っている。


「アレクシア様」


 マリエーヌが僕を見上げて小声で呟く。

 その声と表情に少しだけ明るさが戻っている。

 僕も表情を和らげて彼女に告げた。


「ああ。どうやらうまくいったようだ」


 ジーニアスが正式な皇太子となったことを知らせる、一つ目の合図はすでに聞こえていた。

 二つ目の合図は、ウィルフォード騎士団が突入する準備が整ったことを知らせる合図だった。


 かつて僕の父親がジーニアスを逃がした時に使用した、城壁の外へと繋がる隠し通路。

 今では入口となる部分は塞がれていたものの、途中の通路はそのまま残っていた。

 つまり、入口部分さえ破壊してしまえば、外からの侵入が可能になる。


 再び、遠くで爆発音が聞こえた。

 続けてもう一度、今度は別の方角からだ。


 ――敵を攪乱(かくらん)させるための作戦も、予定通り行われているようだな……。


 僕たちを取り囲んでいる騎士たちが外を気にする隙を突き、僕たちは壁に沿って後方へと移動する。


「逃がすな!」


 皇帝の叫びに反応し、入口付近に集まっていた騎士たちが僕たちの行く手を阻むように立ち塞がった。


 僕はマリエーヌを背に隠し、腰の剣を引き抜いた。

 こちらに迫る攻撃を弾き、適度に距離を取る。

 マリエーヌを守ることを最優先とするため、あまり派手には動けない。

 レイモンドを守るガイゼンも、今は防御に徹している。


 防戦一方の状態が続く中、徐々に廊下の方が騒がしくなる。


「ウィルフォード騎士団だ!」


 入口付近にウィルフォード騎士団の騎士が続々と駆け付け、帝国軍の騎士に襲いかかる。

 相手もすぐに反撃するが、俊敏な動きで立ち回るウィルフォード騎士団に完全に翻弄されている。


「何をしておる! さっさと追い払え!」


 堪りかねたように皇帝が声を上げる。

 その声も虚しく、次々と甲冑を纏った騎士が床に倒れていく。


 相手の騎士が軟弱というわけではない。

 単純に、装備の差だ。

 帝国軍の騎士が纏う甲冑は、いくら軽量化を図ったとはいえ、所詮は鉄の塊にすぎない。

 そんなものを体に身に付けていれば当然、動きは鈍くなり体力も奪われる。

 対してウィルフォード騎士団の制服は、通気性と伸縮性に優れており、戦闘服としても秀逸だ。


 これはウィルフォード騎士団に限ったことではない。

 他国の軍でも、甲冑の使用を廃止し、機能性を重視した戦闘服に切り替える傾向にある。

 そのことを皇帝は知らなかった。

 ただそれだけのことだ。


 ――見た目ばかりを気にして、時代遅れもいいとこだ。


 入口付近にいた帝国軍の騎士が減り、そこへウィルフォード騎士団の制服でない人物――宰相が姿を現した。


「なっ……。宰相! なぜそなたがそこにおるのだ⁉」


 宰相は、謁見の間の前で速やかに跪くと、恭しく首を垂れた。


「至急、皇帝陛下にご報告したいことがあり、馳せ参じた次第でございます」

「何が報告だ! そなたにはこの状況が見えておらぬのか!」


 憤る皇帝の声を曖昧に受け流し、宰相は跪いた姿勢のまま顔を上げた。


「今しがた、レスティエール帝国の正式な皇太子が誕生いたしました」

「…………は?」


 宰相の言葉がまるで理解できなかったかのように、皇帝は口を開けたまま唖然としている。


 宰相は、謁見の間へと続く道を開けるように端へ寄ると、皇帝ではなく、新たに現れた人物に向けて頭を垂れた。


 集まっていた騎士たちが、一同に息を呑む。


「まあ……。ジーニアス君、すごく素敵だわ……」


 僕の背後で、マリエーヌが感嘆の声を漏らした。


 皇太子の戴冠式用の衣装に身を包んだジーニアスの姿に、皆の視線が注がれる。

 緊張した面持ちで佇むジーニアスの頭上には、皇太子であることを証明する冠が煌々と輝きを放っている。


「このお方が、レスティエール帝国第五皇子、ジーニアス皇太子殿下でございます」


 粛々と告げられた宰相の言葉に、騎士たちは困惑するように眉をひそめる。


「第五皇子?」

「皇太子殿下……?」


 突然、目の前に現れた第五皇子という存在に、相手の騎士たちは戸惑いを隠せない様子で立ち尽くしている。

 ジーニアスの存在を知る者は、ここにはほとんどいないのだろう。


「ふざけたことをぬかすな! この帝国に第五皇子など存在しない! その者の瞳の色を見よ! 皇族の証である赤い瞳を持っておらぬ! その者は皇族でも何者でもない! 宰相の言葉に惑わされるな! 何もかも、全て不当に行われたことだ!」

「皇帝陛下。お言葉を返すようですが、この度の皇太子の儀に関して不当は一切ございません。このお方が歴代の皇帝の血を引く正当な皇族であることは、皇族登録証の第五皇子の掌紋と照合し、証明されております。現在、ご存命の皇子はジーニアス皇子殿下のみ。お歳も十六と、皇太子となられる条件は全て満たしております」

「黙れ! 皇族登録証に第五皇子の掌紋などあるものか! 全てデタラメだ! 宰相ともあろう人間が、神聖な儀式を冒涜しおって……! どいつもこいつも、役たたずの裏切り者どもが……!」


 怒りで顔を真っ赤に染め上げた皇帝が玉座から立ち上がり、声を張り上げた。


「お前たち! この場にいる反逆者どもを今すぐ皆殺しにしろ! 一人たりとも逃がすな! 確実に全員殺せ!」


 皇帝の命令に呼応するように、騎士たちに殺気が満ちた。

 直後、騎士の塊が割れるように動き、僕たちの方、そしてジーニアスがいる入口付近へと帝国軍の騎士がなだれ込む。


 一層激しくなった攻撃を防ぎながら、僕はジーニアスの方へと視線を向けた。

 入口付近では、ジーニアスを守るようにしてウィルフォード騎士団が戦いを繰り広げている。


 ジーニアスは僕の視線に気付くと、


「分かってる」


 そう小さく呟き、腰に帯びていた剣を慎重に鞘から抜いた。


「僕が、あの男を殺す」


 強い意志を宿した青い瞳と構えた剣の矛先は、玉座に腰掛ける男の顔へと向けられていた。

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― 新着の感想 ―
ジーニアス君の皇太子戴冠式用の衣装見たいです!! できるだけ大ゴマで!!カラーで!! カラーで見たいですっっっ!!!! ヾ(>ω<ヾノ三ヽ^シ>ω<)ノシ 見たい〜〜!!! 皇帝は討たなくてはならな…
いつも楽しく読んでます! 皇帝陛下が本当に勝ちたかったのは公爵様でなく父親の方だったのかな~ ここに来ても幻覚のせいもあるけど名前間違えたりするし、殺害は出来ても心まで殺すこと出来なかった悔しさ(…
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