11.命令 sideアレクシア
ガイゼンは手にした兜を無造作に放り投げると、身に付けていた甲冑を次々と外していく。
邪魔だと言わんばかりに荒々しい手つきで全ての甲冑を脱ぎ捨てると、外していた二本の剣を腰に装着し直した。
ウィルフォード騎士団の制服に身を包んだガイゼンを見て、マリエーヌが柔らかく目を細める。
「やっぱり、ガイゼンさんにはその姿がしっくりきますね」
「ありがとうございます」
うっすらと頬を染めながらガイゼンは照れるような笑みを浮かべる。
が、僕と目が合った瞬間に一切の笑みを捨て払い、真顔となった。
「本当にガイゼンなのか?」
「怪我で退団した奴が、なぜウィルフォード騎士団に……?」
帝国騎士団時代のガイゼンを知る騎士がざわついている。
奥の壇上では、唸る獣の如く歯を剝き出しにした皇帝がガイゼンを睨みつけていた。
「なぜ奴の仲間が私の騎士に紛れて……」
そこでハッと目を見開くと、皇帝は段下の騎士へと視線を走らせる。
「お前たち! 今すぐ兜を外して顔を確認し合え! 見覚えのない人間は即刻斬り捨てよ!」
皇帝の命令により、ガシャンッガシャンッと派手な音を上げて、兜が床に脱ぎ捨てられていく。
騎士たちは警戒するように剣の柄に手をかけながら、近くの者同士で顔を見合わせる。
斬るか、斬られるか。
疑心暗鬼に満ちた気配の中で、慎重に互いの存在を確認している。
いくら探したところで、怪しい人物などいるはずがない。
この場に潜入させていた騎士はガイゼンだけだ。
無駄なことを……と嘲笑したいところだが、今は少しでも時間を稼ぐ必要がある。
ジーニアスが正式な皇太子となるまでは、こちらは次の手を打つことができない。
「兄さん。今のうちに一旦引いた方がいいんじゃないのか?」
僕が扉を破壊したことで吹き抜けとなった入口に視線を向けながら、レイモンドが僕に耳打ちする。
帝国側の増援が駆け付け、退路を断たれることを懸念しているのだろう。
「駄目だ。今更引いたところで囲まれるだけだ」
すでに遠くから騎士が駆けてくる足音は聞こえている。
扉を破壊した時に生じた轟音に、異常事態を察したのだろう。
レイモンドは微かに息を呑み、焦りを表情に滲ませる。
「そもそも兄さんがここへ来るのはまだ先だったはずだろ。本当に大丈夫なのか? 向こうの状況は――」
「静かにしろ。合図が聴こえなくなる」
ぐだぐだと文句を垂れていたレイモンドはすぐさま口を噤むと、不服の眼差しを僕によこしたまま押し黙った。
レイモンドのすぐ傍では、ガイゼンが静かに剣を構え、護りの体勢を取っている。
ガイゼンは、マリエーヌの専属護衛騎士ではあるものの、マリエーヌにとって大事な人物も護衛対象となる。
今は僕がマリエーヌの傍にいることもあり、レイモンドの守りに重きを置いているのだろう。
僕はそっとマリエーヌの様子を窺う。
今の状況を不安に思っていないかと心配していたが、思いのほかマリエーヌは落ち着いていた。
僕の視線に気付くと、マリエーヌは小さく微笑む。
「私は大丈夫です。ガイゼンさんがずっと傍についてくださっていましたし、アレクシア様も来てくださったので、今はずっと心強いです」
僕に全幅の信頼を寄せるマリエーヌの言葉に身が引き締まる。
僕は微笑みを返すと、前方へと視線を戻した。
一人の騎士が皇帝の前で跪き、報告を述べている。
「他に不審人物はございません。ここに居る騎士は全員、帝国騎士団に在籍する騎士で間違いありません。」
「そうか。ならばよい」
雑に手を払って騎士に下がるよう促すと、皇帝はやれやれとばかりに溜息を漏らす。
「自分には替え玉を、更にはこちらの騎士に味方を紛れさせていたとは……。ということは、そなたも騎士の中に紛れてここへ潜入したというわけか……。戻ってきた騎士の中に怪しい人物が紛れていないかも至急確認させたほうがよいであろうな」
その言葉に、「すぐに確認してまいります!」と、一人の騎士が僕たちを横切り謁見の間から飛び出した。
「よくもまあ、ここまで私を翻弄してくれたものだ」
先ほどまで憤然たる形相で感情的になっていたが、騎士の報告を聞いて冷静さを取り戻したのだろう。
脱力するように背もたれに体を預けると、余裕の笑みをこちらによこす。
「しかし、ここまで完璧に場を整えておいて、そなた一人が自ら姿を現すとは……。やはり、妻の身を案じてか?」
意味深な笑みを浮かべると、皇帝の赤い瞳がマリエーヌへと向かう。
マリエーヌは微かに顔を強張らせ、僕の方へと身を寄せた。
僕もマリエーヌの姿を見せないよう前に立った。
それを見て、皇帝は満足げな笑みを浮かべると、ゆったりと動きながら頬杖を解いた。
「まあいい。どちらにしろ、私を裏切ったそなたは、そなたの父親と同じ末路を辿ることになるのだ。あの男がどのようにして死んだのか、そなたには見当が付いているのであろう?」
小首を傾げながら、皇帝が問うてくる。
何も答えない僕に、皇帝は微かな嘲笑を口元に浮かべる。
「そなたの父親は、私の命令によってそなたの母親を殺した。自分が何よりも大切にしていた妻を、己の手で殺したのだ」
いかにも上機嫌な様相で、皇帝は大袈裟に笑みを深める。
「絶望に歪んだあの男の顔を、息子であるそなたにも見せてやりたかったものだ。実に憐れな男であった。愛する者を守ろうとした結果が、己の手で愛する者を殺めることになったのだ。妻の返り血に濡れた姿で声も涙も枯れるほどに泣き叫び、惨憺たる姿に成り果てた奴の姿は見るに堪えなかった。せめてもの情けとして、私がこの手で奴を殺し、苦しみから解放して――」
「僕の父親は、母親を殺してはいない」
長ったらしい説明をほとんど聞き流し、僕はそう断言した。
途端に皇帝の顔から笑みが消失し、場の空気が一瞬にして張り詰める。
感情のない蝋人形を思わせる形相となった皇帝は、首を傾げて僕に問うてくる。
「何故そう思うのだ? そなたも知っておるであろう。そなたと同じように、あの男も私の命令には逆らえないのだと。だから殺した。私があの男に命令し、妻を殺させたのだ」
淡々とした語調ではあるが、こちらに向けられた高圧的な眼差しが全てを物語っている。
つまりは、図星なのだ。
それでいて、無理やり真実を捻じ曲げようとしている。
認めたくないのだろう。
己の失態を。
そして、それを僕に知られるのが屈辱的なのだ。
「僕は両親の遺体を確認している。二人とも、体の損傷は散々たるものではあったが、その顔は穏やかだった。愛する者を殺した人間が、あのような安らかな死に顔をするはずがない」
「……!」
虚を突かれたように、皇帝は目を見張った。
「兄さん……」
感極まったような顔でレイモンドが僕を見る。
両親の死に顔を僕が覚えているはずがないとでも思っていたのだろう。
「つまり僕の父親は、お前の命令に従わなかった。だから母親を殺してもいない。最期まで愛する者を守ろうと抗っていたはずだ」
僕が別荘で発見した父親の手帳には、当然ながらハレイヤ国を発つ直前までのことしか書かれていなかった。
それでも、自分に残された時間で、愛する者のために一つでも多くのものを残そうとしていた父親の想いは、不器用さを思わせる文章の節々からでも伝わってきた。
「たとえ命令されたとしても、僕は絶対にマリエーヌを傷つけない。父親にできて、僕にできないことなどない」
「……」
皇帝は僅かに目を眇めただけで、何も言葉を発しない。
突然、レイモンドが入口へと振り返った。
こちらへ駆け付けてくる騎士の足音がレイモンドの耳にも聴こえたのだろう。
次第に激しさを増していく足音は、僕の背後で止まる。
振り返って確認するまでもない。
増援の騎士が到着したようだ。
僕はそっとマリエーヌの体に手を回してガイゼンの近くへと誘導し、「絶対にガイゼンから離れないように」とだけ耳打ちする。
皇帝は僕の後方を一瞥すると、顎をしゃくりながら鼻で笑う。
「いいであろう。そこまで自信があるというのなら、実際に試してみようではないか」
強烈な威圧を放つ眼光が僕へと向けられる。
頭上の王冠がシャンデリアの灯りを反射し、閃光の如く煌めきを放った。
「アレクシア、命令だ。そなたの妻を殺せ」




