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10.両親の死 sideアレクシア

「なぜだ……? なぜアレクシアがもう一人いるのだ⁉」


 信じられない光景でも目にしているかのように、皇帝は驚愕の表情で僕ともう一人の僕を見比べている。

 段下に整列する騎士たちも、ガチャガチャと甲冑が擦れる音を鳴らしながら忙しなく首を振る。

 瞬時に視線を巡らせ、騎士の配置、人数を確認すると、正面へと視線を向けた。


 空間を両断するように敷かれた赤い絨毯。

 その先で、不安げにこちらを見つめるマリエーヌと目が合った。


 ――マリエーヌ!


 すぐさま彼女のもとへと駆け出そうとした矢先、僕の行く手に二人の騎士が立ち塞がった。


「邪魔をするな!」


 繰り出された騎士の攻撃を身を屈めて躱し、立ち上がると同時に剣の柄の先で相手の顎を叩いた。

 強い衝撃により兜が外れ、顎に当たった感触を確認する。

 刹那、すぐ背後に迫るもう一人の騎士の攻撃をいなし、同様に相手の顎を狙って剣の柄を叩き込んだ。

 ほぼ同時に二人分の甲冑が床に叩きつけられ、けたたましい衝撃音が反響する。

 仰向けに転がされた二人の騎士は軽い痙攣を起こし、やがて動かなくなった。


 それを見ていた他の騎士たちが次々と剣を引き抜き――。


「待て!」


 吠えるような皇帝の命令に、全ての動きが停止した。

 騎士だけではない。

 僕自身の足も、まるで地に縫い留められたかのように動かなくなる。


 ――やはり、直に命令されればこうなるか……。


 皇帝が近くにいるほど、僕に施された洗脳の力は強く作用する。

 無理にでも動けば、次は命令に反する苦痛が身を蝕むだろう。


 小さく舌打ちし、壇上へと視線を移す。

 皇帝は僕を憎々しげに睨みつけていたが、やがて沈黙を破るように呟きを漏らした。


「なるほど……。そういうことか……」


 薄笑いを浮かべながら、皇帝が問うてくる。


「そなた、自分の弟を替え玉として寄こしたのだな?」


 皇帝は、僕に向けていた視線をもう一人の僕――レイモンドへと向けた。


 髪を切り、完全に髪型を僕に寄せたレイモンドの姿は、まさしく僕の姿そのものだ。

 まるで鏡の中の自分が具現化したようで、見ていてあまりいい気はしない。

 僕が何も答えないのを肯定と捉えたのだろう。皇帝は小さく失笑する。


「まさか二度も同じ手にやられるとは……。しかし、これだけ似ておれば騙されるのも無理はない。そなたらが似ているというよりも、どちらも父親の血を濃く継いでいるということか……。実に愚かだということも含めて」


 不穏な色を声に滲ませながら、皇帝はレイモンドの隣に立つ騎士に目配せする。

 直後、騎士はレイモンドの手錠に繋がれた鎖を乱暴に引き寄せ、剣の刃をレイモンドの首に当てた。


「レイモンド様!」


 マリエーヌが悲鳴に近い声を上げた。


 手錠により拘束されているレイモンドは、抗う様子もなく流れに身を任せている。

 今の状況では、抵抗しても無駄だというのは理解しているようだ。


 そんなレイモンドを、皇帝は心底つまらなそうに見下ろした。


「兄に弱みでも握られたのやもしれぬが、私を騙した罪は万死に値する。死んで詫びよ」


 血の色を帯びた瞳が再び騎士へと向けられようとした時――ふいに何かを思い出したように、皇帝は軽く目を見開いた。


「ああ、そうか……。そなたがあの時の……」


 途端、皇帝は意味深な笑みを口元に浮かべると、まるで新しい玩具でも手に入れたかのようにぎらついた眼差しをレイモンドへと向けた。


「ここで会ったのも何かの縁であろう。良い機会だ。そなたに教えてやろう。そなたの両親が、なぜ死ななければならなかったのか――その真相を」


 束の間、猶予を得たレイモンドは無言のまま皇帝を見上げる。

 その顔面に、皇帝は真っすぐ人差し指を突き立てた。


「そなたのせいだ」


 レイモンドの肩が小さく揺れた。


 期待通りの反応を得てか、皇帝は満足げに目を細める。

 その顔は、僕の左胸を剣で抉った時と同じ。

 じっくりと相手の弱いところをいたぶりながら、苦しむさまを心ゆくまで楽しもうという嗜虐心が滲み出ている。


 皇帝はレイモンドの顔を観察するように、僅かに顎を引く。


「あろうことか、そなたの父親は、そなたを後継者候補から外したいと私に願い出た。だが、そなたも知っておるであろう。公爵家に生まれた男子は皆、次期公爵候補として後継者教育を受ける定めにあることを」


 公爵家の後継者となる人間に課せられる教育――それは次期公爵として必要な教養だけでなく、皇帝への忠誠心を植え付ける洗脳や、致死量に近い毒を飲まされる毒の訓練も含まれる。

 二歳から始まる後継者教育は十年間と定められており、その期間、母親を含めた外部の人間との接触は禁じられる。

 閉鎖的な空間の中で、外の世界を知る手段は父親と、入室を許可されている僅かな人間との会話、そして壁を覆い尽くすほどの書物だった。


 幼少期からそんな教育を強いられていれば、人格が破綻するのも当然だと、今なら理解できる。

 だが当時の僕は、その教育の在り方に疑問など持たなかった。


 膨大な量の課題を決められた時間内に終わらせなければ食事を与えられない。

 間違えれば容赦なく殴られ、更に課題を積み上げられる。

 それが終わらなければ眠ることさえ許されない。

 死ぬほどの苦しみを味わうのだと分かっていても、与えられた毒は自ら飲まなければならないのだ。

 死にかけたところで誰も助けてはくれない。

 救いを求めるだけ無駄だと理解していた。


「当然、私はその願いを退け、そなたにも後継者教育を受けさせるよう命じた。にもかかわらず、あの男は私の命令に反してそなたを後継者候補から外すと公言したのだ。公爵ともあろう人間が、皇帝たる私の勅命に背くとは、帝国に対する反逆も同然。断じて看過できぬ所業であった。ゆえに、そなたの父親は死罪となった。そなたの母親もまた然(しか)り。そなたの母親は、子を奪われまいと、夫を誑かし正気を失わせた。そなたの父親を愚行へと駆り立てた元凶として、そなたの母親も処刑するに至ったのだ」


 皇帝は、まるで二人の死を惜しむかのように重々しく息を吐き、「なんと嘆かわしい……」と、芝居がかった仕草で首を振る。


「そなたさえいなければ、こんな悲劇は起きなかった。そなたのせいで、尊ぶべき二つの命が犠牲となったのだ。そなたの母親を父親を惑わせた元凶と言ったが、その根源となったのはそなた自身にほかならぬ。そなたは、存在自体が罪であることを自覚せよ」

「いえ、それは違います」


 きっぱりと、レイモンドがそれを否定する。


 皇帝は意を削がれたように眉を顰めた。


「両親が死んだのは僕のせいではありません」

「なに?」


 皇帝の顔が不快げに歪み、レイモンドを睨みつけた。

 皇帝から滲み出る怒りの気配を察した騎士たちがレイモンドを注視する。


「確かに、僕がいなければ両親は今も健在だったかもしれません。ですが、だからと言って両親の死が自分のせいだとは思いませんし、罪悪感もありません」


 ガンッと、皇帝は肘掛けに激しく拳を叩きつけながら身を乗り出す。


「それはそなたが薄情な人間であるから己の罪に気付かぬのだ! 公爵家の男子として生を享けた以上、そなたが後継者教育を受けるのは当然であろう! それなのにもかかわらず、そなたの父親はそれを拒否した。事実、そなたは父親の命と引き換えに後継者教育を免れたではないか。そなたの父親も愚かではあるが、そなたこそ自分の存在を恥ずべきなのだ! それがよく今まで恥を忍んで生きていられたものだ!」


 皇帝の怒りが激しさを増し、周囲の騎士たちは静かに臨戦態勢をとる。

 いつ、誰がレイモンドに斬りかかってもおかしくない状況だ。


「何と言われようとも、僕は自分が生きていることを誇らしく思います」

「誇らしいだと……?」


 全く理解できないというように、皇帝は首を傾げる。


 レイモンドは自分の胸にそっと手を当てた。


「僕が今、ここに存在していることこそが、両親が僕を愛してくれていた証だからです」


『愛』という言葉に、皇帝の目尻がひくりと揺れる。


「父が僕を後継者候補から外したのは、父親として我が子を守ろうとしたからです。当然、その代償となるものを父は理解しておりました。それでも、全てを受け入れる覚悟で父はあなたに直訴したのです。母も、父と同じ行動を取ろうとしておりました」


 レイモンドは皇帝から目を逸らさないまま、語気を強めた。


「二人が命を懸けて守ってくれたからこそ、今、僕は生きることができています。僕の命は、両親の深い愛情によって守られたのです。それなのに、両親の死を僕のせいだと嘆くのは、命を懸けてまで僕を愛してくれた二人に対してあまりにも失礼でしょう。だから僕は、自分が生きていることを肯定できるのです」


 自信に満ちた声でそう言い切ると、レイモンドは真っすぐ皇帝を見据えた。


「皇帝陛下。あなたには、そんな風に自分を愛してくれる人がいらっしゃいますか?」


 レイモンドの問いかけに、皇帝の目尻が激しく痙攣する。

 それを誤魔化すように、皇帝は大袈裟な笑みを見せた。


「当然であろう。そなたの言うように、相手のために命を懸けることが愛だというのなら、ここにいる私の騎士たちは皆がそうだ! 皆、私の命令一つで命をも捧げる! それを喜びと感じながら死ぬことができるのだ! これを勝る愛のかたちがどこにあるというのだ!」


 口にする内容とは裏腹に、憤然たる表情で皇帝は声を荒げた。

 恐らく、自分でも気付いているのだろう。

 レイモンドが両親から得た愛と、自分が騎士から得ているまがいものの愛は、似て非なるものであり全くの別物であることを。


 刹那、皇帝の赤い瞳からスッと光が消え、不気味なほど虚無な眼差しとなる。

 もういい――と、感情のない冷めきった呟きが聞こえた。


「そなたは今から死ぬ。そなたに生きる意味などない。命を懸けてそなたを守った両親も、ただの無駄死に終わるのだ」


 淡々と告げると、皇帝はゆっくりと腕を伸ばし、レイモンドを指差した。


 束の間の沈黙に、カチャ……と、甲冑が擦れる音が響く。


「この男の刑を執行せよ!」


 皇帝が命令を言い終えるよりも早く、レイモンドのすぐ背後に控えていた騎士が動いた。

 レイモンドに剣を突き立てていた騎士の腕を背後から掴み上げると、反対の手で後頭部を押さえ、顔面から床へと勢いよく叩きつけた。


「うお⁉」


 倒れた騎士の動きに連動するようにレイモンドも床に転がる。

 レイモンドの手錠に繋がれた鎖を倒れた騎士が握っていたため巻き添えになったようだ。


「は……?」


 突然の騎士の奇行に、皇帝は理解が追いつかない様子で口を開けて固まっている。

 その間にも、騎士はすぐ後ろ、マリエーヌの手錠に繋がれた鎖の中央を掴み、それを握る騎士から鎖を奪おうとする。

 対する騎士は鎖を奪われまいと必死に抵抗する。

 が、腹部に強烈な蹴りが叩き込まれると、騎士の体は勢いよく飛ばされ整列していた騎士を下敷きにして倒れた。

 マリエーヌに繋がれた鎖を奪った騎士は、更にレイモンドに繋がれている鎖を素早く拾うと、「失礼いたします」と恭しく身を屈め、マリエーヌの体を抱きかかえる。


「な、なにをしておる! 奴を止めよ!」


 我に返ったように皇帝が声を荒げると同時に、周囲の騎士が一斉に動き出した。

 反逆の騎士に向け、四方から攻撃が放たれる。

 一層身を低くしてそれらの攻撃を躱すと、マリエーヌを抱えた騎士は地を蹴り、うごめく騎士の塊から飛び出した。

 凄まじい跳躍力を見せつけるように、天を振り仰ぐ騎士たちの頭上を悠々と飛び越え、僕の前に着地した。


 騎士の腕の中で祈るように両手を握りしめていたマリエーヌは、僕を見上げて顔を綻ばせる。


「アレクシア様!」

「マリエーヌ!」


 騎士の腕から降りたマリエーヌは僕の胸に飛び込んだ。

 その体を抱き締め、マリエーヌの存在をひしと確かめると、僕はすぐに彼女の手錠を外しにかかる。

 鍵はあらかじめ入手していたため、手錠は難なく外れた。

 彼女に似合わない物など無いと思っていたが、これは駄目だ。全く似合っていない。

 外した手錠を投げ捨て、自由になった彼女の手首をさすりながら傷ができていないかを入念に確かめる。


「私は大丈夫です。アレクシア様もお怪我はありませんか?」


 マリエーヌが僕の頬に触れながらジッと見つめてくる。

 頬から伝わる温もりの心地良さに浸りながら、僕は微笑んで頷いた。


「ああ。大丈夫だ」

「僕はあまり大丈夫じゃないが……」


 足元から聞こえたしゃがれた声に、「レイモンド様!」と、マリエーヌは身を屈めて倒れているレイモンドの様子を窺う。

 マリエーヌの手に触れようとした僕の手は頬の近くで虚しく空回った。


 マリエーヌとの再会により熱に浮かされていた頭が、レイモンドの横やりによって冷静さを取り戻す。

 床に横たわるレイモンドを一瞥し、「喋れるなら問題ないだろ」とだけ告げ、手にしていた鍵を騎士に投げ渡す。

 鍵を受け取った騎士は速やかにレイモンドの手錠を外しにかかった。


「申し訳ありません。状況が芳(かんば)しくなかったので、少々強引な手を取らせていただきました」

「いや、おかげで助かった。礼を言う」


 手錠を外されたレイモンドは、マリエーヌに支えられながら体を起こす。

 手錠に繋がれていた鎖に引きずられ、挙句に地面に叩きつけられたレイモンドの体は見るからに薄汚れている。

 加えて額(ひたい)が赤く腫れているが、特に気にするほどのものではない。

 ただ、レイモンドを支えるマリエーヌの手が汚れないかだけが気掛かりだ。


「なぜだ⁉ なぜ私の騎士がそちらについておるのだ⁉」


 皇帝の怒声を背中に受け、騎士は速やかに立ち上がった。


 顔を覆っていた兜を脱ぐと、軽く頭を振る動作に合わせて張りのある黒髪が左右に揺れる。


「……ガイゼン?」


 騎士の一人が乾いた呟きを漏らした。



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― 新着の感想 ―
ガイゼンいい仕事っぷり!! ゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜ もともとアレクシア側の人間だったわけだけど、皇帝から見たら絶対裏切らないはずの兵士が裏切った訳で、何気にダメージ大きいのかな?なんて。 レイモン…
いつも楽しく読んでます! みんなが驚くだろうな~ レイモンド様の成長!はじめ登場は、本当に世間知らずなお坊ちゃまな性格してたしね~ (悪い人ではない世間知らずかな) そばが終盤のこの発言、昔のまま…
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