28.一夜が明けて
黒ずくめの男たちによる別荘襲撃から、一夜が明けた。
窓から覗く爽やかな青空と温かな日差し。
まるで昨夜の騒動が嘘だったかのような、清々しい朝。
洋服に着替えた私は、ドレッサーの前で髪を梳かしながら昨日のことを思い出していた。
昨夜、別荘へ戻ってきた私たちは、エマさんとリディアとレイモンド様、そして別荘に常駐している使用人たちに出迎えられた。
エマさんは、子供たちの無事を確認するなりその場に泣き崩れ、マグナス君があたふたとしながら宥めていた。
目を覚ましたランディ君も、母親に抱きつき泣きながら謝っていた。
その様子を微笑ましく眺めていると、「マリエーヌ様!」と、瞳を潤ませたリディアが両手を広げて駆け寄ってきた。
けれど、私のすぐ目前で、アレクシア様がリディアの額をガシッと掴んで止めた。
「リディア。マリエーヌの傍に居るのは、僕が帰ってくるまでだと言ったはずだが?」
冷ややかに告げられて、リディアは「うっ……」と顔を顰めるも、すぐに何かを思いついたように、不敵な笑みで応戦した。
「旦那様。よろしいのですか? マリエーヌ様にお怪我がないのか、お身体の隅々まで確認しなくても……」
リディアの言葉に、今度はアレクシア様が「うっ……」と顔を顰め、渋々とリディアの額から手を離した。
それから私は、リディアと数名の侍女に囲まれながら、すでに準備が整えられていた湯浴み場へと連れていかれ、あっという間に全身を清められた。
そして浴槽に浸かっている時、私とガイゼンさんが出て行った後の別荘での様子を口々に語ってくれた。
私たちがエマさんの部屋を出た後、すぐに別の騎士が現われ、リディアたちは地下にある隠し部屋へと誘導されたらしい。
そこにはすでに使用人たち全員が集められており、安全が確保されるまではそこで待機するようにと指示を受けた。
詳しい説明もないまま、騎士たちが慌ただしく動きまわる様子に、皆が不安を募らせていた。
けれど、シェリーちゃんの存在が皆の心を癒し、気丈を取り戻させたという。
エマさんの腕の中で、無邪気な顔で眠るシェリーちゃんを見て、何があってもこの子だけは守ろうと一致団結し、家具の位置を調整したりして防壁を作っていたらしい。
幸いなことに、何かが起きるという事態はなく、襲撃者たちを制圧したため安全が確保されたという騎士からの報告があり、その場は解散となった。
けれど、彼女たちは部屋に戻ることなく、別荘へ帰って来る私のために湯浴みの準備までして待ってくれていたのだ。
本当に、なんて頼もしくて優しい侍女たちなのだろう。
その心遣いに感動しつつ、私は侍女たちに労いの言葉と感謝を述べ、明日はゆっくり休んでほしいと伝えた。
けれど、全く人手がなくなるのはさすがに大変だという事で、それぞれが半休を取り、午前と午後に分かれて業務をこなすことになった。
リディアも午前中はお休みを取り、午後から出勤するとのことだった。
湯浴みを終えて自室へ戻ると、部屋の前でアレクシア様が待っていた。
アレクシア様は色々と後始末が残っているらしく、今日は一緒に眠るのは難しいと、とても残念そうに告げた。
けれど、せめて私が眠るまでは一緒に居たいと言われたので、私たちは同じベッドに横たわった。
私も一人だと色々と考えてしまいそうだったから、アレクシア様が傍に居てくれるのは心強かった。
おかげで、あんなに大変な目にあったというのに、ベッドに横になって間もなく、アレクシア様に見守られながら、私は深い眠りに沈んでいった。
もしかしたら、目が覚めた時には戻ってきているかもしれないと、淡い期待をしていたけれど、残念ながら目覚めたベッドの上は私一人だけだった。
その事にガッカリするよりも、心配する気持ちの方が先立った。
――アレクシア様は、ちゃんと眠れたのかしら……。
考えるほど、一睡もしていないのではという結論に辿り着く。
もしかしたら、今夜も一緒に眠れないと言われる可能性も……。
忙しいのは分かるけれど、レスティエール帝国へ戻る前に、ここでしっかり体を休めてほしい。
向こうへ行ってしまったら、もっと過酷な日々が待っているだろうし、気が休まる時なんてないかもしれない。
――一緒に居る時は、少しでも休んでもらった方がいいわよね……。
そんな事を考えていると、扉を強めにノックされ、切羽詰まった侍女の声が聞こえてきた。
「マリエーヌ様! 大変です! ルディオス様……いえ、ジーニアス様がお怪我を!」
侍女と共にジーニアス君の部屋へ向かうと、ジーニアス君は書斎机の椅子にもたれかかるようにして座っていた。
二ヶ月ぶりに見た青い瞳は、私の姿を認めることなく呆然と宙を見つめている。
卓上にはペーパーナイフが横たわり、剣先が赤く濡れていた。
そこかしこに付着した血痕を辿ると、ジーニアス君の座る椅子の下に血だまりがあるのに気付いた。
ポタッポタッと滴り落ちる血は、だらんと垂れ下がっている左手の甲から流れている。
「ジーニアス君!」
私の呼び掛けに、ジーニアス君は何の反応もない。
意識はあるけれど、完全に放心状態に陥っている。
ひとまず、侍女が止血用にと持ってきてくれたタオルを傷口に押し当てていると、
「マリエーヌ。すまない、遅くなった」
侍女から事態を聞きつけたアレクシア様が部屋にやってきた。
「アレクシア様、お医者様を呼ぶことはできますか?」
「いや、昨日の件もあるから、今は外部の人間を招くのはやめた方がいい。代わりに僕が診よう。多少の傷なら僕でも処置できる」
そう言うと、アレクシア様はジーニアス君の左手の傷を診た。
傷は三つ。
だけど、一つ一つの傷はそれほど深くはないようで、アレクシア様の手によって傷の縫合がされることになった。
その間も、ジーニアス君は痛がる様子もなく、その口から何か言葉が発せられることもなかった。




