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君のうた  作者: 川野りこ
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第80話 理想と現実

 『圧倒的な集客力だな……』


 それがあったからこそ、water(s)はプロになれたって、佐々木さんに言われたっけ……


 『音楽活動を通じてお金を稼げる人だけが、プロだからな』

 『……どんなに演奏が、優れていてもですか?』

 『あぁー……いくら音楽が好きで、長い時間を音楽に費やして、hanaの言うように……演奏技術が優れていたとしてもだ。音楽活動を通じて得た収入で生活が出来なければ、プロとは呼べないだろ? アマチュアだ。勿論、アマチュアの中にも光るモノを持ってる者はいるけど、それだけだな……』


 デビュー間もない私には、その言葉の重みがよく分かっていなかったんだって、今なら分かる。

 私の居たい場所は、けして生温い……優しいものばかりじゃないから…………


 彼らも高校一年生の終わりから音楽活動をしているが、現在いまもアマチュアのままだ。


 「潤ーー! お疲れー」

 「拓真、お疲れ」


 奏と同じく帝東藝術大学音楽学部を卒業した二人は、スーツ姿のまま待ち合わせをしていた。その背中には、格好には似合わないギターケースが目立つ。


 「行くか!」

 「あぁー」


 スクランブル交差点を渡る中、頭上にある大画面から曲と共に彼女の姿が映る。化粧品のCMのようだが、流れている曲は"eternity"で、彼女が歌うwater(s)の曲だ。


 「……上原」

 「凄いな……」

 「あぁー……」


 学生の頃からプロとして音楽活動を続けている彼女は、卒業後マスメディアに出る機会が圧倒的に増えていった。今までは出演のなかったCMやファッション雑誌がいい例だ。彼女の活躍を目にする度に感心する反面、嫉妬にかられる事もあるが、どれも言葉にはならない。


 「ーーーー上原って……本当、凄いよな……」

 「あぁー、よく難しいメロディーラインを簡単に歌うよな」

 「……羨ましい限りだな」


 毎週のように金曜日の夜は、seasonsでライブを出来る限り行なっていたが、単独ライブではなく何組も出演する中の一組だ。

 控え室でスーツから衣装に着替えると言っても、パンツはスラックスのまま、トップスが色違いのTシャツで、足元がスニーカーになるくらいだ。


 二人が立てば、先程よりも観客の反応はいいが、客入りにまでは顕著に出ない。それは、彼ら自身が痛感していた。

 時間だけが過ぎていき、単独ライブを演ってから早くも七ヶ月が経っていたのだから。


 五曲を歌い終えると、今日一番の拍手が響き、ステージに駆け寄るファンの姿があった。


 「TAKUMAくん、これ食べて下さい!」

 「JUNくん! 私も……」

 「これも!」


 差し入れを素直に受け取り、笑顔で去っていく。


 聴いてくれる人がいるのは有り難い事だと分かっているが、その表情は先程までとは違い優れない。


 「お疲れー」 「お疲れ……」


 彼らが社会人になって四ヶ月。ライブを行った後、拓真の家で反省会をして土曜日から日曜日の昼までは、曲作りや練習にあてていた。時にはスタジオを借りてレコーディングをする事もある。

 週末は、限られた時間の中で最大限に費やす為にあるようなものだ。


 「……今日も人の入りは、まあまあだったな」

 「あぁー」


 単独ライブの時からSNSで宣伝しているが、ライブを見に来てくれていた友人は、同じように新社会人が多く、その機会は減った。その為、今日のような人達はENDLESS SKY、通称エンドレの貴重なファンだと言えるだろう。


 「はぁーー……学生と違って使えるお金は増えたけど、時間が足りないな」

 「だよなー、そういえば……オーディションどうなったかな?」

 「何個か応募したけど、そろそろ二ヶ月か……」


 まとまった休みのゴールデンウィーク期間中に、オーディションに応募した理由は一つしかない。彼らはプロになりたいのだから。


 名前や生年月日等の簡単なプロフィール、顔写真と全身写真に音源の添付、その全てがインターネットから行えるものが、今の主流である。通常、書類選考を通れば三ヶ月以内に連絡があるが、まだ何も届いていない。


 『また機会があったら教えてね。miyaも聞きたいって言ってたから』

 『本当に?! 絶対教える!』


 樋口は彼女との何気ない会話を想い浮かべていた。


 単独ライブを出来るように、もっと練習しないと…………まだ、miyaに見せられるライブじゃない。


 僅かな時間でも聴きに来たくれるファンには心から感謝していたが、理想とは程遠い。


 それが二人の現実だった。




 「……hanaじゃん!」 

 「本当だ!」

 「これ、この間撮影したってやつか?」

 「う、うん……」


 これから音楽番組の生放送を控えるwater(s)は、楽屋でテレビを見ていた。いつもと変わらず本番前であっても、リラックスした雰囲気が流れている。彼女は自分の映るCMに恥ずかしそうだ。


 ーーーー自分じゃないみたい。

 肌、綺麗に映ってるし……口元……そんなにアップにしないで欲しい……


 どうやら口紅やファンデーション等の化粧品のCMだったようだ。一緒に流れる曲は新婚旅行後、すぐに創り上げたものである。その為、恋人を想う心が描かれた女性目線の歌詞となっていた。


 「皆、本番だよ」

 『はい!』


 揃って杉本に応えると、五人はライブ前のように円陣を組んで気合いを入れてからスタジオに向かった。


 最初は慣れなかったカメラワークにも、順応に対応出来るようになったと思う。

 ライブと違って、他のアーティストの前やファン以外の人の前で歌うのは、いつもと違う緊張感があるのは今も変わらないけど…………

 でも、立ち止まるわけにはいかないから……歌い続けるの。

 夢が叶う、その日まで…………

 “eternity“は永遠、永久。

 あなたとの誓いは永遠……和也との誓いは、永遠だって想ってる。


 彼女は、大切な人と共に歩む幸せを歌っていた。


 「この曲、hanaにしては、珍しいよな?」

 「あぁー、分かる」

 「確かになー」

 「えっ? どの辺が?」

 「いつものhanaだと男性目線の詞が多いけど、久しぶりに女性目線だから」

 「……そうかな?」

 「自覚ないのか」

 「hanaらしいけどなー」


 五人は杉本の運転する車で移動中だ。

 理想を詰め込んだwater(s)御殿と言うべきか、彼ら専用のスタジオを訪れていた。地下に下りるなり、編曲の構想中である。


 「hana、今の所もう一回いいか?」

 「うん」


 編曲作業は、メンバー全員で行うことが殆どだから……一人で仕上げるよりも、倍以上の時間がかかる。

 メロディーや歌詞を生かすのが第一条件だけど、曲に対する解釈がメンバーによって異なる場合は、合わせていく過程が大変で……


 「うーーん、この感じのリフは?」

 「一番しっくりくるな!」

 「じゃあ、この感じで!」


 だけど、更に素敵な曲になっていくから……曲が形になっていく過程は、毎回楽しいとも思う。

 いつも……私が考えていた以上のものが、出来上がるから…………


 「頭から行くぞ?」

 「うん」

 「hana、OK?」

 「うん!」


 明宏のドラムスティックを合図に曲が流れる。九月にリリース予定の"チョコレートコスモス"は、ドラマ主題歌になる事が決まっている。その為に書き下ろした曲だ。


 「出来たー!」 「終わったな!」

 「お疲れー!」 「お疲れさま」


 思わずハイタッチを交わす。彼らにしては珍しく二ヶ月近くかかり、ようやくアレンジが完成していた。


 「もう一回、流す?」

 「うん! 一回流して、今日は終わりにするか?」

 『了解』


 時刻は夜中の十二時を過ぎようとしていたが、最初から演奏し、全員が納得する形でスタジオを出ていった。


 これがwater(s)の日常。

 今まではマスターの喫茶店だったり、カラオケ店の一室だったり、スタジオを借りたりと、様々な場所で集まってきた。

 学生の頃に練習室を利用していたのもお金がかからないからだったけど、自分達専用のスタジオが出来たおかげで、いつでも好きなだけ演奏が出来るようになった。

 四六時中弾いていたって、歌っていたって、いい場所。

 本当にそんな事してたら、体調を心配されそうだから出来ないけど…………そう思えるくらいの大切な場所。

 夢の詰まった空間に、また鳴ってるの…………

 私の居たい場所は、けして生温い……優しいものばかりじゃないけど、曲が一つできる度……この世に出る度の感動は、他の何にも変えられない。

 water(s)は、それが体現できているから……


 彼らは、抱き続けた理想を現実にしていたのだ。

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