表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のうた  作者: 川野りこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/126

第81話 音楽家

 和也達にくる仕事のオファーは、音楽関係がほとんどだけど、私にくるのは……そうじゃない物の方が多い気がする。

 CMやファッション雑誌……俳優さんやモデルさんじゃないのに…………

 でも……だからって、仕事を受けない選択肢はない。

 『世界中何処にいても聴こえてくるようにする』って事は、知名度がなければ皆無だから…………そう思ってる。


 あるアーティストで、今では有名な曲になっていても、ストリート時代は見向きもされず、プロになってリリースしたら売れたっていう話を聞いた事があるくらいで…………毎年、四百組以上のアーティストがデビューする中で、私はいつまで歌うことが出来るのかな?

 大学を卒業してから、余計に……そう感じてしまうの。

 だから……他のメンバーは、もっと前から自分の理想と現実のギャップを感じていたのかもしれない。

 私の瞳に映る圭介達は、それを乗り越えてきたんだと思う。


 「hanaさん、OKです」

 「ありがとうございました」


 奏は秋物の服を着て、ファッション雑誌のインタビューに応えていた。スタジオでの撮影がようやく終わり、ひと息ついた所だ。


 はぁーーーー……緊張した。

 声にこそ出さないけど……音楽関係のジャケットやプロモの撮影は、デビュー当初からお世話になっている人達が撮ってくれているから…………こういう風に初めましての人達ばかりだと、余計に緊張する。

 今日も、無事に終わってよかった……


 衣装から私服に着替えた控え室に、ノックの音がした。


 「はーい」

 「hana、入るよ?」

 「スギさん、お疲れさまです」

 「今日は先にレコーディング始めてるらしいよ」

 「はい……頑張ります!」


 いつもの調子で応える彼女に、杉本が微笑む。

 彼の運転でwater(s)専用のレコーディングスタジオに向かうと、ちょうど和也がギターを演奏中だ。


 奏は本番を前に常温の水を一口飲み、収録に備える。その横顔には本番前の雰囲気が漂っていた。


 「…………もう一回、今のところいい?」

 

 『もう一回』と言っているが、想い描いた声が出ていないのだろう。これでリテイクは六度目だ。


 私が、彼なら……こう言ったと思う。

 フィクションの中に、ノンフィクションを見つけて作った曲。

 最高のアレンジに、仕上がっているから……


 ヘッドホンに左手を添え、再び声を出す。その横顔で聴かなくとも、彼だけは確信していた。


 「……これで、いけるんじゃないか?」

 「さすがmiyaだな」

 「あぁー、確かに。一番感情も、こもってそうだよなー」

 「でも、hanaにしては珍しいよな?」

 「あぁー……いつもと違う仕事をしてきて、緊張があったからかもな……」

 「さすが旦那だな」

 「hiro、茶化さない」


 ブース越しでは、そんなやり取りがされていたが、彼女が気づく事はない。その為、レコーディングを終えると、清々しい笑みを浮かべていた。




 曲のタイトルにちなんで、チョコレートコスモスの生花を持ってジャケット撮影に挑む。手元を顔に寄せれば、本当にチョコレートのような香りを感じる。


 「視線、こっちねーー」


 シャッターを切る音が響けば、撮影は順調に終わりカメラマンと僅かな談笑の時間だ。


 「菅原さん、ありがとうございました」

 「お疲れさまー、hanaのCM良かったよー」

 「わーい、ありがとうございます」

 「hana、みんなも、今度個展を開くんだけど良かったら見に来て」

 「行きます! 楽しみにしていますね」

 「菅原さんの写真、楽しみです!」

 「ありがとうございます」


 次々と個展が楽しみだと声をかける中、彼女はチケットを受け取り、綻ばせていた。


 菅原さんの瞳に映る世界は、どんな風に見えているのかな…………

 water(s)の写真はいつも素敵で、仕上がりを見る度に……hanaなんだって、実感する。

 写真に詳しくはないけど、菅原さんの作品が世界的にも認められていてるのは分かる。

 そして……そんな人が、私達の作品に携わってくれているの。

 幸運なことに、water(s)の周りには一流と呼ばれる人達しかいないから…………和也の想い描いた(s)に入るメンバーが、増えた証だとも思う。


 「hana、嬉しそうだな?」

 「うん! 菅原さんの個展、前から行ってみたかったから……」

 「あぁー、楽しみだな」

 「うん……」


 隣にいる和也と微笑み合う姿に、思わずレンズが向けられていたのは言うまでもない。

 



 「和也、おはよう」

 「おはよう……」


 パジャマ姿のまま、和也がリビングに起きてきた。


 「ご飯食べる?」

 「んーー、着替えてくる」


 彼はどうやら朝に弱いようだ。昨夜遅くまで、作曲していた事が原因である。


 「俺も曲まとまったから、今日の練習で披露できそう」

 「お疲れさま」

 「奏は、作詞もしたんでしょ?」

 「うん、作曲しながらだから……今日、聴いてもらうね」

 「楽しみだな」


 遅めの朝食を食べ終えると、ギターを車に積み込んで、専用のスタジオに一番乗りだ。

 メンバーだけでなく杉本もカードキーを持っている為、インターホンを押すことなく、続々と集まっていく。今日はwater(s)だけで練習の為、さっそく地下に向かい、奏から曲の披露だ。滑らかに動く指先は多彩な音色を放っているが、歌声も変幻自在である。合わせたいメロディーが浮かぶほどに。


 「…………どうかな?」


 緊張気味に尋ねるが、良い返事が返ってくる。


 「テンポいいなー」

 「あぁー、アップテンポでいいな」

 「これで、アレンジいけるな。miyaのは?」

 「俺は、今回は作曲だけ。久々に、歌詞は合作にしない?」

 「面白そうじゃん」 「いいな」 「あぁー」


 奏に譜面が当然のように渡され、初見で鍵盤に触れれば、和也が頬を緩ませギターの弦に触れる。


 「マイナーキーか……」

 「転調多めだな」 「あぁー」


 演奏が終わると、先に彼女の作った曲からアレンジに取り掛かっていった。


 絶対音感の持ち主が多いから、不協和音は時と場合によっては使ってるけど、今回は使わないかな……合わせる時は、躊躇わない。

 より届く音になるように……それだけを想って。


 リズムを刻む大翔のベースに合わせ、明宏のドラムが入る。さながらセッションのようにアレンジを行う中、時刻は午後五時を回っていた。五時間続けて、アレンジ作業を行なっていたからだ。


 「お腹空いたなー」

 「夕飯って事で、そろそろデリ頼むか?」

 「肉、肉食いたい!」

 「本当、肉好きだよなー」

 「miyaの希望入れるなら、前頼んだ所でピザとパスタ系にするか?」

 『賛成』


 それぞれ違うデリバリーを頼むと、いう選択肢はない。一気に届けば、また直ぐにアレンジを再開出来るからだろう。デリバリーが届くまでの間も、休憩を挟む事なくセッションを続けていた。


 夕飯を食べ終えると、直ぐにスタジオにこもり、音合わせに戻る。


 アレンジャーに頼む事も出来るけど、water(s)の曲はあえてしていない。

 私達で、最初から最後まで創り上げたいから……音楽に費やせる時間は学生の頃より増えたけど、全然足りない。


 ーーーーもっと……もっとって、貪欲になっていくの……


 「お疲れー」

 「今日はここまでだな」

 「明日は番組の収録だろ?」

 「うん、スギさんがここに午後一時頃に来てくれるって連絡来てたね」

 「あぁー。じゃあ、また明日な」

 「うん、収録後また続きって事でな」

 『了解』


 各自、車やタクシーで帰ると、奏達が家に着く頃には二十三時近くになっていた。休憩後も四時間近く、引き続き意見を出し合っていたからだ。


 「奏、風呂入れとくから、先に行ってていいよ?」

 「うん、ありがとう」


 防音室に入ると、アレンジを考えながらも日々の日課でもあるピアノの練習だ。彼女がピアノに触れない日も、歌はない日も一日もない。常に練習の日々である。


 「ーーーー奏、それ弾いたら風呂な? 明日の朝、一緒にギター弾くだろ?」

 「うん!」


 私も和也も放っておくと、いつまでも練習し続けるから、必ずどちらかが熱中している時は、声をかけること。

 それが、宮前家の暗黙のルールになってる。

 おかげで、いつまでも練習し続ける事はなくなったけど……和也と音を合わせる時間は楽しい反面、いつも少し緊張していて…………鳴ってるの…………


 約束通り朝食後すぐに、ギターの練習を行なっていた。かれこれ四時間程、練習を続けている。


 「和也、そろそろお昼にしない?」

 「そうだな」

 「作ったら呼びに来るね。本番前の練習もするでしょ?」

 「あぁー、ありがとう」


 彼女が防音室を出ると、和也はそのまま今日披露する曲を見直していた。


 十二時半には出ないと、スタジオに十三時だから……朝からギターの練習は捗った気がする。

 和也と……二人で練習する機会は、同棲していた頃よりも、結婚してからの方が増えたよね。

 それだけ、音楽に触れていられるってことで……


 現在は十一時過ぎだ。炊き立てのご飯に、朝食の時に用意しておいたサラダと、作り置きしておいた煮込みハンバーグに、目玉焼きを乗せ、ロコモコ風の昼食を用意する奏はリラックスしていた。


 以前の本番前だったら、緊張でご飯なんて食べられなかったけど……私も、少しは慣れてきたってことだよね。


 「和也ー、出来たよー!」

 「あぁー、ありがとう」


 こういう何気ない毎日の積み重ねが、未来あすへ繋がっていくんだって…………そう、信じてる。


 食べ終えると、いつものように彼女が準備する間に、和也が洗い物を終える。

 準備万端でスタジオに着けば、すでに駐車した彼が待っていた。


 「スギさん、おはようございます」

 「hana、miya、おはよう。あとは、akiが来たら出発するからね」

 『はい』


 約束の時刻の十分前だが、殆どのメンバーが集まっている。彼らは、現場に遅刻をした事がないのだ。常に五分前行動をするメンバーが多い為、明宏もすぐに合流し、番組収録スタジオに向かう。


 車内では、今日演奏する曲について話していた。


 「三曲、演奏させて貰えるんだよな?」

 「あぁー」

 「懐メロに、デビュー曲が入るんだもんなー」


 音楽業界は、次の一年も……生き残れるかどうかは分からない……毎年、四百組以上のアーティストがデビューしているのにも関わらず、生き残れるのはほんの一握り。

 これだけ努力したから、成功するなんて保証はない。

 常に努力し続けないと、明日は歌えなくなるかもしれない…………

 この想いは、デビューした頃から変わらないから……私が大学を卒業して、より一層音楽の世界にのめり込んでる気がする。

 五人で披露する機会は、確実に増えたと思う。

 専用のスタジオが出来たことも大きいかもしれないけど……夢を一つずつ、確実に叶えていく和也達に、私はどれくらい近づけているのかな?


 彼女は不安を払拭すべく、リハーサルに挑んでいた。


 歌っている瞬間が、幸せって想う。

 この瞬間が少しでも長く、願わくば和也と約束したとおり……世界中何処にいても聴こえるように……


 今回はwater(s)の為だけに用意された円形状の特設ステージだ。その為、周囲をファンが囲む演出である。

 本番さながらの演奏でリハーサルを終えると、楽屋で休息を取りながら収録時間を待っていた。


 「……仮眠とるわー」

 「俺もー」 「うん」


 昨日も家でそれぞれ練習していたからだろう。リハーサルの疲れもあるのか、メンバーのほとんどが仮眠をとる中、奏は寝つけずにいた。


 「……hana」


 和也に隣に座るよう促され腰掛けると、頭が肩へ引き寄せられる。


 「少し、目瞑っとくだけでも楽だよ」

 「うん……」


 素直にそっと瞼を閉じて、夢を見ていた。


 「それでは、water(s)で懐メロにもランクインしていた“終わりなき空へ“。そして、今話題の新曲“チョコレートコスモス“、“ふたつ星“、三曲続けてどうぞ!」


 メインスタジオにいる司会者から、カメラが切り替わり、曲が流れる。


 …………ここにいる人達の息遣いを感じる。

 ファンクラブに入ってくれている人達だから、新曲なのに……反応がいいのが分かる。


 彼女はリハーサル通りに動いていた。すべて歌い終わると拍手と歓声が響く中、収録が終わったのだ。


 「本日はお越し頂き、ありがとうございました!」


 奏に続いて、メンバーが揃って一礼をして去っていく。

 普段のMCは圭介が担当の為、こういう時だけは他のメンバーが言うようにしてレア感を出していた。


 ーーーーーーーーまだ……鳴ってるの……あっという間の時間だった……


 専用のスタジオまで送ってもらうと、さっそくセッションを始まる。本番を終えたばかりだが、昨夜の続きだ。編曲は長いもので三ヶ月に及ぶ事もある為、この日も二十二時には解散し、また明日に続いていく。


 「奏、Bメロからサビにかけて歌ってみてほしい」

 「うん」


 帰ってからも防音設備が整った部屋で、和也のギターに合わせて声を出す。


 徐々に……形になっていく。

 方向性さえ決まれば、意見が全く合わない事はなくなるから、大丈夫。

 この五人なら上手くいく。


 奏は自身を、そしてメンバーを、信じていた。


 こうして……一曲が生まれて、また新しい曲やアルバムになって……ライブへと展開していくの。


 これが彼ら、音楽家water(s)としての日々である。


 三百六十五日、二十四時間、音楽漬けの日々が続いていくみたい。

 懐メロに、デビュー曲がランキングされた時……和也の言葉は、半分くらい叶ってるって思った。


 『……何十年経っても、ずっと誰かが口ずさんでくれたら、聴いてくれていたら……これ程、嬉しいことはないだろ?』


 六年目になった今、ようやく……それぞれ自分達のやりたい事をできるようになっているから…………私も、みんなに続きたい。

 これから先も、五人で…………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ