第82話 プロとアマチュア
「人、まだ……いるね」
「あぁー、さすが菅原さんだよな。この規模の個展が開けるなんて、やっぱり凄い人だよな……」
「うん……」
奏は和也と共に、招待された会場を訪れていた。閉館間近だが多数の人が今も鑑賞中である。
「…………綺麗……」
彼の写真は風景や人物、モノクロやカラー等、様々な手法で撮影されたものだ。日本だけでなく、アメリカやイタリア、ベルギー等の様々な国の写真が展示されている。
定期的に個展を開いているって聞いたけど、菅原さんは……今回、七年ぶりって言ってた。
ーーーー写真家って、すごい…………菅原さんの瞳には、こういう風に映ってるんだ。
「…………これ……」
思わず声を出した彼女に、和也が微笑む。人が集まった先にある一つのモノクロ写真には、hanaが写っていた。一緒に写るmiyaは後ろ姿だけで、彼女にフォーカスが当てられている。
「……菅原さんが、撮影中のオフの時間に撮ったんだってさ。いい顔してるだろ?」
「これがあるから、誘ってくれたんだね」
「展示許可は、俺が出したので」
「……やっぱり……でも、楽しそう……」
それは彼女が椅子に腰掛け、話している写真だ。
ーーーー私……こんな顔して、笑ってるんだ……
hanaとして映る時とは違って、普段の様子を切り抜いたような写真だから、少し照れくさくて…………自分じゃないみたいだけど……
彼女が笑顔を向ける相手も、おそらく幸せそうな笑みを浮かべているだろうと、誰もが想像するだろう。その空気感が反映されたような写真に、今の二人も幸せそうな笑みを浮かべていた。
写真展で良い刺激を受けたのだろう。自宅に帰るなり、レコーディングルームでピアノとギターに触れる二人は、楽しそうにセッションしていた。
「菅原さんのフォトブック、あとでまた見たい」
「あぁー、もう少し弾いたらな」
「うん!」
私の間近にいるのは、すごい人達ばかり。
菅原さんの写真を、一点一点食い入るように見ている人達もいた。
water(s)の曲を聴いてくれる人の為に、少しでもたくさんの曲を届けていきたい。
ーーーーこうして、二人でセッションしていると、高校生の頃を想い出す。
音楽の知識も、経験も……今よりも乏しかったけど、あの頃にできる精一杯のことをやっていた。
それくらいは……
「こうしてると高校生の頃を想い出すなー」
「……うん、懐かしいね」
和也も同じ事を考えていたのだ。想い出話に花を咲かせながら、懐メロにランクインしていた"終わりなき空へ"を奏でていった。
「……拓真!」
「んーー、潤どうしたー?」
「SNSで、レーベルからメッセージが来た!」
「えっ?!」
寝ぼけていた酒井も、ベッドから飛び起きた。
「これ!」
樋口の携帯電話の画面には、レコード会社からのメッセージが届いていた。
『ネット配信、拝聴させて頂きました。つきましては一度、社にお越し頂ければ幸いです。連絡先はーーーー』
オーディションに落ち、この二ヶ月程気落ちしていた彼らにとって朗報である。さっそく連絡を取ると、指定された場所に向かう事となった。
ENDLESS SKYに連絡を取ってきた会社は、ウィンドレーベル。大手ではないが、オリコンチャートトップ20に入るミュージシャンを輩出している。
「……緊張するな」
「あぁー……」
揃って有給休暇を取り、平日の昼間にウィンドレーベルを訪れていた。二人の背中には、当たり前のようにギターがあった。曲を聴きたいと言われていた事もあるが、この後に練習するからだ。
受付にある電話の受話器を取ると、数日前に話した男性の声がした。
「こんにちは。本日お約束していたENDLESS SKYの樋口と申しますが……」
『はい、柏木です。右手の扉から入って頂けますか?』
「……はい」
視線を感じながらもフロアに踏み入れれば、いくつか机が並ぶオフィスのような作りになっていた。緊張感に包まれながらも、はっきりとした口調で応える。それだけは心得ていたのだろう。その瞳は光を宿しているようだった。
「菅原さん、個展大盛況みたいですね」
「kei、ありがとう」
「凄い刺激を受けました」
「あぁー、また開く時も教えて欲しいです」
「うん、綺麗に撮って下さって、ありがとうございました」
嬉しい言葉の数々に、菅原は笑みを浮かべた。今日は新曲のジャケット撮影が終わった所だ。
「hanaの写真は好評だよー。water(s)のファンの子も個展を見に来てくれてるから、有り難い話よね」
「私だけの写真では、さすがにないですよ……見に来てくれるのは、菅原さんの腕がいいからですよ?」
「ふふふ、ではそういう事にしておきましょうか。miyaは苦労するわねー」
「そうなんですよ。もっと言ってやって下さい」
「ん? なんで、miyaが苦労するの?」
「hanaらしいでしょ?」
「そうねー。hanaの宣伝効果は今、この業界でも凄いのよ?」
「業界? 音楽業界ですか?」
「うーーん、芸能かしらね? CMが良い例じゃない? 好感度が良くて、旬の人しか使われない事が多いんだから」
「……water(s)を知ってくれるなら、何でも嬉しいですよ?」
彼女はあくまでもwater(s)が一番である。そんな奏の様子にメンバーだけでなく、その場にいた長年ともに過ごしてきたスタッフからも、笑みが溢れていた。
「出来たーー!」
「今の感じ、忘れないようにもう一度な!」
以前歌詞を合作にした曲のアレンジが仕上がったのだ。時刻は夜中の二十四時を過ぎた所だが、もう一度頭から演奏を始める。弾む心を抑えるように出した声は、伸びやかに広がっていった。
"終わりなき空へ"以来の久しぶりの歌詞合作。
あの頃は、マスターの喫茶店で意見を出し合ったりしていた。
やっと……専用のスタジオで、演奏できるまでになった。
ーーーーーーーーでも、いつも想う。
あの頃よりも知識は増えたけど、基本的な事は変わらない。
私達は、音楽がすきだということ。
最後の一音が消えれば、ライブ直後のようにハイタッチを交わす。
「“星空の果てに“か…………“終わりなき空へ”のアンサーソングだな」
「うん」
「あぁー。メジャーキーに対して、今回はマイナーキーだしな」
「そうだな」 「あぁー」
「俺達らしくて、良いんじゃないか?」
「うん!」
キラキラ光る一番星を目指して…………今日も、歌い続けるよ。
その数日後、大学時代の友人からライブの誘いの連絡が届いた。
『seasonsにて午後七時より単独ライブを行います』
彼女はメールを見るなり、レコーディングルームにいた彼に声をかけた。
「和也! エンドレが、春江さんの所で単独ライブするって!」
「おー、凄いじゃん! 約一年ぶりくらいか?」
「そうだね。和也も行く?」
「行くよ。同じ専攻だった子も、見に来るのか?」
「そうみたいだよ。綾ちゃん達からも、連絡が来てたから」
「楽しみだな」
「うん!」
音楽がすきだからこそ、その耳は厳しいが、他者だけではなく自分達の音に対してもだ。その為、自然と彼らの創り出すモノは、洗練された曲となっていた。
「こんばんはーー! ENDLESS SKYです!」
酒井のかけ声で曲が始まる中、奏は和也とバーカウンターの椅子に腰掛けていた。彼らが友人やSNSで宣伝を行った甲斐もあってか、会場は満員である。最前列には、熱烈な女性ファンもいるようだ。
「へぇー、TAKUMAとJUNか……」
「和也は初めてだよね? どう?」
「技術はあるな……」
「そっか……」
否定はしないけど、それだけ…………私が聴いても……音の質が、あの頃とは違うから…………
働きながら音楽活動も続けるって、想像以上に厳しい道のりだよね。
ーーーー練習不足にもなる……か……
それは、彼らが一番自覚していた事だ。ウィンドレーベルに所属するにあたって、正社員の安定の道は捨てる事になるが、彼らはまだ捨てきれていない。音楽を優先したからといって、プロになれる保証も、ましてや売れる保証も、どこにも無いのだから。
「……変わった……」
「そうだな」
レーベルの人が見に来ていた事もあり、最初は萎縮していたのだろう。曲を重ねる毎に、本来の音色の良さが出せていたのだ。
「ーーーー惜しいな……」
「おしい?」
「最初から今の音が出せてたら、もっとファンが増えるだろ?」
「そっか……」
ーーーー私達のいる世界は、そういう世界。
会社は利益を求めてる…………この言い方はすきじゃないけど、綺麗事だけで食べていける程、楽な道じゃない。
お金にならなければ、売れなければ…………与えられたチャンスを生かせなければ、生き残れない。
そういう世界…………
酒井も樋口くんも、友人だし、作る曲はすきだけど……
「……勿体ない」
「そうだな。上手く導いてくれる人がいれば、TAKUMA達の音楽性も変わるかもな……」
「ーーーー音楽性……」
二人のグラスはすっかりと空になっていた。懐かしのレモネードをもう一杯注文すると、再び椅子はステージに向けられ、アップテンポなメロディーに乗せ、懐かしいステージを眺めていた。
『……ありがとうございました!』
彼らのライブは拍手と歓声が響く中、幕を閉じた。
「……どうでしたか?」
「ENDLESS SKY……通称エンドレね……出だしの練習不足は否めないけど、将来性はあるデュオだな」
「はい……」
「見せて貰った動画と、この規模の人員を満たす器量で……及第点と言った所かな」
「では!」
「……あとは、柏木くんに任せる」
「ありがとうございます!」
バーカウンターの端で三十代半ばの男性と四十代後半に見える男性二人が、ステージから去っていく彼らを眺めながら話していた。
会場の人の動きはまばらである。これから自作のCD販売を行うからだ。
「……奏は、綾ちゃん達と飲んで行くか?」
「ううん、今日は挨拶だけでいいよ? 春江さんにも会って行くでしょ?」
「あぁー」
「…………miya?」
「……譲二さん?! ご無沙汰してます」
「久しぶりだな」
四十代後半に見える眼鏡をかけた男性は、和也と親しげである。
「hana、この間の映画音楽の仕事で、ご一緒させて頂いた音楽プロデューサーの岸本譲二さん」
「はじめまして。water(s)のボーカル、hanaと申します。よろしくお願い致します」
礼儀正しい様子に、譲二からも笑みが溢れる。
「評判通りの子だな……こちらこそ、よろしく」
そう言って差し伸べられた手を、彼女は両手で握り返していた。
「二人は……エンドレを見に来たのかい?」
「はい!」
「hanaの友人なんです……譲二さんなら、それくらい知ってますよね?」
「まぁーな。おっ、CD販売が始まるな」
「私、行ってくるね」
「あぁー、俺もあとから行くよ」
「うん……それでは、失礼します」
お辞儀をして綾子達の元に向かう彼女を背に話を続けた。
「…………譲二さんが、プロデュースするんですか?」
「どうかな?」
その返答に思わず頬が緩む。否定しないという事は、『Yes』という意味だからだ。
「じゃあ、これから化けますね」
「そこは、彼ら次第だけどな?」
「音大出身ですよ? 技術はあるんだから、譲二さんが磨けば、必ず光ります」
「やけに入れ込んでるな?」
「…………面と向かって、ファンだって言ってくれたの……彼らが初めてだったんですよ」
「へぇー、どうりで……」
「彼、弾き方が似てるでしょ?」
和也は嬉しそうに、二人に視線を移した。
「似てるな。コピーって、思った部分もあったくらいだからな」
「ですよね……有り難い事です……」
「……そういや、miya達もここで演奏してたんだろ?」
「はい。デビュー前から、お世話になってます。ある意味、原点だと思ってます」
「原点ね……water(s)は、相変わらず日本の音楽業界を席巻しているからな」
「そうですか? まだまだです……いつも必死ですから」
「見えないなー。miyaはいつも余裕そうだからな」
「まさか! あっ、そろそろ失礼しますね」
CD販売が始まり、彼女の番を迎えそうだからだ。
「はいよー。またな」
「はい! ありがとうございます」
駆け寄ると、奏の友人達とも気さくに話している。その姿は、仕事で会う表情とは違い、柔らかな笑みを向けていた。




