*番外編*君に捧げる恋の歌
第78話、第79話の和也視点のお話。
うわっ……って、思わず声を上げそうになった。
試着で散々見てきたけど、俺が送ったアクセサリーとか……フル装備で見るのは初めてだ。
目の前にいる純白のウェディングドレス姿の奏が、こっちを見て微笑んでいる。
それだけで…………
「……和也?」
「……綺麗だな」
「……ありがとう……和也は、かっこいいよ」
少し照れた様子で応える奏は、気づいていないみたいだけど……本当に綺麗なんだ…………
エステに行ってたとか、元からスタイルがいいとか、そんなの関係なくて……
俺が焦ってした婚約から、一年以上経った。
先月、婚姻届を出して宮前奏になって……みんなに祝福されて、ようやく実感したと思ってたけど……何処か夢見心地だったんだって、今になって思う。
奏が卒業してからバンド活動は本格的になっていたけど、個別の依頼も絶えずあるから……一緒に暮らしていても、四六時中一緒にいる訳じゃない。
それは、学生の頃から変わらないけど…………ただ、帰るところが一緒っていうのは、いいよな。
幸せだな……って、思ったりしてたんだ。
向き合った時は、お互い照れくさくなったけど……ベールを上げた瞬間、そっと瞼を閉じる彼女に誓いのキスを唇にしない選択肢はなかった。
触れていたいって、ずっと感じていたから…………披露宴を終えて、朝から鳴っていた意味が、よく分かった。
ーーーーーー鳴らない訳がないんだ……
出逢った日から、奏に触れる時は……いつだって。
唯一無二の歌姫だって想ってるし、抱いたら壊れそうなくらいに感じていた事もあった。
でも、実際は違った。
唯一無二の歌姫には変わりないし、守ってやりたくなるけど、奏は意外としっかりしてる。
少し天然ぽい所はあるけど、決めた事には一途で、簡単に諦めたりはしない。
追求をやめてしまったら、俺達の存在意義は無いと思うけど、音楽への探究心はみんな強いから……特に奏は、知識だけじゃない。
それに固執する事なく、何でも試しているみたいに感じる。
その感性豊かな才能に、俺も……みんなも、惹かれているんだ。
新しい事に躊躇しない姿勢は、奏から学んだようなものだから…………いつも……常に新しく更新しないと、あっという間に置いていかれる。
そう感じない日はない。
それくらい……奏の作る楽曲は、いつも新しいんだ。
彼女の為に描き溜めた曲は山程あるけど、まだ俺の出る幕じゃない。
奏が何処まで行けるか……見てみたいんだ……
隣にいる彼女は、俺の指定したミニ丈のウェディングドレスを着ている。
やっぱ……短いのも似合うよなー…………背があるから……本人はイヤみたいだけど、衣装映えしてるし、手足が長いのがよく分かる。
要するに、どれを着ても似合うんだけど…………
あーー……本当に、結婚したんだな……
ライブの後に、周囲に祝福されて実感はしてたけど、やっぱり……足りてなかったみたいだ。
「では……最後に、僕らから二人に……」
三人のアンサンブルに、ピアノがあるのに参加しない選択肢はない。
当然のようにピアノを弾いて、奏のいない曲はあり得ないから、マイクを半ば強引に手渡した。
「奏!」
ーーーー強引だったのは認める。
でも、音が重なれば……奏が歌わずにはいられないのは分かってた。
一瞬戸惑ってたけど、彼女の声が会場に響いていたんだ。
「和也、キスしろよー!」
「えっ?! 三井先輩!」
役目を終えて、お酒も入って、三井のテンションが高いのは分かってた。
素直に従ったのは、ただ……俺がしたかっただけだ。
「ん……」
流石に舌なんて入れられないから、触れるだけにしてるけど……漏れ出る声にすら、欲情するとか……
唇を離すと、間近にある彼女の顔は、真っ赤になっていた。
「ーーーー三井先輩……」
「hanaちゃん、無礼講でしょ?」
「奏、綺麗に撮れたよ」
「詩織ちゃんまでー!」
会場が笑顔で溢れてるのは、彼女の反応が可愛らしいのもあると思うんだけど……
「ミヤー、もう一回! キス、キス!」
何処からともなく聞こえてくるキスコールに、思わず後退りする彼女をしっかりと捕まえた。
「ご要望には、応えないとな?」
「誰も喜ばないよ! 酔っ払って…」
奏の頭をしっかりと捉えて、一目もはばからず口づけた。
二人きりだったら、そのまま押し倒してると思う。
ここまでに留めた俺に、感謝して欲しいくらいだ。
これで、嫁を溺愛してる事が公になったし、結婚してるって事で、手を繋いで外を歩いたり出来る。
堂々と二人で歩けるんだ。
ーーーーーーーー結局は……早く結婚したかったのも、奏と一緒に過ごす時間がもっと欲しかったからなんだ…………
その夜に思う存分可愛がったのは、言うまでもない。
ある意味、初夜を迎えていたんだ。
飛行機を降りるなり、気候の違いを感じた。
でも、日本の夏みたく蒸し暑くないし、木陰は涼しい風が吹き抜けて、気持ちがいい。
トロリーに乗ったら尚更だ。
二人ともハワイに来るのは初めてで、こんなに遠出をするのも、二人きりでは初めてだ。
予定を詰め込み過ぎた感はあるけど、一瞬も無駄にしたくないのが本音だ。
こんなに日本を離れて、しかも音楽と関係なく過ごす事なんて、滅多にないから。
物心つく頃から音楽と寝食を共にしてきた俺にとっては、本当に稀な事だったけど…………音のない世界は無いから、完全に離れる事は出来なかった。
その証拠に、日本人のカップルから奏は話しかけられてるし。
あーー、水着姿は見せたくないんだけどな。
ハネムーンで来てるなら、俺達と同じか……
奏が何かにサインを書きたい事は伝わってきたから、とりあえず花が描かれたグラスを選んでみた。
新婚さんのプレゼントっぽい感じで。
ーーーーそれにしても……人生の節目で、water(s)の曲を使って貰えるなんて……有り難い話だよな。
ファンを見送ると周囲の視線を感じて、プールでのひと時は早々と終わりになったけど、そこは気にしてない。
驚いたのは、日本じゃない場所で声をかけられた事。
卒業旅行中はイギリス人に声をかけられたって言ってたけど、すごい事だよな…………
俺の夢に……手が、届きそうな感じがした。
彼は空に綺麗に咲く花火を見上げながら、昼間の出来事を振り返っていた。
「……綺麗」
「あぁー……綺麗だな……」
ーーーー花火もだけど、奏が…………
終わった花火に、多くの見物客が拍手をしたり、声を上げたりと、実に陽気な空気が流れている中、彼女はこっちに視線を向けた。
花火を見ていた横顔が、綺麗だとか想ってたのがバレたのか……と思って、一瞬ドキッとしたけど、違ったみたいだ。
「和也、いつもありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
その顔は反則だろ?
人目がなければとか思ったけど、ハワイの空気に流されて、頬にそっとキスをした。
あーー、頬に手をやる仕草にすら……
「ーーーー和也……」
「プールでは驚いたけど、嬉しかっただろ?」
「うん……結婚式で使って貰えてるんだね」
「あぁー、有り難い事にな」
ーーーーーーーーいつかの花火を想い出した。
屋形船で……隣に奏がいて、アカペラで歌っていた曲が鳴ってる。
あの声で……簡単そうに難しい事をするから、周囲はいつも驚かされてたっけ…………
奏といると……時間が過ぎていくのが、早く感じるんだ。
色々巡ったけど、彼女がエメラルドグリーンの海の前で楽しそうに口ずさんでいた歌が、心に響いた。
思わず動画を残してしまうくらいに惹かれて……どうしようもなく……鳴ってるんだ。
また、奏に聴かせたい歌ができた。
ハワイ最後の夜は、ホテルの一階にあるレストランで、ワインとアメリカ料理を楽しんだ。
昼間に買ったばかりのワンピースを着た彼女は、綺麗だ。
嫁を着飾りたくなるんだよな。
男が服を贈る意味は、その服を脱がせたいって……何処かで聞いたけど、本当にそうかもしれなくて……また新たな自分を発見したって感じだ。
「最後の夜だね」
「あぁー、また来たいな」
話は尽きないけど、お酒の力も借りてずっと聞いてみたかった事を口にした。
彼女の実力なら、ソロでも十分にやっていけるから。
俺やメンバーだけじゃなくて、water(s)に関わる人なら、大抵そう思っている筈だ。
それくらい奏の事を買っている人は、業界に多いけど……本人は分かってないみたいだし……
「ーーーー奏はさ……ソロで歌いたいって、思った事ある?」
「ないよ」
ーーーー即答か…………分かってたけど、顔がにやける。
「言うと思った……」
「だって……みんなの音が一番だから」
「だよな……」
いつの間にか空には月が出ていて、夜空を優しく照らしていた。
デビューが決まった日の事を想い返していた。
あの日も月が出ていたから…………
奏と一緒に暮らし始めて、もう少しで一年経つんだよな。
テラスに出てワインを飲んでいた。
一人で飲みたくなるくらいには、浮かれていたんだ。
「お先しました……」
「うん」
「海、見てたの?」
「あぁー……夜の海って、吸い込まれそうだよな」
「分かる……真っ暗だもんね」
月の光が綺麗に反射するほど、漆黒の世界が広がっているみたいだ。
奏が戸惑いながらも、口にしたのが分かった。
さっき、中途半端に告ったからだよな……
「……和也はソロでやってみたいの?」
「あぁー、さっきの気にしてたのか? 言い方が悪かったな……俺もwater(s)が一番だよ。個人的な依頼は、これからも引き受けてるけどな」
「作曲とかプロデューサー業だよね? 圭介達も個人的な依頼、受けてるもんね」
「そう、有り難い話だよな」
「うん」
「ーーーー俺が今まで曲を作る時……たとえば、自分が消えてなくなっても、この曲が残ってくれてたらいいんだ……」
奏が静かに耳を傾けてる。その瞳の色で、真剣に聴いてくれてるのが伝わってきて、恥ずかしげもなく……まっすぐに口にした。
「……何十年経っても、ずっと誰かが口ずさんでくれたら、聴いてくれていたら……これ程、嬉しいことはないだろ?」
「うん……いつか、叶うかな?」
「当たり前だろ? water(s)の曲を、hanaの歌を……世界中何処にいても聴こえるようにする!」
そう宣言したけど、これだけは確信してた。
出逢った日から、奏が広いステージで歌うイメージだけは、ずっと消えずにあって……それは、強くなるばっかで………自分でも驚くくらいに、鳴っていたから……
「……夢見草を観客が歌った時、奏なら出来るって確信したんだよ」
「……和也、ありがとう」
本音を伝えて、顔が赤くなるのを見られたくなくて、バスルームに逃げ込んだ。
ーーーー本気で、そう想ってきたんだ。
「……さっき言ったのは、俺の願望だよ」
濡れた髪を拭きながら告げたのは、奏になら伝わると思ったからだ。
「必ず叶えるけどな」
「世界中……何処にいても聴こえるようにする……私も……少しでも近づけるように、歌っていくね」
一瞬、表情を崩してたと思う。
返答しない俺の髪に触れそうになる手を取ると、ベッドに倒れ込んだ。
いや……押し倒したって言った方が、正しかったかもしれない。
「……っ、和也?」
「……奏は本当、裏切らないよな」
「えっ?」
「……すきだよ」
「……誤魔化した?」
「んーー、それよりいいの?」
「……っ!」
バスローブから露わになった太ももに触れながら、彼女の唇にキスをすると、可愛い反応を見せる。
漏れ出る声に、脳内までやられてくみたいだ。
ーーーー本当……奏は、俺の期待を裏切らない。
世界中なんて無理だと笑ったりせず、近づけるように歌うと言った。
いつも……ほしい言葉をくれる。
いつだって、奏は……
俺は甘い声をあげる彼女の耳元で囁いた。
「……すきだよ」
「……っ」
涙目になりながら、抱きつくとか……本当に勘弁してほしい。
ますます手放せなくなってくし、ずっと触れていたくなる。
視線が合ったと思ったら、追い打ちをかけるような声がした。
「……すき」
あーー……明日はダイヤモンドヘッドを登るのに、手加減出来そうにない。
頭の片隅でそんな事を思いながらも、止める事は出来なかったんだ……
「登ってきた甲斐があったな」
「うん……綺麗……」
知らなかった景色を見るたびに、想い浮かぶ。
歌にしたい曲が、流れてくるんだ。
その日の朝日に、改めて決意表明した。
必ず……何処にいても聴こえるようにするし、ずっと聴いてくれる人がいるような……そんな音楽をもっと作っていく。
奏と……water(s)と共に……
朝日を眺める彼女の横顔から、同じ事を思っていたんじゃないかって感じた。
旅の最後は、樹齢百年以上のハウツリーの下でエッグベネディクトを食べていた。
美味しいな……お店によって味が違うし、贅沢な時間だ。
奏と二人で、いろんな場所を見て回れたんだ。
楽しい事ばっかりで、いい想い出の一つになったけど、また来たい。
これからも……こんな風に同じモノを見て、一緒に感じていきたいから。
今までがそうであったように、これからも……
五泊七日の新婚旅行が終わりを告げる頃、パラパラと雨が降り始めた。
ホテルのチェックアウトを済ませると、晴れた空には綺麗な虹が出ていた。
「和也、見て! 虹ー!」
「本当だ……」
「綺麗だね」
「あぁー、綺麗だな……」
空に架かる橋に想いを馳せ、いつもの日常へ戻っていく。
この瞬間は、毎回……少し、せつなかったりする。
ライブの後のせつなさに似てるんだ。
でも、家に帰っても奏がいるから…………また……音がする。
ずっと……鳴ってるんだ…………
今なら……とびきりのラブソングが、出来上がりそうだ。




