第62話 三日月
hanaはmiyaと共作した曲をメンバーに向けて、披露していた。二人で桜を見た時に出来た曲だ。奏のピアノと和也のギターに乗せて歌われた曲に、彼らは驚いていた。一週間もかからずに聴ける状態になっていたからだ。簡易なメロディーではなく、そのままCDに出来るようなクオリティである。
「……総評は?」
和也の声に、奏のマイクを握る手にも力が込もる。三人は顔を見合わせると、収録と同じようにOKのマークを手で作った。
「hana、やったな!」
「うん!」
緊張感から一気に解放され、和也と手を取り合い喜んでいた。
メンバーの評価が一番信頼できて、一番厳しくもあるから…………この瞬間は、毎回のように緊張するの。
いつも妥協は許されないから…………いつだって、今の一番のモノを求められる。
それは、私も求めているけど……
こうして生まれた曲は、レコーディングエンジニアやジャケットの撮影等、多くの人の手を借りてニューシングルとして世に出る事になるのだ。
「“三日月”、聴いたー?」
「聴いたー! ダウンロードしたよ!」
二人の側を過ぎ去っていく女子高生が、店内入口の目立つ場所に設置されたCDを手に取り、レジに並んでいく。彼女達が手にしていたのは、water(s)の新曲"三日月"である。
「……タワレコ、久しぶりに来たけど……こんな風に置いて貰えてるんだね」
「そうだな。有り難い事だよな」
大きなパネルも、店員さんの愛を感じるようなポップも……たくさんの人のおかげで、私達のCDは、CDの売れない時代でも、最前線にいる事が出来ている。
それは、言葉にならないくらいに……
頬を緩ませる奏と和也は、目の前で試聴する少年に視線を移した。
まだ……中学生かな?
一生懸命聴いてくれているのが、私にも分かる。
さっきから、試聴ブースを離れる気配がないから……
「……ちょっと買ってくる」
「うん……」
和也は自分達のCDを買うと、その場でパッケージを開いた。
「すみません。油性ペン、借りれますか?」
「はい」
不思議そうにする店員からペンを受け取ると、ジャケットにサインを書いていた。
「……hana」
「うん」
小声で呼ばれペンを受け取ると、和也の隣に日付と共に書く。並ぶサインと至近距離で見る姿に、店員は思わず大声を出しそうになるのを堪えていた。
「ペン、ありがとうございます」
「い、いえ……あ、あの……握手して貰えますか?」
「はい……私でよければ」
気さくに手を差し出すと、店員は興奮気味になりながら握っていた。優しく微笑む彼女とのやり取りに、周囲も気づき始めたようだが、直接話しかけてくる気配はない。こんな所に居るはずがないという心理が、働いているからだろう。
「ーーーーhana、そろそろ」
「うん」
揃ってお辞儀をすると、入口付近に戻る。先程の少年はまだ試聴中だ。
「君も……water(s)、すきなの?」
奏が話しかけても少年は怪訝な顔だ。知らない人から話しかけられれば当然の反応であるが、彼女の顔と設置されているパネルを見比べて分かったようだ。
「……えっ!? hana!?」
「少年、声デカ!」
思わず和也のツッコミが入れば、周囲が騒めく。
「元気だねー」
「本当だな……ご試聴ありがとうございます」
和也が態と畏まった態度で、少年に先程のCDを手渡した。
「あの……これ!」
「お家に帰ってからも聴いてね」
「は、はい!!」
優しく微笑むと、少年ははにかんだような笑顔を見せる。
「じゃあ、またな」
和也が頭を撫でると、そのまま二人はタワーレコードから出ていった。残された少年は、自分に起きた事がまだ信じられないようだ。彼の手元に残されたCDだけが、現実だと告げているようだった。
「……本物だぁ」
その後、試聴する学生が増える事になるが、それはまた別の話である。
「可愛い少年だったね」
「あぁー、喜んでくれるといいけどな」
「そうだね」
ーーーーこうして触れると、曲が届いてる事を実感するの。
もっと……色んな人に届けたいって思ったりもするし…………握られた手が、現実だって告げてるみたいで……
「奏、一人の時は対応もほど程にな?」
「うん?」
「さっきの握手だよ。男だったし」
「大丈夫だよー。和也がいなかったら、バレないから」
「分かってないな……俺が心配なんだよ」
「……うん、気をつけるね?」
「あぁー」
手を繋いではいないが、二人の距離感は近いままだ。その後、予定していた舞台を見に行きデートの続きを楽しむ事となった。
実際にCDを買ってくれてる人を見ると実感する。
ダブルミリオン突破とか言われても、正直ピンとこないけど…………この間みたく……女子高生やずっと試聴してくれていた少年を見ると、音楽が出来てよかったって、心から思うの。
彼女は大学の練習室でピアノを弾いていた。和也が来るまでの気晴らしでもある。彼に出来たばかりの曲を見せる為、少しでも緊張感をほぐすように弾いていたのだ。
「奏、お待たせー」
「和也、お疲れさまー」
練習室では二人きりの為、いつも通り名前で呼び合う。
「さっそく聴かせてくれる?」
「うん……」
大きく息を吐き出して、鍵盤に指先を滑らせていく。
疾走感を感じるような、アップテンポな曲。
英詞にしたけど……したからこそ、ある意味挑戦。
伝わるといい……ううん、伝えたいの。
溢れ出すこの想いを……
和也は、放たれる音色を聴き入っていた。彼が思いつかないようなフレーズを生み出していたからだ。
ピアノの音色が止み、和也がサインを指でつくれば、思わず椅子から立ち上がる。次の瞬間には、ごく当たり前のように抱き合っていた。彼の出したサインはOKのマークであった。
「“clover“か……」
「……うん」
「奏は……いつも新しいな……」
ーーーーそう……なりたいと、何度も想ってる。
和也は、いつも新しいから……
「……和也のおかげだね」
「俺?」
「うん、和也はいつも新しいから……置いていかれないようにしないと……」
「ありがとう……」
温もりが離れると、練習室にハーモニーが響く。和也もまた、彼女の曲を聴く度にインスピレーションが湧いているようだ。
曲を作っては音合わせをして、収録を繰り返していく。
この何気ない日々が、かけがえのない事だって思うから……いつも、和也が言ってくれたような私でいたいの……
彼らも分かっていたからこそ、妥協をせずに今の一番のモノを紡ぎ出していた。
彼のギターにピアノを合わせ、二人の音が即興で重なる。
和也の音なら、コードを決めていなくても合わせられる。
こういう時間もすき……弦の音色が響いてくるから楽しくて、つい走り過ぎちゃうけど……そこはプロらしく、抑えて弾くようにして…………ここに、みんなの音が重なったらって思うと、想像しただけで鳴ってるの。
「これ、次の曲で使いたいな!」
「うん!」
奏は和也と楽しそうな笑顔を浮かべながらも、音と真摯に向き合っていた。




