第63話 音楽祭
日本最大級の音楽野外フェスに、water(s)は三日間行われるうちの最終日に出演していた。
「相変わらず、人が多いよなー」
「だいぶ頑張ったけど、ここからなら見えそうだよね?」
「綾子は、だいぶ前から楽しみにしてたからな」
「淳一だって、そうじゃん!」
一次先行でのチケット購入は逃したが、二次先行でようやく入手したと、奏に伝えた通り参戦していた。何度か参戦経験がある事もあり、日焼け予防の帽子や日焼け止めに、脱水症状防止の飲み物等、ライブの対策は万全である。
「きゃあぁーーっ! 出たーー!!」
「water(s)!!」 「hanaーー!!」
歓喜の声が上がり、一気に加速する。ステージに現れた瞬間に一際大きな歓声が上がり、会場のテンションも最高潮だ。
先程までも盛況であったが、明らかに違う熱気を綾子は肌で感じていた。
「こんにちはー! 新参者のwater(s)です!!」
アップテンポな曲から始まったステージに、一瞬で虜だ。
water(s)のライブTシャツを着ている人や、限定のフェイスタオルを掲げている人もいる。先程までは控えていたのかと錯覚するほどに、観客はwater(s)一色だ。
広いステージの中央で歌うhanaは、楽しそうに歌っていた。初めて感じるフェスの雰囲気に呑み込まれる事なく、彼らの音色に身を委ねているようだ。
「ーーーーすごい……」
綾子の呟きは、隣にいた佐藤にも届いていない。それ程までに観客の反応が大きかったからだろう。
彼女の歌声と共に歌うのは、彼らのデビュー曲だ。出演者と観客が一丸となって作り上げたようなステージがあった。
八曲歌い続けた彼らに、盛大な拍手と歓声が送られ、アンコールの声が響く。
ステージ中央で一礼する親友の姿に、綾子から涙が溢れていた。
「…………奏……」
彼女が努力家であると、知っているからこその涙だだろう。佐藤が持っていたタオルで拭えば、照れたように微笑む。どちらからともなく手を繋いだまま、water(s)が去ったステージを眺めていた。
最大限の賛辞が注がれる姿は、帝藝祭やライブで見てきたものとは、比べ物にならないのであった。
ーーーー熱気がすごかった……自分達のファンだけじゃない人に聴いて貰うことも、海外のアーティストに混じっての演奏も……いつもとは違った緊張感があった。
バックステージでは、やり遂げた達成感からハイタッチを交わして抱き合っている。
「お疲れー」
「お疲れさまー」
外の熱気とステージの照明の熱さに、用意されていたペットボトルを一気に飲み干す。
スタジアムやドームとはまた違って、野外ステージは壮観だった。
観客の歌が聞こえてきた時……嬉しくて、泣きそうになった…………今になって、手が……
hanaから涙が溢れそうになっていたのだろう。miyaがそっと目元を拭い右手を握れば、僅かな震えが止まり、笑みを返す。
ーーーーーーーー鳴り止まないの…………
彼らの去ったステージに向けて、鳴り止まない拍手と歓声が送られ続けていた。
余韻に浸ってる時間はなく、次のステージに向けて試行錯誤を繰り返す。耳に残る歓声に勇気づけられながら。
国営ひたち海浜公園で行われる国内最大級の邦楽ロックフェスティバルに参加の日となった。
東京ドーム四個分に相当する規模の中、三日間で二百以上のアーティストがライブを行う。
大草原に設営されたステージは、約六万人が参戦可能だ。その一番広い会場で、一日七組出演するうちの最後の一組に選ばれていた。
「こんばんはー! water(s)です! 最後まで盛り上がって行きましょう!」
拍手と歓声で溢れる中、彼らのステージが始まった。スタンディングシートにはファンが集まっている。ライブTシャツやフェイスタオル等、前回のフェスよりも多くの人が参戦しているのは、日本のアーティストが出演の為、初心者でも参加しやすいフェスだからかもしれない。
耳馴染みの良い音色に、観客もリズムを刻む。手拍子が重なり、声が上がる。
ーーーーーーーー壮観…………晴れてよかった……
そんな事を考えられるくらいには冷静さが残り、water(s)の色で染まっていると分かっていた。
見た事のない景色に、鳴っているけど…………感じるの。
みんなの音を、ここにいる人達の温かな声を……
ステージに立つ彼女は、時折手を振りながら声を出した。その表情は晴れやかで、歌うほどに伸びやかさがあり、乱れる様子は一つもない。
人の多さに驚くよりも、心にあるのは……どうか、最後まで聴いていて……どうか…………
一時間半近く続いたライブの最後は、彼等らしい楽曲で締める。
五人並んで一礼する姿は、今までのライブと変わりはない。ただ、顔を上げれば、遠くまでファンで埋め尽くされた景色が広がっていた。
ーーーーーーーーきっと……五人じゃなくちゃ、見られなかった景色。
壮観で…………他に、言葉が見つからない……
手を振り去っていく姿に、惜しみない拍手と歓声が送られ続けていた。
「楽しかったー!!」
「あぁー!」 「お疲れ!」
思わず叫んだのはmiyaだが、同じ想いだった事だろう。抱き合い、ライブの高揚感を滲ませる。
…………楽しかった…………また、出演できるようなアーティストで在りたい。
最初はただ夢中だったけど、ステージから見た景色が忘れられないの。
瞳を閉じていても、感じるくらいに……
「hana!」
miyaに抱きしめられ、驚く間もない。次の瞬間には耳元で囁かれていた。
「hanaの歌、最高だったよ」
「ーーっ……」
最大限の賛辞に、涙が溢れ落ちる。
そんな彼女の様子に、彼らはフェイスタオルを頭に乗せ、優しく撫でたり、肩を組んだりしながら、ライブの余韻に浸っていた。
ーーーーーーーー涙が、溢れてくる。
私……自分で思っていたよりも、ずっと緊張していたんだ……
「hana……」
顔を覗き込んだ彼の優しい瞳に、滲んでいく。
「ーーっ、miya……みんな、ありがとう……」
涙を拭って顔を上げた瞳は、次を見ているようであった。
胸の高鳴りが、抑えられない……名前を呼ばれる度に、自覚してるって気づく。
まだ……鳴っているの……
「また演ろうな!」
「あぁー、また演りたいな」
「だよな!」
もう一度、右手が重なっていく姿に頬が緩む。
「hana!」
「……うん!」
miyaの手の上に手を重ねる。ライブ前のように円陣を組んだ五人の右手は高々に掲げられ、抱き合う姿に周囲からも笑みが溢れていた。
今年の夏は、ファンが見に来てくれた事に感謝して終わるフェスティバルとなるのであった。




