第61話 花巡り
「和也ー! 行くよー!」
「あぁー」
飲み物の買い出しを終えた奏と和也は、新宿御苑を訪れていた。
芝生でレジャーシートを敷いて待つ三人の元に、差し出された和也の手を取り歩いていく。
たくさんあったお花見候補の中から新宿御苑を選んだのは、酔っ払いに絡まれる事がないから。
それに、桜の種類が多いから……タイミングがズレてもお花見が出来るって事で、割と満場一致で決まったの。
そういえば、音楽に関係のない事をみんなでするのって、珍しいかも……
「お待たせー」
「買い出しお疲れさん」 「おかえりー」
先程まで揃って大量に買い込んでいたが、入口で飲み物だけ忘れたと気づいた為、二人だけ後から合流する事になったのである。
「では、新曲一位おめでとう!」
『乾杯!』
圭介の声を合図に、ペットボトルのお茶で乾杯だ。レジャーシートには、駅前で買い出ししたお惣菜やお弁当に、デザートまで並んでいる。
奏が紙皿と割り箸を配ると、お花見が始まった。お花見と言うより、宴会と言った方が近いようだが、時折桜を眺めては楽しそうな笑い声を上げていた。
「次は夏フェスかー」
「そうだな。初参戦するから体力勝負だよな」
「だよなー」 「うん」
気の合う様子に微笑む。待ち遠しく感じているのは、彼女に限った事ではないのだ。
ーーーーライブ、楽しかったな…………もう……大学三年生になるんだから……早いよね。
桜を見る度に……また一年経ったんだって、実感するの。
みんなでライブが出来たのは、数日前の筈なのに……もう、演りたくなってる。
歌いたくて……想いが……音が、溢れてくるの。
ギターの弾き語りは、ピアノ以上に神経を使うけど……
「これ、美味いよ。奏も食べてみ?」
和也が楊枝にさした唐揚げを差し出せば、戸惑う事なく素直に口元を寄せる。
「うん、美味しい!」
「揚げたて買ったかいがあったな」
「そうだね」
今年も変わらずな二人の姿に笑みが並ぶ。二人が一緒にいない所は、想像がつかないようだ。
「奏が選んだの桜ロール?」
「そうだよー。大翔も食べる? 桜餡が生クリームと合って美味しいよー」
「うん。じゃあ、こっちの抹茶も食べてみ? かなり濃厚」
「わーい! ん、ほろ苦さもあって美味しいね」
甘いものは基本的に五人とも好きな為、違う種類のケーキを選び、シェアしながら食べていた。
傍から見れば男女比率のおかしなお花見だが、彼らにとってはこれが日常である。それ程までに五人での活動に慣れていたのだ。
「はぁーー、お腹いっぱい」
奏の隣で和也が寝そべる。青い空と桜の淡いピンク色のコントラストが頭上に広がり、思わず口にしていた。
「……ギター、持ってくればよかったなー」
「そうだね……」
ポカポカ陽気の今日は、野外ライブをしたら気持ち良さそうな気候。
こういう日に、外で歌えたら楽しそうだよね……みんなで演れるなら…………何処でだって、楽しいんだけど…………今だって……それだけで、いいの……
「……今度、桜が見える所で日中ライブ出来ないか提案してみるか?」
「あぁー、賛成」 「いいじゃん!」
「さすが圭介だな」 「うん、演りたい!」
満場一致で賛成である。
園内の桜でお花見を楽しんでいたが、いつの間にか話題なるのは音楽についてであった。
ーーーー毎年見ている桜も……今年で、六度目……早いよね…………高校の頃にも感じた想いが、また巡ってくる。
構内にある花びらが舞う姿を見上げていた。
「奏、おはよう」
「おはよう、綾ちゃん」
変わらない綾子に、笑顔で応える。
「休み中、お花見したんでしょ?」
「うん……何で分かったの?」
「それは、これ!」
携帯電話の画面を見せられ、杉本が更新したのだと気づく。綾子は、water(s)のSNS更新をチェックしていた。
「綾ちゃん、ありがとう」
「ふふふ、奏。夏フェスのチケット、二次先行でゲットしたよ」
「わーい! ありがとう!」
「フェス好きだから、佐藤とよく見に行ってたけど、water(s)が出演するの楽しみー」
七月下旬のライブを早くも楽しみな彼女にも、感謝である。
ーーーー応援してくれる人がいると、また頑張ろうって改めて思う。
綾ちゃんに聴いて貰えるように、鍛えないと……
新学期早々に気持ちを新たにする中、詩織と理花と合流すると、公園内のコーヒーショップに立ち寄り、飲み物を片手に桜を眺めていた。
「ーーーー綺麗……」
「そうだねー」 「うん」
手のひらの温かさを感じながら、まだ冷たい空気の残る春の日差しを受ける。
見慣れた桜並木は、この時期……お花見客で賑わっているけど、賑やかさと対照的で、変わらない桜の木がある。
“夢見草“を作った時、みんなと……あの公園と、この桜を想い浮かべていた。
色づいたように景色が変わる瞬間。
私は……何度も、体験しているの……
手を振り友人と分かれると、一人で電車に乗りながら曲を聴いていた。それは、彼が手掛けた作品の一つだ。
ーーーー会いたい…………すきな人と同じモノを共有できるって、特別な事だと思うけど……何度だって、出逢いたい。
それだけで…………
最寄駅に着いて彼の姿を探す。二人は駅前で待ち合わせをしていたのだ。
「和也、お待たせー」
「奏、お疲れ。じゃあ、行こうか?」
「うん!」
足並みを揃え、井の頭公園に向かう。公園内は花見客で賑わっており、普段は貸し出しの少ないボートにも列が出来ている。
「ーーーー懐かしい……」
「ある意味、奏と……俺達の原点だからな」
目の前には小さな野外ステージがあった。それは、かつて彼女が初めてステージに立った場所。初めて人前で歌った場所である。
ーーーーあの時、はじめて聴いた……背後から流れ出るような音の波。
和也の生の歌声。
water(s)の音色。
忘れた事は一度もない。
あの日から……ずっと追いかけ続けているの。
隣にいる和也を……みんなを……
彼らと出逢い、hanaとなった日の事を想い浮かべていた。
見た事のない景色に出逢えるのは、みんなとだから……
そんな彼女の隣で、和也は真っ直ぐにステージを見つめる横顔を見つめていた。
ずっと探してた……理想の声の持ち主。
あの時、奏の声を聴いた瞬間から…………
彼もまた、出逢った日の事を想い返していた。
近くなった距離感に気づき、彼女の左手をそっと握れば視線が交わり、また離れていく。
二人は自分達の原点でもあるステージを暫くの間、静かに眺めていた。
「ーーーー和也……ありがとう……」
「……奏」
握り返した手に力が込められ、隣にいる彼に真っ直ぐな瞳を向ける。
「私……もっと……」
「あぁー……俺も……」
言葉少なに告げたが伝わっていた。二人の想いは同じであった。
来年に控えるデビュー五周年のアニバーサリーライブに向けて、気持ちを新たにする中、周りの喧騒を他所にメロディーが浮かんでいた。優しいアンダンテな曲調の歌が。




