淡白さの理由
セドリックとのやり取りから数日、俺はミルと一緒に、里はずれの丘に座って夕暮れを眺めていた。
「なあミル。セドリックのこと、もう少し詳しく知らないか?」
「うーん……」
ミルは少し考え込んでから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕がまだ小さい頃に聞いた話だから、ちゃんとは分からないけど……昔、セドリックさんには、伴侶がいたんだって」
「伴侶?」
「うん。すごく仲が良かったって、大人たちが話してるの、聞いたことがある。でも……その人、もういないんだって」
「いない、って」
「亡くなったって、聞いた。何があったのかは、僕も知らない」
ミルの言葉は断片的だったが、それだけで十分だった。セドリックの言葉が、頭の中でよみがえる。
――深く関わるということは、いずれ深く失うということだ。
その一言に込められていたのは、単なる処世術ではなく、実際に経験した痛みそのものだったのだ。
「それから、セドリックさん、ずっとあんな感じなんだって。誰とも深く関わらないようにしてる、って」
「そっか……」
俺は空を見上げた。夕焼けが、里全体を橙色に染めていた。
「なあミル。他のエルフたちも、みんな似たようなものなのか? 誰かを失うのが怖くて、心を閉ざしてる、みたいな」
ミルは少し首を傾げた。
「分からない。でも、大人になればなるほど、みんな喋らなくなる気がする。子どもの頃は、もっと違うのかな」
その言葉に、俺は妙に納得するものを感じた。生まれたばかりの頃は、誰もが素直に感情を表す。だが長い時間を生きるうちに、失うことへの恐れが積み重なり、少しずつ心を守る術を身につけていく。それが、この里の「淡白さ」の正体なのかもしれない。
*
翌日、俺は再びセドリックの家の近くを訪れた。中には入らず、少し離れた場所から様子を窺う。庭先で、セドリックが黙々と薬草を干している姿が見えた。
俺はしばらく迷った末、声をかけずにその場を離れることにした。
――今日は、近づかない方がいいかもしれない。
セドリックの言葉には、拒絶だけでなく、深い痛みが滲んでいた。それを無視して踏み込むことは、彼の抱えてきた時間そのものを軽んじることになる気がした。
代わりに俺は、里の広場で行われていた共同作業に加わることにした。冬に備えて、薪を集める作業だった。
「手伝うよ」
「……ああ」
短い返事だったが、拒否はされなかった。俺は黙々と、他のエルフたちと一緒に薪を運んだ。会話は少なかったが、時折、作業の合間に小さな言葉が交わされることもあった。
「お前、毎日よく働くな」
「暇なんだよ、他に」
「そうか」
淡白な会話だったが、そこに確かな交流があった。俺は、こうした小さな積み重ねこそが、この里に必要なものなのかもしれないと感じ始めていた。
*
夕方、作業を終えて家に戻る途中、コンラートと出くわした。
「セドリックのことを、諦めたのか」
「見てたのか」
「監視だ、と言ったはずだ」
またその言い訳かと、俺は思わず苦笑した。
「諦めたわけじゃない。ただ、今日は近づかない方がいいと思っただけだ」
「なぜ」
「セドリックの淡白さは、生まれつきのものじゃないって知ったから。誰かを失った痛みが、そうさせてるんだって」
コンラートは、しばらく黙って俺の顔を見ていた。
「……お前は、それを聞いて、どう思った」
「踏み込むのが、怖くなった。俺のやってることが、あの人の傷を軽く扱ってることになるんじゃないかって」
「それでも、諦めないつもりか」
「ああ。ただ、急がないだけだ」
コンラートは、その答えに何か考えを巡らせているようだった。
「私も、同じかもしれない」
「同じって?」
「淡白でいることは、傷つかないための術だ。だが、それは同時に――何も新しく得られない、ということでもある」
その言葉には、これまでのコンラートにはなかった、自省の響きがあった。俺は思わず立ち止まり、彼の顔を見た。
「あんた、少し変わったな?」
「……分からない。だが、そう見えるとしたら、それはお前のせいだろう」
責めるでもなく、ただ事実を述べるような口調だった。俺はそれに、少しだけ嬉しさを感じた。
夕暮れの空の下、俺たちはしばらく無言のまま並んで歩いた。淡白な沈黙だったが、以前とは少し違う、温度のある沈黙のように感じられた。
――急がなくていい。時間はかかっても、少しずつでいい。
セドリックの痛みも、コンラートの変化も、里全体の凍りついた心も。一足飛びには溶けない。それでも、俺にできることを、俺は続けていくつもりだ。




