色づき始める心
冬支度の共同作業に加わるようになってから、俺は毎日のように広場に顔を出していた。うるさくしすぎないよう、迷惑にならない程度に、周りの様子を見ながら一人ひとりに声をかける。それが今の俺にできる、精一杯のことだった。
「今日も来たのか」
薪を運んでいると、セドリックが横を通りかかった。以前のような刺々しさは薄れていたが、それでも素っ気ない口調は変わらない。
「暇だからな」
「暇なら、他にすることがあるだろう」
「これが一番、性に合ってるんだよ」
セドリックは何も言わず、俺の隣を通り過ぎていった。だがその足取りは、以前よりわずかに緩やかだった気がした。
数日後、雨が降った日のことだった。屋根の修繕作業で、俺は足を滑らせて転びそうになった。とっさに近くにあった手すりを掴んだが、体勢を崩し、肩を強く打った。
「大丈夫か」
駆け寄ってきたのは、意外にもセドリックだった。
「……ああ、平気だ」
「立てるか」
差し出された手を、俺は少し驚きながら取った。セドリックの手は、思っていたよりも力強かった。
「ありがとう」
「礼を言われるほどのことはしていない」
そう言いながらも、セドリックはしばらく俺の様子を見ていた。言葉は淡白だったが、確かに心配してくれているという気遣いが感じられた。
「お前は、いつも無茶をする」
「そうか?」
「必要以上に、動きすぎる。誰も、そこまでしろとは言っていない」
「まあ、性分だからな」
セドリックは小さく息を吐いた。それは呆れとも、諦めとも取れる、微妙な響きだった。
「昔――」
不意に、セドリックが口を開いた。
「私にも、そういう者がいた。求められてもいないのに、いつも誰かのために動く者が」
俺は息を呑んだ。ミルから聞いた話が、頭をよぎる。
「その人、今は」
「もういない」
短い答えだった。だがその声には、これまで聞いたどんな言葉よりも、深い喪失の色があった。
「聞かない方がいいか?」
「……好きにしろ」
拒絶ではなかった。俺はしばらく迷った末、静かに尋ねた。
「その人のこと、後悔してるのか。関わったこと」
セドリックは、長い沈黙の後、ぽつりと答えた。
「後悔は――していない。ただ、失った痛みが、あまりにも深すぎた。それだけだ」
その言葉に、俺は何も言えなかった。ただ、隣に立ち続けることしかできなかった。
「もう二度と、あの痛みを味わいたくない。それが、深く関わりたくない理由だ」
「……そうか」
「お前を見ていると、あの頃を思い出す。眩しくて、目を背けたくなる」
その言葉は、拒絶と紙一重の告白だった。俺はそれを、無理に押し返すことはしなかった。
「無理に、変われとは言わない。ただ――」
俺は少し言葉を選んだ。
「あんたが心を閉ざしてる間も、俺はここにいる。それだけは、覚えといてくれ」
セドリックは何も言わなかった。だが、その沈黙は、以前の拒絶とは明らかに違うものだった。
*
その夜、家に戻る途中、コンラートが待っていた。
「セドリックと、話していたな」
「……聞いてたのか?」
「里の見回りをしていただけだ。だが、エルフの耳は、お前たち人間よりずっと良い。少し離れていても、声は届く」
「盗み聞きかよ」
「盗み聞きではない。ただ、聞こえてしまっただけだ」
悪びれる様子もなく言うコンラートに、俺は思わず苦笑した。
「ああ。少しだけ、な」
「あの男が、誰かに昔の話をするのは、珍しい」
「そうなのか?」
「私が知る限り、初めてかもしれない」
コンラートの声には、静かな驚きがあった。俺は少し照れくさくなり、話題を変えた。
「あんたはどうなんだよ。最近、里の様子、少し変わってきてると思わないか?」
「変わった、というほどではない。だが――」
コンラートは、言葉を選ぶように少し間を置いた。
「以前より、言葉を交わす者が増えた気がする。理由は、分からないが」
「理由なら、はっきりしてるだろ」
「……お前か」
「まあ、そういうことにしといてくれ」
コンラートは、小さく息を吐いた。それは、呆れとも笑いとも取れる、微妙な吐息だった。
二人で並んで歩きながら、俺はふと、世界樹のことを思い出した。あれから何度か様子を見に行っていたが、はっきりとした変化はまだ見えていなかった。
「世界樹、少しは元気になってきてるのかな」
「分からない。だが――」
コンラートは、夜空を見上げた。
「お前がここに来てから、確かに何かが動き始めている。それだけは、感じる」
その言葉に、俺は小さな希望を見た気がした。まだ何も、劇的には変わっていない。だが、凍りついていたものが、少しずつ溶け始めている――そんな確かな予感が、胸の中に広がっていった。
家の前で別れる際、コンラートが不意に言った。
「また、明日も」
「監視、だろ?」
「――そうだ」
わずかな沈黙の後の返事だった。俺はその間に、以前よりも長い何かを感じ取った気がした。




