ライバル登場
その日、里はいつもと違うざわめきに包まれていた。長らく遠方の任務に出ていたエルフが、久しぶりに帰還するという知らせが届いていたのだ。
「フィンが戻ってくるんだって」
ミルが興奮気味に教えてくれた。
「フィン?」
「コンラートの、幼馴染。すごく強くて、頭もいいって評判の人だよ」
その時の俺は、特に何の感情も持たず、ただの噂話として聞き流していた。
夕方、里の門の前に人だかりができていた。俺も何となく様子を見に行くと、旅装姿の一人のエルフが、里の者たちに迎えられているところだった。
金色に近い髪、鋭さを感じさせる目元。整った顔立ちには、コンラートとはまた違う種類の凛々しさがあった。
「コンラート、久しいな」
「フィン。無事に戻ったか」
二人は短く言葉を交わした。表情の変化こそ乏しいが、そこには確かに、長年の付き合いを感じさせる空気があった。
フィンの視線が、ふと俺の方に向いた。値踏みするような、鋭い眼差しだった。
「――さっきから、お前の話ばかり聞く」
「リオだ。よろしく」
「よろしく、と言われる筋合いはない」
にべもない返しだった。俺は少し面食らったが、それ以上気にせず、その場を離れようとした。だがフィンの言葉が、俺の背中を追いかけてきた。
「世界樹に選ばれただと? くだらない」
俺は足を止め、振り返った。フィンは腕を組み、明確な敵意を込めた目でこちらを見ていた。
「人間ごときが、我らの世界樹の運命を握るなど、あってはならないことだ」
「別に、俺が望んだわけじゃない」
「望まなくとも、お前がここにいるという事実は変わらない」
フィンの声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。コンラートが間に入ろうとするように一歩前に出たが、フィンはそれを手で制した。
「コンラート、お前もお前だ。この人間の監視役を、なぜ引き受けた」
「長老たちの命だ」
「断ることもできただろう」
「――必要だと判断した」
コンラートの返答に、フィンは眉をひそめた。何かを見定めるような、探るような視線が、コンラートと俺の間を往復した。
「どうかしたのか? お前らしくない」
「そうか?」
「昔のお前なら、面倒事には関わらなかった」
その指摘に、コンラートは何も答えなかった。だがその沈黙は、フィンの言葉を否定するものではなかった。
フィンは俺の方に向き直り、冷たく言い放った。
「人間よ。お前がこの里に長くいるほど、混乱が広がるだけだ。早々に、元の世界に帰ることを考えろ」
「帰り方なんて、知らない」
「それなら、せめて余計なことはするな。この里の秩序を乱すな」
一方的にそう告げると、フィンは踵を返して歩き去っていった。俺はその背中を見つめながら、初めて明確な敵意を向けられたことに、少なからず動揺していた。
*
「大丈夫、リオ?」
心配そうに駆け寄ってきたミルに、俺は無理に笑ってみせた。
「平気だ、これくらい」
だが本音を言えば、胸の奥がざわついていた。里に来てから、拒絶や無関心には慣れてきたつもりだった。だがあれほどはっきりとした敵意は、初めてだった。
夜、家の前でコンラートが待っていた。
「フィンのことは、気にするな」
「気にするなって言われても、な」
「あいつは、昔から余所者に厳しい。特に、里の平穏を乱す可能性のあるものには」
「乱してるつもりはないんだけどな」
「分かっている」
コンラートは、珍しく俺を気遣うような口調だった。それが少し意外で、俺は思わず彼の顔を見た。
「あんた、フィンとは長い付き合いなのか?」
「物心つく前からの付き合いだ。あいつとは、共に育った」
「そうか」
「フィンは、変化を嫌う。特に、大切なものが変わっていくことを」
その言葉には、何か意味深なものが含まれている気がした。だが今の俺には、それが何を指しているのか、正確には分からなかった。
「あいつの言うことは、気にしすぎるな」
「……ああ」
生返事をしながら、俺は胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えていた。フィンの敵意そのものよりも、コンラートの表情の変化――フィンを前にしたときの、微かな緊張と気まずさが、なぜか気になって仕方なかった。
夜空を見上げながら、俺はぼんやりと考えていた。
――あの二人の間には、俺の知らない、長い時間の積み重ねがあるんだな。
その事実が、思っていた以上に、俺の胸を重くしていた。




