年長エルフ
魔獣騒動から数日、里はようやく落ち着きを取り戻していた。畑の修復作業に駆り出された俺は、いつものように手伝いを買って出た。
「そこの道具は、勝手に触るな」
低く冷たい声に、俺は振り返った。白髪に近い髪をした、深い皺の刻まれた顔のエルフが、鋭い目でこちらを睨んでいた。里の中でも、ひときわ年季を感じさせる雰囲気があった。
「悪い、手伝おうと思っただけなんだ」
「お前の手伝いなど求めていない」
にべもない拒絶だった。俺は少し面食らったが、それ以上食い下がらず、その場を離れた。後で近くにいた別のエルフに尋ねると、その人物の名は「セドリック」だと教えられた。
「セドリックには、あまり近づかない方がいい」
「なんでだ?」
「昔からああだ。この里の者は皆、感情を表に出さないが、セドリックはその中でも輪をかけて素っ気ない。誰も、深く踏み込もうとはしない」
言葉少なな説明だったが、そこには何か、触れてはいけない事情があるように感じられた。
*
それから数日、俺はセドリックの姿を里のあちこちで見かけるようになった。彼は常に一人で、必要最低限の会話しかせず、誰かと親しげに話す様子を一度も見たことがなかった。
ある日、井戸の近くで、セドリックが薬草らしきものを摘んでいるのを見かけた。年季を感じさせる手つきで、丁寧に一本一本を選び分けている。
「それ、何に使うんだ?」
つい声をかけてしまった。セドリックは一瞬こちらを睨んだが、何も言わずに作業を続けた。
「無視すんなよ」
「関わるな、と言ったはずだ」
「別に、そんなこと言われてないけど」
「言ったも同然だ」
にべもない返しだったが、俺はなぜか、その場を離れる気になれなかった。しゃがみ込んで、セドリックの手元を覗き込む。
「これ、傷薬になる草だろ。俺、施設にいた頃、似たようなの見たことある」
「施設?」
初めて、セドリックの手が止まった。
「人間の世界で、俺が育った場所だ。親のいない子どもたちを集めた場所でな」
セドリックはしばらく黙っていたが、やがて低く呟いた。
「……お前が世界樹に選ばれたという、あの人間か」
「知ってたのか」
「里の者なら、誰でも知っている」
セドリックは薬草を摘む手を再開させながら、続けた。
「世界樹が人間を選んだ、などという話は、俄かには信じがたい。だが――お前のその言動は、確かに、この里の者とは違う」
「そりゃそうだろ、人間だし」
「そういう意味ではない」
セドリックは手を止め、初めて俺の方をまっすぐ見た。深い皺の奥にある瞳には、長い年月の重みが宿っているように見えた。
「お前は、まだ何も失っていない。だから、そうやって軽々しく踏み込める」
その言葉には、明確な棘があった。
「軽々しく、って……」
「深く関わるということは、いずれ深く失うということだ。それを知らぬうちは、いくらでも優しくいられる」
セドリックの声には、実感のこもった重さがあった。俺は何も言い返せなかった。
「お前がこの里にいる間、無駄に情を振りまくな。それが、私からの忠告だ」
そう言い残し、セドリックは薬草の入った籠を抱えて立ち去っていった。俺はその後ろ姿を、しばらく見つめていた。
*
家に戻る道すがら、俺はミルにその話をした。
「セドリックさん、いつもあんな感じだよ」
「何か、あったのか?」
「僕もよく知らない。でも、大人たちが小さい声で話してるの、聞いたことある。昔、大切な人を亡くしたとか……」
ミルの言葉は曖昧だったが、それだけで十分だった。セドリックの言葉の裏にある痛みが、少しだけ見えた気がした。
「深く関わるということは、いずれ深く失うということだ、か」
俺はその言葉を、口の中で繰り返した。施設で育った俺には、耳の痛い言葉でもあった。誰かを大切に思うことは、いつか失う痛みと表裏一体だ。それを知っていてなお、俺は誰かのために動くことをやめられなかった。
――だからこそ、世界樹は俺を選んだのかもしれない。
その考えが、ふと頭をよぎった。失うことを恐れて心を閉ざしたセドリックのようなエルフたちに、失うことを知りながらそれでも尽くす、そんな生き方があるのだと示すこと。それが、俺にできることなのかもしれない。
夕暮れの中、俺は里の外れに建つ、セドリックの家を遠くから見つめた。窓からは灯りひとつ漏れていなかった。
長く生きるということの重さを、俺はまだ、本当の意味では理解できていない。だが、あの拒絶の奥にある痛みに、少しでも触れてみたいと思った。
簡単には近づかせてもらえないだろう。それでも――おせっかいが認められた俺に、諦めるという選択肢はなかった。




