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エルフは長く生きすぎて、愛し方を忘れていた ~死の淵から転移した俺が、凍った森を溶かすまで~  作者: チュチュ


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5/20

年若いエルフ


里の外れ、他の家々から少し離れた場所に、一本の木があった。その根元に、いつも一人で座り込んでいる小さな影があることに、俺は数日前から気づいていた。


今日もその子は、膝を抱えて座っていた。灰色がかった銀髪、まだあどけなさの残る顔立ち。エルフの年齢基準で言えば、子どもの部類に入るのだろう。


「よう」


声をかけると、その子はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。大きな瞳が、驚きと警戒の色で俺を見つめる。


「……なに」


「いや、いつもここにいるなと思って。一人か?」


「別に。放っておいて」


素っ気ない返事だったが、その声には、里の他のエルフたちとは違う、明らかな感情の揺れがあった。淡白さの下に隠された何かが、この子にはまだ隠しきれていない。


「そうか。じゃあな」


あっさり引き下がると、意外そうな顔をされた。俺はそれ以上何も言わず、その場を離れた。


*


翌日も、その子は同じ場所にいた。俺は今度は少し離れた場所に座り、持ってきたパンをかじり始めた。里で分けてもらったものだ。


視線を感じて振り返ると、その子がじっとこちらを見ていた。


「食うか?」


パンをひとつ差し出すと、しばらく躊躇った後、その子はおずおずと受け取った。無言のまま、小さくかじり始める。


「うまいだろ」


「……うん」


小さな頷き。だがそれは、里の大人たちの反応とは違う、素直な肯定だった。


「名前、聞いてもいいか?」


「……ミル」


「俺はリオだ。よろしくな、ミル」


ミルは何も言わなかったが、パンを食べ終えるまで、その場から立ち去らなかった。


*


それから数日、俺はミルと少しずつ言葉を交わすようになった。多くは語らないが、時折、思いがけない本音がこぼれることがあった。


「みんな、僕のこと、変だって言うんだ」


ある日、ミルがぽつりと呟いた。


「変?」


「感情が、表に出すぎるって。エルフらしくないって」


俺は少し驚いた。ミルの態度は素っ気なくはあったが、それでも他のエルフたちよりずっと表情が豊かだった。今の里の基準では、それが「異常」に映るのかもしれない。


「別に、変じゃないだろ。むしろ、そっちの方が普通だと俺は思うけどな」


「普通?」


「人間の世界じゃ、感情を隠すことの方が難しいって言われる。ミルは、ただ素直なだけだ」


ミルは、しばらく黙って俺を見つめていた。それから、初めて小さく笑った。


「……変な人間」


「よく言われる」


俺は自然と、施設で過ごした頃の記憶を思い出していた。年下の子どもたちの中には、感情を抑えられずに泣き出す子も、逆にまったく感情を見せない子もいた。どちらも、それぞれの理由があった。ミルの孤立にも、きっと何か理由があるのだろう。


「ミルは、家族はいるのか?」


その問いに、ミルの表情が少し曇った。


「両親は、いる。でも……あんまり、僕のこと、分かってくれない」


「分かってくれないって?」


「僕がすぐ泣いたり、怒ったりするの、困った顔で見るだけ。里の他の子とは、違うから」


「そっか」


俺はそれ以上、深く聞かなかった。代わりに、ミルの隣に腰を下ろした。


「一人でいるより、二人でいる方が、少しはマシだろ」


ミルは何も言わなかったが、俺の隣に座る距離が、少しだけ縮まった気がした。


*


その日を境に、ミルは俺を見つけると駆け寄ってくるようになった。


「リオ!」


「おう」


「今日、面白いもの見つけたんだ。見せてあげる」


ミルに手を引かれ、森の奥へと案内される。小さな泉があり、その水面には不思議な光を放つ苔が浮かんでいた。


「綺麗だろ」


「ああ、綺麗だな」


素直に感嘆すると、ミルは嬉しそうに笑った。その表情は、里の他のエルフたちとはまったく違う、生き生きとしたものだった。


「リオは、いつも僕の言うこと、ちゃんと聞いてくれる」


「そりゃそうだろ。ミルが話してくれてるんだから」


「みんな、そうじゃないよ。僕が何か言っても、大抵、聞き流されるか、困った顔されるだけ」


その言葉に、俺は胸の奥が少し痛むのを感じた。届かない想いの辛さは、俺自身がよく知っている。


「俺は、ちゃんと聞いてるよ。これからも」


ミルは目を丸くして、それからまた、はにかむように笑った。


「約束だよ」


「ああ、約束だ」


小さな指切りを交わしながら、俺はふと、施設で年少の子どもたちと過ごした日々を思い出していた。あの頃も、こうして誰かの隣にいることで、少しだけ救われた気がした。今もきっと、同じなのだろう。


森の奥から吹く風が、ミルの銀髪を揺らした。その笑顔を見ながら、俺は思った。


――淡白な里の中にも、こんなふうに感情を隠せない子がいる。それはきっと、まだ何も失っていないから、なのかもしれない。


長く生きるということが、どれほどの痛みを積み重ねることなのか。俺にはまだ、想像することしかできなかった。だが、ミルの笑顔を守りたいという気持ちだけは、はっきりと胸に芽生えていた。

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