淡白な出迎え
長老たちの審議を経て、俺はしばらくの間、里の外れにある小さな家をあてがわれることになった。木の幹をくり抜いて作られたその家は、質素だが不思議と居心地が良かった。
「これがお前の住まいだ。必要なものがあれば、私に言え」
案内してくれたコンラートは、そう言って扉の前に立った。表情はやはり読めない。
「ありがとう。あんたも、いろいろ大変だな」
「別に。任務だ」
素っ気ない返事だった。それ以上会話が続くこともなく、コンラートは踵を返して去っていった。俺はしばらくその背中を見送ってから、扉を開けて中に入った。
*
翌朝、俺は早くに目を覚ました。窓の外から差し込む光は柔らかく、鳥の声こそ聞こえないものの、静かな朝だった。
外に出ると、里の人々がすでに動き始めていた。水を汲む者、木の実を集める者、機を織る者。誰もが黙々と、必要な作業をこなしている。
「おはよう」
通りすがりのエルフに、俺は声をかけてみた。中年に見える女性は、俺の方をちらりと見て、小さく頷いただけだった。返事の言葉はない。
「……あー、うん」
拍子抜けした。だが考えてみれば、コンラートも似たようなものだった。これが、この里の当たり前なのだろう。
歩いていると、井戸の周りで一人のエルフが重そうな水桶と格闘しているのが目に入った。若く見えるが、それでもエルフの年齢は外見では測れない。腕の細さから察するに、力仕事には慣れていないようだった。
「手伝おうか」
「……いい」
短い返事。だが桶は明らかに傾いていて、今にも水がこぼれそうだった。俺は構わず桶の反対側を持ち上げた。
「いいって言った」
「聞こえたけど、こぼれそうだったから」
二人で運ぶと、あっという間に目的の場所まで着いた。相手は無言のまま、水を所定の容器に移し始めた。俺は特に何も言われないまま、その場に立ち尽くしていた。
「……ありがとう」
小さな声だった。俺が思わず「え?」と聞き返すと、相手はもう背を向けて歩き去っていた。
——今のは、お礼を言ったんだよな。
胸の奥に、お礼を言われて嬉しいという感覚があった。淡白だと言われても、無感情なわけではないのかもしれない。そう思うと、少しだけこの里への見方が変わった。
*
その日から、俺は自然と、里の人々の手伝いをするようになった。畑仕事、木材運び、子どもの世話――施設で培った世話焼きの性分は、この世界でも変わらなかった。
だが、返ってくる反応は、いつも似たようなものだった。小さな頷き、素っ気ない一言、あるいは何の反応もないまま立ち去られること。
「今日もありがとうございました、なんて誰も言わないもんな」
夕暮れ時、家に戻る道すがら、俺は一人でつぶやいた。誰かに届いているのか、届いていないのか。分からないまま尽くし続けるのは、まるであの人生の続きのようだった。
「――何をしている」
背後から声がした。振り返ると、コンラートが立っていた。
「見回りか?」
「監視だ、と言ったはずだが」
「同じようなもんだろ」
コンラートは微かに眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。並んで歩く形になり、しばらく沈黙が続いた。
「お前は、なぜそこまでする」
不意に問われ、俺は少し驚いた。
「そこまでって?」
「求められてもいないのに、里の者たちを手伝っている。感謝の言葉ひとつ返ってこないというのに」
「別に、感謝されたくてやってるわけじゃない」
言いながら、自分でも半分本当で半分噓だと分かっていた。感謝が欲しくないわけではない。ただ、それを求めることに、疲れていただけだ。
「じゃあ、なぜだ」
「……そうしないと、なんか、落ち着かないんだよ。困ってる人がいたら、放っておけない。それだけだ」
コンラートは、しばらく黙って俺の横顔を見ていた。その視線に居心地の悪さを覚え、俺は話題を変えるように空を見上げた。
「あんたたちは、感謝の言葉、あんまり言わないんだな」
「必要だと思わない」
「必要じゃなくても、言われたら嬉しいもんだけどな」
「嬉しい、か」
コンラートは、その言葉を吟味するように繰り返した。まるで、久しく使っていない言語を口にするような、ぎこちなさがあった。
「私には、あまり馴染みのない感覚だ」
「馴染みがないって……感じたことないってことか?」
「感じないわけではない。ただ、それを表に出す必要を感じない、というだけだ」
素っ気ない答えだったが、そこには何か、本人も持て余しているような響きがあった。俺はそれ以上突っ込むのをやめた。まだ出会ったばかりだ。
家の前まで来ると、コンラートは足を止めた。
「明日も、私が見回りに来る」
「監視だろ?」
「――そうだ」
わずかな間があった。それが意図的な訂正の遅れなのか、単なる言い淀みなのか、俺には判断がつかなかった。
コンラートが去っていくのを見送りながら、俺は今日一日を振り返っていた。返ってこない反応、小さな「ありがとう」、そして今の、噛み合っているようで噛み合っていない会話。
――届いているのか、いないのか、まだ分からない。
里に来て2週間くらいたつだろうか。里のエルフたちの反応もまばらだが、何もしないよりいいと思った。凍りついた森の中で、俺にできることを、俺は探し続けるしかなかった。




