フィンの本音
長老会議から数日、里の空気は張り詰めたままだった。世界樹の衰弱は止まらず、俺への視線も、日に日に厳しさを増していた。
長老は言った。世界樹はリオの心と連動していると。だとすれば、コンラートともう一度、きちんと話し合うべきなのだろう。頭では、それが分かっていた。だが、あの拒絶の言葉を思い出すたびに、足がすくんだ。届かないかもしれない想いを、もう一度差し出す勇気が、俺にはまだ持てずにいた。
そんなある日、俺は森の奥でフィンと二人きりになる場面に出くわした。彼は一人、木にもたれかかるようにして、遠くを見つめていた。
「……お前か」
「悪い、通りかかっただけだ」
去ろうとした俺を、フィンが呼び止めた。
「待て」
珍しく、その声には棘がなかった。俺は少し戸惑いながら、足を止めた。
「お前を、追放すべきだと言ったのは、私だ」
「知ってる」
「だが――正直に言えば、それが本当に世界樹のためになるのか、私にも自信がない」
その言葉に、俺は驚いてフィンの顔を見た。彼は、いつもの鋭さの中に、どこか疲れたような色を滲ませていた。
「どういうことだよ」
フィンは、しばらく沈黙した後、ぽつりと語り始めた。
「私とコンラートは、物心つく前から、共に育った。同じ時間を、同じ速度で生きてきた。それが、当たり前だと思っていた」
「うん」
「だが、お前が現れてから、あいつは変わった。私の知らない表情を見せるようになった。私が、長い時間をかけても引き出せなかったものを、お前はいとも簡単に引き出してしまった」
その声には、隠しきれない悔しさがあった。
「それが、悔しかったんだ。あいつが変わっていくのが。私の知らないあいつになっていくのが」
「だから、俺を追い出そうとしたのか」
「――ああ」
フィンは、初めて素直に認めた。
「変わっていく友を見るのは、思っていたより辛かった。今のままでいてほしいと、心のどこかで願っていた。それが、私の本音だ」
その告白は、以前の敵意とは違う、もっと切実な孤独に満ちていた。俺はそれを、簡単には否定できなかった。
「あんたにとって、コンラートは大事な存在なんだな」
「――ああ。長い時間を共に生きてきた、唯一の存在だ」
フィンは、俺の方に向き直った。
「お前を憎んでいたわけではない。ただ、恐れていた。自分の知らない場所へ、あいつが行ってしまうことを」
「その気持ち、少し分かる気がする」
俺は正直に答えた。
「俺も、誰かが変わっていくのが怖かった時期がある。施設にいた頃、仲の良かった子が、大人になって離れていくのを見るのが、辛かった」
フィンは、意外そうな顔をした。
「人間にも、そういう感覚があるのか」
「あるよ。長く生きるかどうかは、関係ない」
その言葉に、フィンはしばらく黙り込んでいた。それから、静かに呟いた。
「私は、変わることを恐れるあまり、あいつの気持ちを、正しく見ようとしていなかったのかもしれない」
「コンラートの気持ち?」
「あいつが、お前と過ごすようになってから見せる表情は、決して不幸そうではなかった。むしろ――どこか、生き生きとしていた。それを、私は認めたくなかっただけだ」
その告白に、俺の胸が熱くなった。フィンの敵意の裏にあったものが、ようやくはっきりと見えた気がした。
「あんたは、コンラートの幸せを、望んでないわけじゃないんだな」
「……当たり前だ。あいつは、私の大切な友だ」
その言葉には、これまでの敵意とは違う、確かな温かさがあった。
「だったら、あんたの本当の気持ち、コンラートに伝えた方がいいんじゃないか」
「今更、どの面下げて」
「今更でも、遅くはないと思う。あんたが今日、俺に話してくれたこと、コンラートも知る権利があると思う」
フィンは、しばらく考え込んでいた。それから、小さく息を吐いた。
「……考えておく」
その返事は、以前のような拒絶ではなかった。俺はそれを、確かな前進として受け止めた。
「フィン。もう一つ、聞いてもいいか」
「なんだ」
「あんたは、世界樹が完全に枯れてもいいと思ってるわけじゃ、ないよな」
フィンは、しばらく沈黙した後、静かに首を横に振った。
「――そんなわけ、ないだろう」
その一言には、これまで隠していた本心が滲んでいた。変化を恐れるあまり、大切なものまで見失いかけていたことに、フィン自身も気づき始めているようだった。
森の梢から差し込む光が、二人の間を静かに照らしていた。まだ何も解決してはいない。だが、確かに、何かが少しずつ動き始めていた。




