ミルの想い
セドリックとの話から一夜明け、俺は朝から少しだけ、心が軽くなっているのを感じていた。コンラートと向き合う決意を固めたものの、実際にどう切り出せばいいのか、まだ考えがまとまっていなかった。
「リオ、おはよう」
家を出ると、いつものようにミルが駆け寄ってきた。だがその表情は、いつもより少し硬いように見えた。
「どうした、元気ないな」
「……ちょっと、話したいことがあって」
珍しく歯切れの悪いミルに、俺は少し身構えた。二人で川辺まで歩き、いつもの場所に腰を下ろす。
「何かあったのか」
ミルはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「リオは……僕のこと、どう思ってる?」
唐突な問いに、俺は少し戸惑った。
「どうって、大事な友達だと思ってるけど」
「友達……」
ミルの声が、わずかに沈んだ。俺はその反応に、何か違和感を覚えた。
「僕は、リオのこと、友達以上に思ってるかもしれない」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「ミル、それは……」
「兄みたいだって、前は思ってた。でも、最近は違う。リオが笑うと嬉しいし、リオが誰かと仲良くしてると、モヤモヤする。特に、コンラートと一緒にいる時」
ミルの瞳には、真剣な光が宿っていた。年若いエルフゆえの、まっすぐで一途な感情が、そこにはっきりと表れていた。
「これって、恋ってやつなんじゃないかって、最近ずっと考えてた」
俺は何と答えればいいのか、しばらく言葉が出なかった。ミルの純粋な想いは、痛いほど伝わってきた。だからこそ、いい加減な返事はできなかった。
「……正直に言うよ」
俺は、深呼吸をしてから、ゆっくりと言葉を選んだ。
「ミルのこと、大切に思ってる。それは、本当だ。でも、ミルが言ってるような意味では、多分――違うと思う」
そう口にした瞬間、自分でも驚くほどはっきりと、ある顔が頭に浮かんだ。コンラートだった。
――そうか。俺は。
「俺には、多分、コンラートに対して抱いてる気持ちがある」
言いながら、初めてその感情の輪郭がはっきりと見えた気がした。
「それが何なのか、今まで、うまく言葉にできてなかった。でも今、ミルと話してて、分かった。ミルに対する気持ちとは、違う種類のものだ」
ミルの表情が、目に見えて曇った。
正直な告白だった。ミルは、しばらく黙り込んでいた。その沈黙の重さに、俺は胸が痛んだ。
「……やっぱり、コンラートなんだ」
「ミル」
「分かってた。リオがコンラートのこと見る目、僕に向けるのと全然違うって」
ミルの声には、悔しさと同時に、どこか諦めにも似た響きがあった。
「悔しいけど……仕方ないよね。僕はまだ子どもだし」
「年齢の問題じゃないよ」
「じゃあ、何が問題なの」
その問いに、俺はすぐには答えられなかった。ただ、正直な気持ちを伝えることしかできなかった。
「ミルの気持ちは、ちゃんと受け止める。軽く扱ってるつもりじゃないんだよ。ただ、俺の中にある気持ちを、ごまかすことはできないんだ」
ミルは、しばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった」
「怒ってるか」
「ちょっとだけ。でも、リオがちゃんと向き合ってくれたのは、分かるから」
無理をしているのが分かる、ぎこちない笑顔だった。それでも、その言葉には確かな成長が滲んでいた。以前のミルなら、感情のままに泣き出していたかもしれない。
「ミル、これからも友達でいてくれるか」
「……ずるいね、でも当たり前じゃん。リオは、僕にとって初めて、ちゃんと話を聞いてくれた人だから」
その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。
「ただ、しばらくは、少し距離を置きたいかも。気持ちの整理、つけたいから」
「ああ、それでいい。ミルのペースでいいんだ」
ミルは頷くと、立ち上がって歩き出した。少し離れたところで振り返り、無理に笑って見せた。
「コンラートのこと、ちゃんと言えるといいね」
「……ああ」
ミルの背中が、木々の間に消えていくのを、俺は静かに見送った。
胸の中には、複雑な感情が渦巻いていた。ミルを傷つけてしまった罪悪感。それでも、噓をつかずに向き合えたという確かな手応え。そして、はっきりと自覚した、コンラートへの想い。
――届くかどうか分からなくても、正直でいること。
それがきっと、この世界で俺にできる、一番大切なことなのだろう。
夕暮れの川面が、橙色に揺れていた。俺は一人、その場に座ったまま、しばらく物思いに沈んでいた。




