届かない言葉
「お前と過ごす時間を、私はもう、失いたくないと思っている」
あの日の言葉に、俺は確かなトキメキを感じた。フィンから寿命について衝撃的な事実を聞かされたばかりだったが、正直、そっちよりもコンラートのあの一言の方が、俺の中ではよほど大きな出来事だった。だがそれから数日、コンラートの態度は、以前とほとんど変わらなかった。
「今日も見回りか」
「そうだ」
淡々としたやり取り。あの夜の告白めいた言葉は、まるで幻だったかのように、日常の中に埋もれていった。
「あの時のこと、覚えてるか」
思い切って尋ねると、コンラートは一瞬、視線を逸らした。
「覚えている」
「なら、何か変わったのか」
「……分からない」
歯切れの悪い返事だった。俺の中で、施設時代から続く感覚が、じわりと頭をもたげてきた。
――言葉が、届いていないのかもしれない。
あの夜の告白は、その場限りの感情だったのかもしれない。あるいは、フィンとの言い合いの中で、思わず口を突いて出ただけの言葉だったのかもしれない。
「あんた、フィンと何か話したのか」
「……時々、な」
「何を話した」
「大したことじゃない」
明らかにはぐらかされていた。俺はそれ以上追及することができず、もやもやとした気持ちを抱えたまま、その日を終えた。
*
数日後、里の広場でフィンと鉢合わせた。
「随分と、コンラートに執着しているようだな」
嫌味な口調だった。俺は無視しようとしたが、フィンは構わず続けた。
「あいつは、私と長い時間を共に生きてきた。お前のような、ぽっと出の人間が入り込む余地などない」
「別に、入り込もうとしてるわけじゃない」
「では、なぜあれほど近づく」
答えに詰まった。自分でも、コンラートに対する感情が何なのか、まだ明確に言葉にできずにいた。
「――お前が現れてから、あいつは変わった。だが、それが良い変化だとは、私には思えない」
「良い変化じゃない、って、どういうことだよ」
「揺れているだけだ。本来のあいつは、もっと静かで、揺るぎのない男だった」
フィンの声には、確かな寂しさが滲んでいた。それは単なる敵意ではなく、長年の付き合いの中で培われた、大切な誰かを失うことへの恐れのようにも聞こえた。
「あんたは、コンラートが変わることが、そんなに嫌なのか」
「――嫌、というわけではない」
フィンは言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「ただ、変わっていく友を見るのは、思っていたより辛いものだ」
その一言には、俺への敵意とは別の、フィン自身の孤独が滲んでいた。だが今の俺には、それを受け止める余裕がなかった。
*
その夜、俺はコンラートを避けるように、家に閉じこもった。ミルが心配して訪ねてきたが、「大丈夫だから」と、うまく笑うことができなかった。
「リオ、元気ないよ」
「……ちょっとな、色々考えてただけだ」
「コンラートのこと?」
図星を突かれ、俺は思わず黙り込んだ。ミルはしばらく俺の顔を見つめた後、静かに言った。
「リオはいつも、みんなのために動いてるのに、自分のことになると、途端に不安そうになるね」
その指摘は、思っていた以上に鋭かった。
「……そうかもな」
「コンラート、口ではっきり言わないだけで、リオのこと、ちゃんと気にかけてると思うよ」
「口で言わないと、分からないんだよ、俺には」
思わず、本音がこぼれた。ミルは少し驚いた顔をしたが、それ以上何も言わず、ただ静かに俺の隣に座った。
「……ごめん、ミルに言うことじゃなかった」
「ううん。リオがいつも僕の話、聞いてくれるから。今度は僕が、聞くよ」
その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。だが胸の奥の不安は、消えることなく残り続けていた。
*
翌日、俺は意識的にコンラートを避けるようになった。里の作業にも顔を出さず、家にこもりがちになる。
「最近、姿を見せないな」
三日目、家の前でコンラートが待っていた。俺は少し驚きながら、扉を開けた。
「別に。ちょっと疲れてただけだ」
「噓だな」
短く言い切られ、俺は言葉に詰まった。
「フィンと、何か話したのか」
「……あんたには、関係ない」
「関係あるだろう。お前が塞ぎ込む理由が、私に関わることなら」
その言い方に、俺は思わず苛立ちを覚えた。
「関わってるかどうかも、はっきりさせないくせに」
「――それは」
「あの夜の言葉、あれは何だったんだよ。あんな風に言っておいて、それから何も変わらないじゃないか」
言ってしまってから、自分の声が震えていることに気づいた。届くかどうか分からないまま尽くしてきた人生の続きを、また繰り返しているようだった。
コンラートは、何も言えずに立ち尽くしていた。その沈黙が、俺の中の古い傷を、さらに深くえぐった。
「……もういい」
俺はそう言って、扉を閉めた。外に、コンラートがまだ立っている気配が続いていたが、俺はそれ以上、向き合う勇気が持てなかった。




