第7話「残された声」
白い空間が、崩れている。
ヒビが走り、光が剥がれ落ちる。
世界の“裏側”。
その中で、影山は立っていた。
「……ユイ」
名前を呼ぶ。
返事は――ない。
だが。
微かに、“残っている”。
気配。
痕跡。
消えきっていない“何か”。
『……非推奨行動』
観測装置の声が響く。
『当該個体は既に分解済み』
「うるせえ」
影山は一歩踏み出す。
「まだ残ってるだろ」
空間に手を伸ばす。
すると――
ザザッ、とノイズが走る。
景色が変わる。
街の残像。
ベンチ。
あの場所。
「……っ!」
そこに、“いた”。
ユイ。
だが――
複数。
「影山さん……」 「影山さん?」 「影山……さん」
同じ顔。
同じ声。
だが、どこか違う。
感情が、ズレている。
笑い方。目の動き。呼吸。
「……どれだ」
影山は、息を呑む。
全部が本物に見える。
だが、全部が偽物にも見える。
『識別は不可能』
観測装置が告げる。
『当該領域は“記憶断片の集合”』
「……じゃあ」
拳を握る。
「俺が決めるしかねえってことかよ」
ユイたちが、一斉に手を伸ばす。
「助けて」 「こっち」 「私はここ」
声が重なる。
頭が揺れる。
だが――
「……違うな」
影山は、目を閉じた。
思い出す。
あの時の“感覚”。
打算じゃなく、自然に動いた瞬間。
言葉じゃない。
理屈じゃない。
“選んだ理由”。
「……お前は」
ゆっくりと、目を開く。
そして――
一人を見た。
何も言わない個体。
ただ、不安そうにこちらを見ている。
声も出さず。
縋りもせず。
ただ――“待っている”。
「……それでいい」
影山は、手を伸ばした。
「ユイ」
その瞬間。
他のユイたちが、ノイズとなって崩れる。
選ばれなかった存在たち。
消えていく。
だが――
選んだ一人だけが、残る。
「……影山さん」
その声は、震えていた。
だが――
“本物”だった。
「遅えよ」
影山は、少しだけ笑う。
「迎えに来た」
その瞬間――
世界が、再び軋む。
『……異常選択』
『感情優先による識別成功』
観測装置の声が、わずかに乱れる。
『データ保存不可』
『干渉レベル、上昇』
「……行くぞ」
影山は、ユイの手を掴む。
「ここじゃ終わらねえ」
黒い裂け目が、再び開く。
“外”へと繋がる扉。
「……怖いです」
ユイが、呟く。
「でも」
影山を見る。
「一緒なら、行きます」
「……ああ」
二人は、一歩踏み出す。
世界の外へ。
観測の外へ。
“誰かに決められた物語”の外へ。




