第6話「女神の正体」
白い空間。
上も、下も、境界すら存在しない。
その中心で――影山は立っている。
目の前には、“女神”。
「……で?」
影山は、低く言った。
「どっちか選べってか?」
女神は、微笑む。
「そうね。修復か、破壊か」
「……くだらねえな」
即答だった。
「は?」
「その二択自体が、おかしいって言ってんだよ」
女神の表情が、わずかに止まる。
「なんで俺が、“お前の作ったルール”で選ばなきゃなんねえんだ」
静かな怒り。
だが、その奥にあるのは――“理解”。
「……最初から全部、仕組まれてたんだろ」
女神は、何も言わない。
ただ、見ている。
「選ばせるふりして、誘導して、
結局は“人間がどう動くか”を見てるだけ」
一歩、前に出る。
「……観察だろ?」
その一言。
空間が、わずかに軋む。
女神の目が、細くなる。
「……面白い解釈ね」
「違うか?」
「さあ、どうかしら」
はぐらかす。
だが――否定はしない。
「……なら」
影山は、はっきりと言った。
「俺はそのどっちも選ばねえ」
「……」
「修復もしない。破壊もしない」
真っ直ぐ、女神を見据える。
「“外”を見せろ」
沈黙。
ほんの一瞬。
だが、確かに“空気が変わった”。
「……外?」
「この世界の外だよ」
影山は言う。
「お前がいる場所。
この“ゲーム”を見てる側の世界」
女神の表情が――初めて崩れた。
ほんのわずかに。
「……それを知って、どうするの?」
「決まってるだろ」
影山の声は、静かだった。
「ぶっ壊す」
嘘はない。
ただの衝動でもない。
“理解した上での意思”。
その瞬間――
女神の周囲に、ノイズが走る。
光が乱れる。
『……危険度、上昇』
機械的な声が混ざる。
『観測対象、逸脱傾向』
「……やっぱりか」
影山は小さく笑う。
「“女神”じゃねえな、お前」
沈黙。
数秒。
そして――
「正解」
女神は、あっさりと言った。
その姿が、崩れる。
白い光が剥がれ落ちるように。
中から現れたのは――
人ではない“何か”。
輪郭が曖昧で、形が安定しない存在。
「私は、“女神”というインターフェース」
「インターフェース……?」
「あなたたち人間が理解しやすい形に、変換された姿」
淡々とした声。
もう、感情は薄い。
「本来の私は――“観測装置”」
空間に、無数の線が走る。
データのような光。
「この世界は、実験環境」
「……実験?」
「そう」
それは、あまりにも簡単に告げられた。
「テーマは――“人間における選択と愛の関係性”」
影山の拳が、わずかに震える。
「ふざけんなよ……」
「感情の変化、予測不能な行動、倫理の揺らぎ」
観測装置は続ける。
「それらを記録し、解析する」
「そのために――人を使ってんのか」
「正確には、“再現している”」
その言葉に、影山の目が見開かれる。
「……再現?」
「あなたたちは、元の世界の人間を基にしたデータ」
静かに、告げられる真実。
「完全なコピーではない。
だが、思考と感情は限りなく近い」
理解が、追いつかない。
だが――一つだけ、はっきりしている。
「……じゃあユイは」
「観測用個体」
即答。
「あなたの反応を引き出すための存在」
その一言で――
何かが、完全に切れた。
「……お前」
影山の声が、低く沈む。
「それでいいと思ってんのか?」
「問題はない」
観測装置は答える。
「これは実験。倫理は優先されない」
「……っ」
空間が、ビリビリと震える。
影山の内側から、何かが溢れる。
怒り。
拒絶。
そして――
“否定”。
「……なら」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺が、お前の実験を壊す」
その瞬間。
世界に、亀裂が走る。
今度は、さっきとは違う。
“外側”に向かって。
『……異常』
観測装置の声に、わずかな乱れ。
『干渉不能領域、発生』
「教えてやるよ」
影山は一歩踏み出す。
「人間はな――」
拳を握る。
「観察されるだけの存在じゃねえ」
その言葉と同時に――
白い空間の向こうに、“黒い裂け目”が開いた。
その先にあるのは――
“外”。
未知の領域。
観測する側の世界。
『……遮断、実行』
「遅えよ」
影山は、笑った。
初めての、本当の笑み。
「もう見えちまってる」
その一歩が――
“世界の外側”へと繋がる。




