表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話「境界の向こう側」


 黒い裂け目は、静かに脈打っていた。

 まるで“生きている穴”のように。

「……ここが、“外”」

 影山は呟く。

 直感で分かる。

 ここから先は――

 もう“戻れない”。

「……影山さん」

 ユイの手が、少しだけ強く握られる。

 震えている。

 だが――離さない。

「怖いか」

「はい」

 正直な答え。

 それでも彼女は、一歩引かない。

「でも」

 影山を見る。

「ここにいたままより、ずっといい気がします」

「……だな」

 影山は小さく笑う。

「行くぞ」

 二人は、同時に踏み込んだ。

 ――次の瞬間。

 音が消えた。

 光も、色も、重力も。

 すべてが“定義されていない空間”。

 ただ、無数の線と点が漂っている。

「……なんだよ、ここ」

 影山は目を細める。

 その景色は――

 どこか“プログラム”に近い。

 世界の設計図のような。

『侵入確認』

 無機質な声が、四方から響く。

 今までの“女神”とは違う。

 より上位。

 より冷たい存在。

『観測領域外へのアクセスを検出』

『対象:影山 恒一/付随個体:識別不能』

「識別不能……?」

 影山が隣を見る。

 ユイの体が――

 揺れていた。

「……え?」

 彼女の輪郭が、微細に崩れる。

 粒子のように。

 光のノイズのように。

「おい、どうした……!」

「わ、私……」

 ユイが、自分の手を見る。

 透けている。

「……存在、できてない」

 その言葉は、静かすぎた。

「この領域は“基盤層”」

 頭の中に、あの観測装置の声が流れ込む。

「未完成の個体は、維持できない」

「ふざけんな!!」

 影山が叫ぶ。

「連れてきたのは俺だぞ!」

「責任は発生しない」

 淡々とした否定。

「当該個体は“補助用データ”」

 その一言で――

 影山の中の何かが、再び軋む。

「……違う」

 低く、言う。

「違うんだよ」

 ユイを見る。

 彼女は、必死に存在を保とうとしている。

 崩れながら。

 それでも――立っている。

「私は……」

 ユイが、ゆっくり口を開く。

「ただのデータじゃ、ない」

 震える声。

 だが、その奥にあるのは――“意思”。

「影山さんに……選ばれて」

 一歩、前に出る。

 不安定な体で。

「あなたに、名前を呼ばれて」

 胸に手を当てる。

「ここに、“何か”ができた」

 光が、そこに集まる。

 淡い輝き。

「これが何かは、分からないけど……」

 影山を見る。

「私は、それを――手放したくない」

 沈黙。

 その言葉は、論理じゃない。

 データでもない。

 ただの――“感情”。

『……記録不能現象』

 上位の声が、わずかに揺れる。

『自我発生を確認』

『原因不明』

「……ほらな」

 影山は、笑った。

 今度ははっきりと。

「お前らの“想定外”だ」

 ユイの手を、強く握る。

「こいつはただのデータじゃねえ」

 前を見る。

 無数の光の中に――

 “何か”がいる。

 巨大な、輪郭のない存在。

 観測する側。

 管理する側。

「……てめえらが作った世界だろ」

 影山は言う。

「だったら責任取れよ」

『要求を確認』

『却下』

 即答。

 冷たい。

 だが――

 それで終わらない。

「だったら」

 影山の声が、変わる。

 静かに、だが確実に。

「奪うだけだ」

 その瞬間――

 彼の体から、黒いノイズが溢れ出す。

 世界の“歪み”。

 さっき壊した時と同じ力。

 だが今度は――制御されている。

『……危険』

『観測対象、干渉者へ変質』

「ユイ」

「……はい」

「離すなよ」

「……はい」

 二人の手が、繋がる。

 その接点から――

 光と闇が混ざる。

 新しい“何か”が生まれる。

「……行くぞ」

 影山は、一歩踏み出した。

 観測する側へ。

 神の領域へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ