第4話「選ばれた、その代償」
ベンチに、並んで座る。
さっきまでの喧騒が、少し遠く感じた。
「……落ち着きましたか?」
影山は、ぎこちなく言った。
「はい。おかげさまで」
女性は、柔らかく笑う。
その笑顔は、作られたものじゃない。
ちゃんと“感情”がある。
「……よかった」
それだけで、少し安心する自分がいた。
沈黙が、心地よく流れる。
無理に何かを言わなくてもいい空気。
――今まで、経験したことのない時間だった。
「あなた」
女性が、ふいに口を開く。
「名前、聞いてもいいですか?」
「え、ああ……影山。影山 恒一」
「影山さん、ですね」
彼女は、小さく頷く。
「私は……」
一瞬、言葉を区切る。
「……ユイ、と呼んでください」
「ユイ、さん」
名前を口にしただけで、妙に現実味が増す。
「影山さんは、どうしてここに?」
「それは……」
言いかけて、止まる。
試練のことを話していいのか分からない。
だが――
「……誰かに、認められたくて」
自然と出た言葉は、それだった。
取り繕いのない、本音。
「なるほど」
ユイは、静かに頷く。
「じゃあ今は、その途中なんですね」
「……まあな」
苦笑する。
「正直、全然うまくいってなかったけど」
「でも」
ユイは、まっすぐに彼を見る。
「さっきの行動は、本物でしたよ」
「……」
胸が、少しだけ熱くなる。
「打算じゃなくて、ちゃんと“助けたい”って思ってくれた」
「……そう、見えたか?」
「はい」
即答だった。
「だから――」
彼女は、ほんの少しだけ距離を詰める。
「私は、あなたを“選びます”」
「……!」
その一言。
世界が、静止したように感じた。
頭が、真っ白になる。
「え……」
「理由は簡単です」
ユイは、微笑む。
「あなたが、“人として信用できる”と思ったから」
ドクン、と心臓が鳴る。
それは――
今まで一度も、言われたことのない言葉。
「……マジ、かよ」
声が震える。
現実味がない。
だが――
確かに、“選ばれた”。
その瞬間だった。
――世界が、歪む。
「……え?」
視界が揺れる。
空が、ノイズのように崩れる。
人々の輪郭が、滲む。
「な、なんだ……!?」
ユイを見る。
彼女は――
笑っていた。
だがその笑みは、さっきまでと違う。
どこか、“無機質”。
『おめでとう』
頭の中に、女神の声。
だが今度は、はっきりと楽しんでいる。
『第一試練、クリアよ』
「……は?」
『でもね――』
その声が、少しだけ低くなる。
『ここからが、本番』
ゾワリと、背筋が冷える。
「……どういう意味だよ」
答えは、すぐに来た。
『“選ばれた”ってことは』
女神は、笑う。
『今度はあなたが、“選ぶ側”になるってこと』
「……!」
『次の試練』
世界の色が、反転する。
白と黒が入れ替わるように。
『――その人を、“切り捨てなさい”』
「……は?」
時間が止まる。
言葉の意味が、理解できない。
「……何言ってんだよ」
ゆっくりと、ユイを見る。
彼女は、変わらずそこにいる。
少し不安そうな顔で、こちらを見ている。
「影山さん……?」
『制限時間は、10分』
無慈悲な宣告。
『拒否すれば――失格』
「ふざけんなよ!!」
思わず叫ぶ。
「やっと……やっと選ばれたんだぞ!?」
『だからよ』
女神は、冷たく言う。
『あなたの“本質”を見せて』
沈黙。
心臓の音だけが、うるさい。
「……影山さん?」
ユイの声が、震えている。
状況が分かっていない。
当然だ。
この試練は――彼にしか聞こえない。
「……っ」
拳が震える。
頭の中で、考えが渦巻く。
(ここで切り捨てれば、生き残る)
(でも……)
目の前には、“自分を選んでくれた人”。
初めての存在。
「……こんなの」
かすれた声が出る。
「選べるわけ、ねえだろ……」
だが――
残り時間は、刻々と減っていく。




