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第3話「はじめての理由」


 ――残り時間、あと半日。

 頭の中に浮かぶその数字が、やけに重かった。

「……くそ」

 影山は歩いていた。

 ただ歩くだけじゃない。

 “見る”ことを意識して。

 人の表情。仕草。距離感。

 だが――

(何をすればいいんだ……)

 答えは、まだ分からない。

 “選ばれる理由を持て”

 言葉にすれば簡単だ。

 だが現実は違う。

 誰かに好かれる理由なんて、

 そう簡単に作れるものじゃない。

 その時だった。

「……っ!」

 小さな音。

 人混みの端で、誰かがよろめいた。

 影山は反射的にそちらを見る。

 一人の女性が、膝をついていた。

 紙袋が地面に落ち、中身が散らばる。

 だが――

 誰も、動かない。

 周囲の人間は、ちらりと見るだけで通り過ぎていく。

(……なんで誰も……)

 一歩、踏み出しかけて――止まる。

(いや、待て)

 頭の中で声がする。

(これって……チャンスじゃないか?)

 助ければ、好感度が上がる。

 選ばれる可能性が高くなる。

 “理由”になる。

 その打算が、浮かぶ。

「……」

 影山は、無意識に舌打ちした。

「違うだろ」

 小さく呟く。

 さっきの言葉が、頭をよぎる。

 ――自分のことしか見てない。

「……それじゃ、また同じだ」

 深く息を吐く。

 考えるのをやめた。

 損得も、評価も、全部。

 ただ――

「大丈夫か?」

 気づけば、体が動いていた。

 女性の前にしゃがみ込む。

「立てるか?」

「あ……」

 女性は少し驚いた顔をした。

 だが、すぐに困ったように笑う。

「すみません……ちょっと、足が……」

「無理するな」

 影山は、落ちた荷物を拾い始める。

 一つ一つ、丁寧に。

「ほら」

「あ、ありがとうございます……」

 袋に戻しながら、自然に手を差し出す。

 一瞬、迷った後――

 女性はその手を取った。

 その感触は、やけに現実的だった。

「……っ」

 影山の胸が、わずかに高鳴る。

 だがそれは、今までとは少し違う。

 “認められた”ような感覚。

「ゆっくりでいい」

「はい……」

 彼女は立ち上がる。

 まだ少しふらついている。

「近くに座れるとこ、あるか?」

「向こうに……ベンチが」

「じゃあ、そこまで行こう」

 肩を貸す。

 人混みの中を、ゆっくりと歩く。

 さっきまでとは違う視線を感じる。

 観察ではなく――興味。

 あるいは、評価。

 だが、影山は気にしなかった。

 今はただ、この人を支えることだけ考えていた。

 ベンチにたどり着き、彼女を座らせる。

「大丈夫そうか?」

「はい……本当に、助かりました」

 彼女は深く頭を下げた。

「……いや」

 影山は少し照れくさそうに頭をかく。

「たまたまだよ」

 沈黙が、少しだけ流れる。

 その後――

 彼女は、ふっと微笑んだ。

「あなた、さっきとは違いますね」

「……え?」

「最初に見た時は、少し怖かったです」

「……マジかよ」

 苦笑する。

「でも今は――」

 彼女は、まっすぐ彼を見る。

「ちゃんと“人”に見えます」

「……」

 言葉が、胸に落ちる。

 じわりと、広がる。

 その時だった。

 ――コツン。

 頭の中で、何かが鳴った。

『……いい変化ね』

 女神の声。

 だが今度は、少しだけ柔らかい。

『初めて、“理由”が生まれた』

「……!」

 影山は息を呑む。

『まだ“選ばれた”わけじゃない。

 でも――近づいたわ』

 静かな声。

 試すような響きは、少しだけ薄れていた。

「……そうかよ」

 小さく呟く。

 そして、目の前の女性を見る。

「……あのさ」

「はい?」

「無理しないで、もう少し休んだ方がいい」

「ふふ、そうします」

 彼女は頷く。

 そして――

 ほんの一瞬、間を置いてから言った。

「……もしよかったら」

「?」

「また、少し話しませんか?」

「……!」

 その言葉。

 それは――

 “選ばれかけている”証だった。

 影山の中で、何かが変わる。

 焦りでも、欲望でもない。

 ただ、静かな実感。

(……これが)

 初めての、“手応え”。


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