8、アルラウネと魔王様
今日もバルコニーに出て、アイビーとおしゃべりする。
『結局、伝えたな』
「うん」
『後悔はしているのか』
「半々だね。魔王様はお強いから、警告しなくても大丈夫そうだし。この前は毒が回っていたからって理由ができるけど、今回は手紙を残しちゃったし」
『物的証拠がバッチリだな』
アイビーが意地悪気に行ってくる。
魔王様第一のアイビーは、アルーナが言うのを悩んでいたのを虐めてくる。
睨んでもどこ吹く風だ。
「・・・大丈夫かな」
『大丈夫に決まってるよ』
アイビーの自慢気な声に、アルーナはスイッチを押してしまったことに気づく。
しまった。このままだと、アイビーの魔王様自慢で1日が終わってしまう。
アルーナは耳を塞ごうとする。
テレパシーで会話をしているので意味は無いが、気分の問題。
「もう、隠れるのはしまいか?」
その瞬間、一度だけ聞いた声がバルコニーに響いた。
低く艷やかな声。
アルーナは、目を見開いた。
壊れた人形のようにぎこちなく振り返る。
バルコニーの開かれた窓。壁に凭れるように立っていた。
スラッとした長い足が目の前にある。
上を見ていくと、赤い瞳とバッチリぶつかった。
魔王様・・・。これ絶対見えてるよね。
月明かりに照らされた魔王様は、昼間に見るよりも魔性のオーラを携えていた。
その手には、手紙を持っている。
バルコニーに座り込むアルーナの隣に魔王様が立った。
「口はきけるのだろう。アルラウネ」
「・・・えっ、えっと」
種族も言い当てられてる!?
まさかこんなに早く接触されるとは思わなかった。襲撃よりも早いなんて。
しかも姿は消えているはずなのに、魔王様には見えているようだ。
魔王様がしゃがみ込んでアルーナと視線を合わせる。
「散々俺から隠れるから暴いてやらなかったが、もう隠れるのは終わりなんだろう」
ひらりと手紙を見せてくる。
いやいや、そのまま放って置いて欲しかった。
そんなことを到底魔王様に言える筈がない。
冷や汗がダラダラと背中をつたう。
「ヒック、ヒク」
驚きすぎたせいでしゃっくりが出始めた。
なんとか抑えようと手で口を抑える。
「手のかかる」
大きなため息をつかれた。
アルーナに伸ばされた手を見て、キツく目をつむる。
身体がフワリと浮いた。
魔王様がアルーナを抱き上げている。
パニックになっているアルーナは、できる限り魔王様に触らないよう体を小さくする。
「ヒッ、・・・クッ」
魔王様はそのまま部屋に入った。
何をされるのかわからない不安に、しゃっくりも酷くなる。
魔王様はテーブルの椅子にアルーナを抱えたまま、腰掛けた。
アルーナは魔王様の膝に座ることになる。
なんで下ろしてくれないの!
動揺と困惑で頭の中はぐちゃぐちゃだ。そんな中魔王様は涼しい顔をして紅茶をカップに注いでいる。
カップを手に持たされた。
「ほら、紅茶を飲め。気休めにはちょうど良いだろう」
「えっ、ヒクッ。はい」
魔王様に促されるまま、紅茶を口に含んだ。
紅茶の温かさにホッとする。
魔王様に凝視されているせいで緊張はしているが、しゃっくりは止まった。
「えっと・・・」
「もう良いのか」
魔王様がカップをテーブルに戻してくれる。
甲斐甲斐しい・・・。
意外な一面に目をしばたかせる。
今すぐ拷問に掛けられていないのを考えると、弁明の余地があるのかもしれない。
「勝手に入ってごめんなさい」
まずはこれだよね。
今アルーナは、完全に魔王様の私室に不法侵入している。
魔王様が首をかしげる。黒い髪がさらりと流れた。
「勝手ではないな。始めから人形の中に居るのには気づいていた。奇っ怪なこともあるのかと、俺自身が連れてきている」
「ご存知だったんですね」
「ああ、種族は分からなかったがな」
なんだぁ。はじめから分かっていたのか。
ということは、不法侵入じゃないから罰せられなくて済む!
よかったぁ!
見え始めた光明に明るい気持ちになる。
「まさか、ここまで有益な拾い物になるとは思わなかったが、先日の解毒はよくやった」
「あ、ありがとうございます」
初めてはは様以外から褒められた。
気恥ずかしくなって、顔をうつむかせる。
すると、魔王様の手がアルーナの顎にかかる。そのまま持ち上げられた。
「目を反らすな」
「わ、分かりました」
よく分からない命令だったが、アルーナは必死で従う。小心者のアルーナにとっては他者の眼を見て話すのは苦手な行為だった。
逸らしそうになるのを頑張って耐える。
それにしても、魔王様は本当に綺麗だ。
ここまで整った顔立ちは見たことがない。
「名は?」
「アルーナです・・・」
「アルーナか。それでこの手紙の内容はどこで知った。この部屋から外に出ることは無かっただろう」
行動範囲もバレてた。
何でなんて、魔王様には簡単なことだっただろう。
むしろ、今までは何でバレてないと思ったのか。自分のバカ・・・。
「魔王様の部屋にある隠し通路から聞きました」
「隠し通路か。よく見つけたな」
魔王様は、隠し通路がある方に視線を向けた。
きっとご存知だったのだ。
魔王様の手がアルーナの緑の髪をクルクルと弄る。
思案しているような姿に邪魔にならないように押し黙る。
「あそこであれば姿は見えぬな。声は聞いたか」
魔王様が思案から戻ってきた。赤い瞳で捕らえられる。
首を縦に降った。
「2日後となれば時間もない。襲撃者はなぎ払えば良いが、俺を陥れようとしたのを炙り出すのは面倒だな」
すでに俺に毒を盛ろうとする愚行も犯しているしなと、不愉快そうな声で言う。
お怒りだ。
私に対して怒っているんじゃないと分かっていても怖すぎる。
「アルーナはその身体どうなってる?」
「本体はぬいぐるみの中です・・・」
「ぬいぐるみの中か」
不思議そうな眼で見てくる。
アルーナだって、入りたくて入ったわけじゃない。
「何故そのような事態になっているのだ。まぁ、その身体が本体でなければ良い。お前は今日から俺の小間使いをしろ」
「小間使いですか」
上位魔族ばかりの魔王城。しかも魔王様の近くには、より強い魔族ばかりに決まっている。
強者に囲まれた空間なんて恐ろしい。
「そのように怯えるな。震えてるぞ」
「どうしてもですか?」
魔王様は微笑んで、アルーナの口にグレイプを一粒放り込む。
絶対グレイプをよく食べてたこともバレている。
「俺を狙うなら木っ端な輩ではないだろうから、執務室に来る立場の魔族に決まっている。アルーナの役割は声の主が誰なのか辺りをつけることだ」
良い子だからできるだろう、と言葉を続けられた。
つまり、拒否権は無いんだな。
アルーナはとんでもない役割を得てしまった。
逃げちゃダメかな。絶対に出来もしないことを考える。
『魔王様からのご要望よ!励みなさい!』
バルコニーの方からは、発破を掛けるようにアイビーのテレパシーが聞こえてきた。
盗み聞きしてたんだね。
完全に退路が断たれた状態に、渋々頷いた。




