6、アルラウネの看病
あの日から毎日夜になると、あの魔族が紅茶とフルーツをウサギのぬいぐるみの前に用意するようになった。
毎日にもなれば、何となくフルーツと紅茶はぬいぐるみの為に準備しているのだと、理解してきた。
手を付けなかった日の次の夜、ウサギのぬいぐるみ以外にも、他のぬいぐるみも一緒のように並べられ、そのぬいぐるみ分の紅茶も用意されていたのだ。
完全にぬいぐるみのお茶会になっている。
意外とあの魔族は、ぬいぐるみが好きらしい。ままごとの延長線上なのだろうか。
着実にこの部屋にもぬいぐるみが増えている。
増やされていた別の色のウサギのぬいぐるみを見て、そう思う。
ウサギは特に好きらしい。
毎晩こっそりと分身を作っても、あの魔族に気づかれている様子はない。
アルーナは今日も天蓋の中の人影を確認して、頷く。
今日こそはこの場所を探検してみよう!
昼間は、扉を開けられずに見ているだけだったけど、よく考えればバルコニーから外に出れば良い。
本体からそう遠くには行けないけど、そのくらいであれば大丈夫な筈だ。
ダメでも本体に強制的に戻されるだけ。
バルコニーへ続く大きな窓を、手を伸びして開ける。
今気づいたけど、身長が伸びてる?
背伸びをしなくても開けられて驚いた。
ボサッとしてたらダメだよね!
折角のお出掛けチャンスだ。大事にしないと!
バルコニーへ出ると、そよそよと風が吹いている。満点の星空が広がる。周囲には全く視線を遮るものがない。
えっ、ここどのくらい高いの!?
木がかなり下に見える。
上を見上げれば空がすごく近い。
ぽかんと見上げる。
フワメリー達と見た夜空もよかったけど、ここは格別だ。
美しい景色についつい見惚れる。
羽音がすると、上から影が掛かった。
ギョッとして見上げると、竜がを空を飛んでいた。バサバサと翼の音が聞こえてくる。
そのことと物凄く高い建物。
アルーナは、点と点が一つに結び始めた。
・・・もしかして、ここ魔王城!?
冒険者達が言っていた特徴とそっくりだ。
竜が居るお城なんて、魔王城以外はありえない。二つとある筈がない。
でもそんなところに近づいた覚えはない。
前に居た町も、魔王城から近くはない筈だ。
だから、その町を選んだのもある。絶対にこんな背の高い建物は無かった。
魔王城なんて、強い魔族がゴロゴロいるに決まっている。そんな場所にアルーナは、近づきたいなんて思わない。
・・・とんでもないところに来てしまった。
サァッ、とアルーナの顔から血の気が引いていく。
本当に魔王城だとすれば、アルーナなんて小指で消し炭にされてしまう。
でも、まだ魔王城だって確定はしていないもんね!誰かに聞いたわけでもないし!
完全に現実逃避をして、一旦ぬいぐるみの中に逃げようと踵を返した。
そうそう、なーんにも見てないんだから!
『アルラウネのこども?なぜここにいる?ここは魔王様のいらっしゃる城であり、魔王様のお部屋だ!こどもが入ってくるところでは断じてない!』
ビクッとからだが震えた。突然話しかけられて驚いた。強いテレパシーに植物から話しかけられたことに気づく。
とんでもない内容の言葉。
今なんて言った?魔王城だけじゃなくて、魔王様のお部屋!?
町の中の植物とは違って、全然気づいていなかった。
しかも、前向きに考えたところで、早速さらに希望を打ち砕く答えを言われてしまった。
魔王様のお部屋だって言ってたよね。
部屋に入ろうとしていた足を、一歩バルコニーに戻す。
天蓋の主に関しては知らない振り一択だ!
一先ず声の主を探そうとアルーナは耳を傾ける。
ぶつぶつと文句を言い続けている方向に意識を向ける。
窓の方から、またバルコニーの手すりに近づいていく。
あっ、見つけた。暗くてよく見えなかったけど、ここに黒い蔦が這っていた。
アルーナの希望を砕く言葉を吐いたのは、城に這わされているアイビーだったのだ。
『なに上から見ておるのだ!頭が高い!』
魔王城に居るのは、植物まで上から目線なのか。
変な感心をしてしまう。しかも、魔王城だと確定されてしまった。現実逃避をしている私にアイビーが話しかけてくる。
うっかり少し聞き流してしまったけど。
取り敢えず、植物という仲間意識から深く安堵する。他の魔族だったらサラダかお薬一直線だ。
『こども!アルラウネなら私の話がわかるだろう!何とか言え!』
「分かるけど、私は自分で来た訳じゃないから。ぬいぐるみに入れられて連れてこられたの」
『ぬいぐるみ!?なんと間抜けな!どうやって入るんだ!』
「間抜けって言わないでよ」
自分が警戒心ゼロで寝こけていたので、反論も言いにくい。
アイビーの騒がしい声に応えていく。なんでこのアイビーは圧が強いんだろう。
『間抜けの子!』
アイビーの言いぐさにムカッと来て、アルーナも言い返す。
「私も独り立ち中だから、一応子どもでは無いんだよ」
『子どものような身なりをしておいてか』
「これでも成長したんだから!」
月光の元で腕を伸ばす。
やっぱり少しだけど、腕も長くなっている。うんうんと頷いた。
『アルラウネとは実に不思議な生き物だな!』
「それは多分お互い様だよ」
ツンッと指先で蔦をつつく。
ギャーギャーとわめき返された。
アルーナは、結局一歩も部屋から出ないまま、植生はじめてのお友だちができた。
それ以来、毎夜のごとく、紅茶とフルーツを摘んだ後、おしゃべりをするようになった。魔王城と知ってしまったアルーナは、探検する気持ちが無くなってしまった。
というか怖すぎて外に出られない。
いつかは出ないとダメだと思っても、得意の先延ばしにしていた。
アルーナにとっては怖い魔族筆頭の魔王様。
そんな彼をアイビーは敬愛しているみたいだ。恋や愛と言ったものではないと言い切っていた。
『良いか!アルーナ!恋愛と推しとは違うのだ!』
うんたらかんたら、一杯言っているがようは、それがアイビーにとって大事らしい。
アルーナにはよく分からないが、とても大事なことらしい。
素直に自分の気持ちを言ってしまったら、追加で長々と語られそうだったので、心の中にしまってある。
アイビーと話していると魔力が揺らぐのを感じた。
パッと、アルーナは振り向く。
場所は魔王様が寝ているベッドの辺り。
『魔王様はお加減が良くないのであろうか・・・』
心配そうにアイビーが呟く。
確かに調子が悪そうなのだ。
今日、部屋に戻ってきた魔王様は、体調が悪いのか魔力が揺れていた。
上位魔族であればあるほど、魔力のコントロールは緻密。揺らぐなんてありえない。
気になるけど、怖くてアルーナはチラチラとベッドに視線を送るだけだった。
ちなみに初めて見た遠目でしか、魔王様を見たことがない。
でも、こんなにお世話になってて、無視は良くないよね。
今日だって体調が悪い筈なのに、フルーツと紅茶が用意されていた。
アルーナではなく、ぬいぐるみに為でも用意してくれたことに変わりはない。
コクンと唾を飲んだ。言いたくないし、近づきたくないけど。
「・・・私が見てきてあげる」
『えっ!?アルーナ大丈夫か!?』
「大丈夫なはず」
アイビーの心配そうな声を背に、アルーナは部屋に入る。
ベッドの前で一度止まると、意を決して天蓋を上げた。
「綺麗・・・」
シーツも布団も真っ黒なベッドで魔王様は眠っていた。
黒い髪は枕に広がり、きめ細やかな肌。
あの時に見た宝石のような瞳は、目蓋に覆い隠されている。
魔神様に最も愛された魔族。
きっとそれがこの魔王様なんだと、アルーナは思った。
「はっ、それよりも!」
アルーナは、ジッと顔色をうかがうと、やっぱり青みが増しているように感じた。
この感覚・・・。
身に覚えがある気配に、眉を寄せる。
そのまま、その頬に手を伸ばした。
「これは毒・・・?」
魔力を乱す原因は、体内にあるように見えた。
馴染みのある植物の気配。それが魔王様の体内を掻き乱していた。
「ウッ・・・」
魔王様が苦しそうに眉を寄せる。うっすらと汗もかいてきた。
よほど苦しいのか、シーツを掴む手に筋が浮かぶ。力強く握られている手の上に手を重ねた。
なんでこんなに苦し気なのに、誰も来ないんだろう。
誰も呼ばないんだろう。
アルーナは悲しくなる。
はは様の森に居たときは、一人が体調を悪くしただけで、大騒ぎだった。
勿論アルーナもお見舞いに沢山やってきて、アルーナが好きなフルーツを持ってきてくれた。
食べて元気になれ、と心配する気持ちが伝わってきた。
けど、魔王様にはそれがない。
この毒なら、私が助けられる。植物はアルラウネにとって手足にもなる存在だ。
体内に入っていようが関係ない。
アルーナは手を伸ばす、一瞬ためらうがそのまま手を伸ばした。
「バレませんように」
祈りの言葉を吐いて、魔王様の前髪を上げると、額に口づけする。
ゆっくりと、中にある植物に語り掛けるような魔力だ。
アルーナの魔力が魔王様に吸い込まれていく。
しばらく様子を見ていると、青白かった頬に赤みが戻ってきた。眉間のシワも無くなっている。
さっきの血の気の引いた姿は、人形にも見えて綺麗だったけど。こっちの方が色気がマシマシだ。
「これで大丈夫」
アルーナは安堵した。手を引き、身体を離す。
これでアイビーもきっと安心するだろう。
その瞬間、腕を捕まれベッドの上にすごい力で引きずりこまれた。
アルーナが抵抗する暇もない。一瞬だった。
ベッドの上に仰向けで寝かされ、上から魔王様が覆い被さっている。
魔王様の黒い髪がアルーナの頬をくすぐる。
気づいたら、アルーナの身体は簡単に魔王様に拘束された。
急な事態に動揺しすぎて固まる。
「お前は・・・」
ベッドの上の魔王様は、しっかりと目が開いていた。赤い瞳と目が合う。
ヒィッ!
恐怖からキャパシティが限界になる。その瞬間、アルーナは意図したわけではなく、分身の術が解け、ぬいぐるみの中に戻った。
びっ・・・ビックリした・・・。
動揺して、分身の術が保てなかったのだ。
一先ず、魔王様から逃げられたことに安心する。
心臓がバクバクしている。
外の気配を伺っても、魔王様が何かをしている気配はない。
むしろ、何も感じなくて恐怖しかない。
怒りが感じられた方が、気持ち的に楽だ。
ある意味、魔王様が冷静に頭を巡らしている方が徹底的に追い詰められそう。
捕まったら煎じて薬にされるかもしれない・・・。
しばらくはぬいぐるみに籠って、大人しくしている方が良いだろう。
アルーナの心はポッキリと折れた。
上位魔族の圧に負けたのだ。
その間に魔王様も忘れてくれるよね!




