4、アルラウネとウサギのぬいぐるみ
拝啓、はは様。
アルーナは今日もお約束通り魔族の町にいます。
そんなことを思いながら、店の中から人の並みを見る。
アルーナは分身を作り出して、店の中で外を見ていた。
あれからしばらく考えたが、ウサギのぬいぐるみの中が一番安全かもしれないと思い至ったのだ。
アルラウネは一定期間森以外に居なくては行けない。
つまりは、それまでアルーナはどうやっても、はは様の居る森には帰ることができない。
しかも、アルラウネはあまり強くない魔族だ。植物を使えるが、火には弱い。燃やされたら一瞬で負けてしまう。
得意に特化している種族なのだ。
一番安全なのは、森に帰れるギリギリまでぬいぐるみの中に本体を隠せば良い。
誰もアルラウネの本体が擬態をしたフワメリーで、ぬいぐるみの中に入っているとは思わないはずだ。
危険が迫ったら分身を作り出して、持って逃げたら良い。
時々耳を動かして遊ぶのとキッチンからフルーツを拝借する以外、アルーナは大人しくしている。
分身は物を持つとき以外、アルーナ自身が見えるようにしなければ相手からは見えない。
フルーツを食べる時だけ気を付ければ良いのだ。
それにしても、いろんな種族が居るな。
アルーナは窓に頭をくっ付けるようにして外を見る。
目の前を蜥蜴の魔族が歩いている。
全身鱗があれば、多少火の気があっても大丈夫そうだな。
少なくとも一瞬で木片になってしまうことはないだろう。
木片になった自分を想像して、身体が震えた。
ん?あの人スゴいオーラだけど、強いこと以外何の種類か分からないな。
アルーナは、ジッと尋常じゃないオーラが漂っている方向を見る。
全身が見えないようにローブを纏っている。種族すらも分からない。
危険を察知して、鳥肌が立つ。
見えていないのが分かっていても、ガラス張りの窓から頭を引っ込める。
はは様だったら、分かるだろうけど。未熟なアルーナではその人が持っている魔力の種類が分からない。
ローブを目深に被った人は、オーラを撒き散らしながら此方へ歩いている。
圧倒的なオーラにアルーナは咄嗟に窓の下にしゃがみこんだ。本能が逃げろと訴えていった。
歩いている人達が、全くその人に注意を払っていないのも分からなくて怖い。
アルーナの経験からすると、本当に強い者は自分の力を隠すのも上手だ。
アルーナは、棚に並ぶウサギのぬいぐるみを見る。
ぬいぐるみのルビーの瞳と目が合った。
ぬいぐるみから私の種を出す時間はない。かといって、ここからウサギのぬいぐるみを抱えて逃げ出すことも難しい。
こっそり逃げるには、怖い魔族との距離が近すぎる。
しかも、今見えないようにしてあるけど、物を持とうとすれば姿が見えるようになる。
ちなみに運動には全く自信が無い。
そんなの到底見つかるに決まってる。
アルーナは、良い案が出ずに完全に頭を抱えた。
そういえば今、どの辺を歩いてるんだろう。怖いけど位置は確認した方がいいよね。
アルーナは、唸りながらそうっと窓から外へ視線を上げた。
「・・・ひぇっ!」
あ、終わった・・・。
ローブの男と窓越しに直接目があった。
下から覗いているせいでフードの中まで見えてしまう。
ウサギのぬいぐるみと同じような赤い瞳。宝石よりも深みと色気が漂っている。さらにほりの深い顔立ち。厚めの唇。
恐ろしいほど綺麗な人。喉仏から男だと分かる。
アルーナは瞬きを忘れて、男を見ていた。
種族は分からない。それでも強いことは分かる。上位魔族だ。
雲の上のお方が何故かいる。
魔族は強さと美しさで序列が決まる。完全な縦社会。
はは様も上位魔族だが、この男は桁が違うように感じた。生まれたばかりのアルーナは吹けば吹き飛び存在だ。
一番戦ってはいけない相手だ。
そう察してごくりと唾を飲んだ。
むこうはきっと私のことは見えていないはず。何か居るなとは思われても、何かまではバレていないはずだ。
そっと分身を解いて、アルーナはぬいぐるみの中に戻った。
自分の種を抱えながら、ぬいぐるみの真ん中で震える。
カランカランと店のベルが鳴った。
「おう、見ない顔だな。いらっしゃい」
「・・・ああ、旅者だ。品物を見るぞ」
「気に入ったのがあれば、買ってくれや」
お爺さんの店主とお客さんが話している。
この店は普段、閑古鳥が鳴いているぐらいお客さんが来ない。
ひぃ!何でよりにもよって入ってくるの!?
アルーナは気配から男が入ってきたのを感じる。
心臓が緊張からバクバクと鳴っている。
店の床がギシギシとなる音がする。
男が店の入り口の方から、一つ一つじっくりとお見ているようだ。
うぅ、早く帰ってほしいよ。
フワメリー達のざわめきに、身を堅くする。
フワメリー達も只者ではない男が入ってきたのを感じているのだ。
どうか見つかりませんようにと願う。
必死に祈ったこともない神様に祈る。
会ったこともお祀りしたこともないけど。どうかお助けください!
前に森に入ってきた人が神様という存在に祈っていたのだ。
そんな願いも虚しく、身体がふわりと浮いた。
男がアルーナが入っているウサギのぬいぐるみを持ち上げたのだ。
一段と男の気配を肌で感じる。
「主人、これを頂く。他にもこれと合いそうなのを4つほど見繕ってくれ」
「5つも買うのかい!?」
「何か問題でも?」
「いや、無いが。結構な金額だぞ」
「分かっている。アンタの腕は有名だからな」
値段の話を聞いてアルーナは固まった。
この男、アルーナが入っているウサギのぬいぐるみを買うって言った。
って言うことは、もうこのお店に居られない上に、この男とほぼ毎日一緒に過ごすことになる。
えっ、これ無理じゃない?
アルーナは話を聞いて真っ青になると、意識が遠退くのを感じた。




