15、アルラウネとお仕事3
「魔王様、苦しいです」
部屋に戻ってくるなり、いきなり抱きしめられた。
あのお昼の後、魔王様は席を立って仕事に戻っていった。
アルーナは残りの試験畑の案内と仕事の内容をレノス様としっかり話し、ひたすら樹が抜け出した地面を固めていた。
地面を踏むのは意外と疲れる。
足が疲れているのもあるけど、腰にしっかりと腕が回っているせいで、身動きが取れない。
髪がくすぐったいな。魔王様の長い髪が頬にあたる。
それを退けようと後ろに首を回しながら、髪を指で退かす。
その時、魔王様の顔が見えて、アルーナは驚く。
なんて顔をしているの・・・。
泣きそうな、すがり付くような顔だった。
完全に“魔王様”の仮面が外れていた。
「お前も置いていくのか?」
「・・・何を」
アルーナの声が上擦る。
「アルーナは弱いけど、十分に力を使って自分を守れるだろ」
魔王様の言っている意味が何となく分かった。
初めはペットへの執着心なのかと思っていたけど、違うんだ。
自分が頼りにされないことが不安なんだ。
圧倒的な力を持って、魔族の頂点に立っているのに不安になることがあるなんて。
可愛い人だ。
アルーナとしては、魔王様に頼りきりに感じている。
仕事も用意をしてもらったし、本体だって魔王様の守護下にある。
なんでもできる人、アルーナの印象はまさにそれだった。そんな魔王様から不器用さを感じてしまった。
「・・・魔王様は私が一人立ちをするのが嫌ですか?」
「そんなことは思っていない!」
大きい声が部屋に響く。
魔王様を見れば、顔をしかめていた。
しかめている、と言うよりも泣きそうな顔のが正しいか。
聞きたくて聞いてしまったが、魔王様にとっては泣きそうに成ってまで否定したいことなのだろう。
この人は驚いたことに、弱い種族であるアルーナを対等に扱おうとしていた。
かといって、自分が守ることのできない範囲に行くのも嫌なのだ。
「魔王様は、いや、バートはどうされたいんですか」
「・・・分からない」
「分からない、ですか?」
「ああ」
バートの言葉に苦笑いをする。この人は自分の心が私以上に理解できていないのだ。
命令すれば、アルーナはここに居ざる負えないのに。それをしようとしない。
胸がうずくのを感じた。
「じゃあ、分かるまで側に居ましょう。その後の事は、また考えれば良いじゃないですか」
「・・・本当か?」
「ええ、その代わりここは私にとっては恐ろしい場所です、私が消されてしまわないように守ってくださいね」
「もちろんだ」
バートはアルーナをきつく抱き締めると、安堵のため息をついた。
アルーナはその腕を宥めるように軽く叩いた。
バートは確かめるために必要だと言って、仕事の昼休みをアルーナと一緒に取るようになって数日。
ハウウェル様も毎日のように物言いたげに、アルーナを見て帰っていく日が続いていた。レノス様もアイツは何をしているんだと首をかしげていた。
アルーナがレノス様を盾にしなくても良くなってきた頃、ようやくハウウェル様が口を開いた。
「・・・陛下の件でお話がございます。お時間頂戴してもよろしいでしょうか」
「はい」
アルーナはずいぶん焦らされたなと思いながら、首を縦に振った。
レノス様には声をかけて水やりの手を止める。さりげなく、ポケットの中にバートお手製のお守りも確認した。
休憩用の小屋の中、アルーナとハウウェルは向かい合って座る。
ハウウェル様はバートには及ばなくても、美しい魔族だ。
悩ましげに眉を潜めている姿も絵になる。
この小屋では、バートもそうだがハウウェル様も浮いているように見えた。
「それで話しというのは、陛下とのご関係についてなのですが」
「はい」
「どこまで進まれたのでしょう」
進まれたとは?
アルーナは緊張して見えるハウウェル様の顔を見る。
「進むも何も、私達の間には何もございませんが」
「・・・」
そんなあり得ないみたいな顔で見られても。
実際にバートとは何も関係がない。主従でもなければ、友達でもない。そんな曖昧な関係だ。
バートが今後どうしたいのかによって、変わってくるのかもしれないけど。
アルーナはそんな余計なことを言うつもりはない。
アルーナは弱い魔族だ。
魔族は弱肉強食。
だからこそ、どう思っていようとも、アルーナから関係を変化させることはできない。
バートの考え次第では、この想いは全て無かったことになる。
胸がキリッと痛むのを見て見ぬふりをした。きっとバート自身はそんなことを思ってもいないだろうけど。バートは考える必要がないことだ。
ハウウェル様は一度目を伏せる。
「承知しました。現時点では何も無いということですね」
「はい、そうです」
「分かりました。
では私から一言。業務の観点から言うと、現状の陛下の執務のスピードは以前よりも向上しております。アルーナ様、貴方がいらっしゃってからです」
アルーナ“様”って。
ハウウェル様の中で扱いが変わった気がする。そんな予感に顔をひきつらせる。
「魔王という職は現時点のもっとも強い者が就く決まり、ここ最近は一族の中に現れることが多いですが。司法の観点から見るとその必要はございません」
「ハウウェル様お待ちください」
嫌な予感にアルーナは止めようとする。
シレッとそれは流された。さすが宰相様。
「故にどのような関係を築かれても、執務が滞らない限り、反対はございません。それだけはお忘れになりませんように」
ハウウェル様は言いたいことを言えてスッキリしたという表情で部屋を出ていった。
あの人シレッと外堀埋めに来たってことだよね。
「これ以上は本当に荷が重いんだけどなぁ」
アルーナはそんなことをぼやくしかなかった。
でも、どうなろうと頑張ってしまうのだろうという予感もしていた。




