13、アルラウネとお仕事
魔王様とのお出かけから帰ると、また本体をぬいぐるみに戻された。
丁寧に戻され、ウサギのぬいぐるみには縫い目の跡も分からない。
生活は魔王様と常に行動を共にして、執務室でのんびり座りながら、魔王様の仕事が終わるのを待つ、そんな1日だ。
「お前に仕事を任せることにした」
「お仕事ですか」
「ああ、ハウウェルが五月蝿くてな」
五月蝿いって、ハウウェル様憐れ。
小間使いとして雇っている体なのに、実際この1ヶ月まともにお仕事をしていない。
言われても当然だと思う。むしろ、ハウウェル様は忍耐強い方なんじゃないだろうか。
ハウウェル様が、いつもアルーナのことを物言いたげに見ていたのを知っている。
それなのに魔王様は、不機嫌そうにアルーナの緑の髪を弄っていた。
「魔王様」
「バートだ」
「バート様」
お忍びがバレないようにするためだった筈なのに、魔王様はこの呼び方を定着させようとしてくる。
アルーナはアルーナで、それに折れようとせずに、毎回このやり取りをしていた。
魔王様の意外な一面に、多少言い返しても怒らないというのも知った。
「ハウウェル様のおっしゃることは正しいと思います」
「アイツの味方をするのか」
魔王様が顔をしかめた。
アルーナが魔王様に賛同しなかったのが気に入らないみたいだ。
子どもっぽい拗ねかたをしてみせる。
テーブルに頬杖を付いて、慰めを求めているのだ。
初めに見せた魔王然とした態度は消え失せている。
「小間使いなのに、ずっと座っているだけでは、どなたも納得しませんよ」
「お前は可愛らしく座っているだけで、俺を癒しているんだから問題ないだろう。実際業務のスピードも上がっている」
可愛らしくって・・・。
「それは良いことですが、魔王様の業務は捗っても、他の者の集中力が切れているようにお見受けします」
実際、執務室にいる魔族も始めは襲撃のことがあって、アルーナの存在に納得していたが、それが終わっても変わらない様子に戸惑っていた。
ため息を付いて、紅茶を一口飲む。
腰に手を回される。テーブルは広いのに、膝に座るのを拒絶すると、椅子をぴったりくっつけるようになった。
狭いな。
「でも、怖くはないか?この城はお前よりも強い者が多い。いつも廊下に出るときは気を張っていただろう」
心配そうに魔王様がアルーナを見る。
バレてたのか。その気遣いが嬉しい。
笑みをカップで隠した。
アルーナを庇護対象として見ている魔王様は、アルーナの身の回りのことに敏感だ。
アルーナの感情に揺れがあれば、黙ってジッと見てくることも多い。
実際、魔王様であればアルラウネぐらい弱い魔族とは関わりがないのだろう。
良くも悪くもアルラウネという種族は、能力が片寄りすぎている。
確かにアルーナは怖がりだ。
あの城下町に出て以来、分身の方も成長をして、今は少女から女性に変わる年齢ぐらいの見た目をしている。
ブカブカだった執務室用の服も、丁度指先が見えるくらいにはなっている。
成長をしたからって、本質は中々変わらない。隠すのが上手になったぐらいだ。
それでも、ここに居る以上はいつまでも庇護を受けるだけではいけない。
魔王様だってそれが分かっているから、仕事を振るのだろう。
「大丈夫ですよ。それで仕事は何をすれば良いんですか?」
「・・・魔王城の果樹園と試験畑の管理だ」
果樹園と試験畑。
そういえば、アイビーはここで育てられた植物の種から生まれたって言ってたな。
動くのはその影響立っていってた。
そこに変わった魔族が居るって言ってたけど。
「君がアルラウネか!粘液を採取させてくれないか!?」
変わった魔族って言ってたけど、初対面でこんな言葉をぶっ飛ばされるなんて誰が想像するのか。
粘液って、分身体の唾液で良いんだろうか。そんなことを思いながら、頭を上に向ける。やたらと背が高い。これだけ近づいてくると、見上げる首がいたい。
白い髪が天然パーマのアフロ。白衣には何の液体か分からないものが付いている。
変人研究者みたいな感じだ。はは様の森にも人間の研究者が似たような感じだったな。
後ろから、腰に手を回されて変人研究者から離される。
馴れた温度に、アルーナは抵抗しない。
魔王様の香水の香りがした。
「近い。離れろ。レノス」
「おや、陛下。こちらにいらっしゃるとはお珍しい」
「部下と上司との距離感は守れ」
魔王様が低い声で言う。
変人研究者は全く魔王様の様子を気にしていない。飄々とした態度だ。
心臓が強い。
魔王様とは旧知の仲なのだろうか。
魔王様の態度も崩れている。
「重々承知しておりますぞ。陛下からのお預かりものですから。ちょっと研究のお手伝いをしていただこうかと」
「お前のちょっとは信用ならん。アルーナに関しては研究の手伝いはしない。樹木と畑の育成だけだ」
「ええ!ちょっとだけですぞ!痛い思いはさせません!」
「ダメだ。お前のことだから絶対にエスカレートするだろう」
粘液を採取ってまだマシなほうなんだ。
アルーナの中で変人研究者の危険度が上がる。
薬の材料にされるのは嫌だ。
「仕方がありませんな。研究に時間が割けるようになったのを良しとしましょう。挨拶が遅れました。ワタクシ、レノスと申します。アルーナ嬢」
「はじめまして、レノス様。アルーナと申します。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「うん、よろしく」
急にまともになったので驚いたが、何とか挨拶を噛まずに言えた。
「コイツは変人で変態の植物学者だが、腕は一級品だ。何かあればコイツに言えば良い。アルーナにとっても興味がある分野だろ」
「はい」
アルーナは頷く。
今も届いてくるテレパシーにソワソワしている。
どんな子達がいるのか楽しみだ。
「この前買った種。場所が足りないと言っていただろう。ここで好きに育てても良い」
魔王様がアルーナに種の袋を渡す。
この子達も早く植えてほしいと訴えてくる。
一応、バルコニーで育てられるものはアイビーの側で育てている最中。場所が足りなくてどうしようか悩んでいたのだ。
「ありがとうございます」
アルーナはふわりと笑った。
「では、早速アルーナ嬢を案内するとしよう」
魔王様はその後すぐに迎えに来たハウウェル様に連れられていった。
今は、レノス様と二人きりだ。
「ここが果樹園ですな」
目の前に樹木がたくさん広がっている。
これが全て城の敷地内にあるなんてすごい。
濃厚な森の気配に心が浮き立つ。
果樹園といいつつ、森の規模だった。
爽やかな甘酸っぱい木の実の香りも漂ってくる。
アルーナを歓迎するテレパシーに表情が緩む。
「ここは魔王城の食堂で使われる果物が作られていて、品種改良もしておりますぞ」
「気配が一緒だから分かりました」
「ほう、アルラウネは採れたものからでも何処のものと一致するかわかるのですかな」
「気配が似ているので分かります。土地が違えばもっと違いが出るので、生産地とかもですね」
「それは良いですな」
レノスがうんうんと頷いている。
「あと、一つ良いですか?」
「何ですかな」
「あの樹なんですけど、日当たりが少し足りていないみたいです」
アルーナは、樹を指差す。
さっきから自分の言葉が伝わるアルーナが来たと分かると、頭が痛くなるくらい、うるさく騒いでいたのだ。
「ほう!」
レノスがアルーナの言葉に目を輝かせると、いそいそとその樹に向かう。
「この樹ですかな」
「はい、ちょっとうるさいよ」
アルーナが近くなって、より騒ぐ樹に魔力を使って黙らせる。
「流石アルラウネ。樹と会話するとは」
「それが特徴ですから。この辺であれば何処に移動しても構いませんか?」
「ええ、お好きなところにどうぞ」
樹の興奮がアルーナに伝わってきた。
よほどこの場所が不満だったみたいだ。
『移動して良いのか!?』
「うん、だからこれ以上煩くしないでね」
アルーナが何かをするつもりなのを悟ったのか。一歩後ろに下がる。
自分も一歩後ろに下がった。
「じゃあいくよ」
『おう!』
アルーナは自分の魔力を少しずつ樹に流していく。
多く渡し過ぎても、渡さなすぎてもダメだってはは様が言っていた。
これくらいか、と思うところで止めた。
その途端目の前の樹から、ピキピキと音をたて始めた。
「ほうほう!」
レノスが楽しげに樹を見上げている。
本当に植物が好きなんだな。
目が輝いてるよ。




