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3-18 だから俺の相棒でいてくれ

 その時はすでに俺は鳥羽へと視線を戻し走り始めている。

 隠塚が鳥羽をそらに近づけまいと、周囲を舞いながら牽制していた。

 何度も隠塚の致命傷となるはず強烈な一撃が鳥羽の身体を文字通り破砕するも、その傷はすぐに再生。元の形へと戻り、受けた傷は跡形もない。

 なんか前より治りが良くなってないか?

 前見た時は暗くなっていた時間ではっきり見えなかったとはいえ、あんなに急速に受けた傷を治してなんかいなかったはずだ。

 あれか、時間が経って強力になったってことか?

 考えがめぐるがひとまずは後回しだ。

 とにかく走る。

 相変わらず固まって動けなくなっているそらの元へ走る。

 そういえば最初もこんな感じだった気がするな。

 けど、あの時とは違う。

 はっきりとした目的と力強い意思をちゃんと自分に感じる。

 それに身体もあの時よりは強くなった。

 毎日毎日、あの黒装束にぼこぼこにされてたのも無駄じゃなかったわけだ。

 そして、駆ける勢いはそのままに思い切り拳を振りぬいた。

 加減はしたが、けっこうな反動が拳に伝わり、同時に肉をへこます嫌な感触がやって来る。

 俺の拳はそらの背後にまで迫っていた男達の一人を思いきり吹き飛ばす。

「てめえら! 俺の相棒になにしようとしてる⁉︎」

 隠塚がそらのそばを離れたタイミングに乗じて現れた人影を俺は見逃さなかった。

 こいつら、例の鬼束って奴の仲間か?

 全員目出し帽みたいなの被ってるが明らかに剣呑な雰囲気。突然現れ、仲間を殴り飛ばした俺に驚きつつも怯んだ様子はなさそうだった。

 ていうか、こいつら俺の事見えてるな……。

 俺の腕はすでに黒く変わりはじめている。

 なのにこいつらはしっかりと俺をにらみつけていた。

 それはつまり――。

 と突然、目の前の目出し帽達は背中を向けて走り始める。こちらのことなど目もくれぬ様子で逃げ去ってしまった。

 ……邪魔をされたから逃げた?

 呆気なく引かれてしまい、拍子抜けしてしまう。

 今はそれよりも、だ。

 そらに視線を向ける。

 地べたにへたりこんで、震えている。その目は下を向いて、鳥羽や隠塚、そばにいる俺にも気づいている様子はない。目の焦点もあっていなくて、どこか虚ろな瞳があった。

「そら」

 声をかけるが返事はない。

 肩を揺すってもダメ。

 なら、とそらの手を握る。今日の学校の時のようにしっかりと握りしめる。

 だが、そらの様子は変わらない。

 どうする? 後は何ができる?

 答えはすぐに思い浮かんだ。迷いはなかった。

 そらの身体を抱き寄せる。

「そら」

 その背に手を回し、しっかりと腕の中におさめる。

「そら」

 名前を呼ぶ。ちゃんと届くように。

 俺の声が届くように、抱きしめた身体に呼びかける。

「そら」



「ゆ……う……?」



 掠れた声。けれどはっきりと俺の名前を呼んでくれた。

「ああ、俺だ」

「わ……たし……?」

 自分の状況がわかっていないのか、掠れた声には困惑が浮かんでいた。

「なんで……わたし……ゆうに、だきしめられてるの?」

「お前、ぼぉっとしてたんだよ。ほら、前いただろ。鳥羽って怪獣になった奴、あいつがまた出てきてそしたらお前固まって」

 あぁ……、とわかっているのかいないのか曖昧な声をだすそら。

「どうしたよ?」

「わか……ん、ない。なん、か……急に、ぼぉっとして、考えられなくなって……考えたく、なくなっちゃって」

 そらはぼんやりとした声のまま、とつとつと語る。

「ちがう、の……そんなこと、ひどいこと、考えたく、ない。けど……とまら、なくて……」

 その声は泣きそうにも思えるのに、表情はどこまでも平坦で、

「わたしが……わたしじゃないみたいで……でも、やっぱり……それもわたしで」

 感情を無くしてしまったかのような無表情は、あふれる自分をどう言葉にすれば良いのかわからないと泣き叫んでいるようだった。

「こんな、きたないことばっかり……かんがえて……こんなの、こんなわたしなんか……ヒーローじゃ、ないって」

 そして、口にされたのは自分への否定。

 それはそらの根っこを作っているはずの言葉への拒絶だった。

「そしたら、そしたら……こわく、なって……こわくて……わたし、なんで、あんなこわいのと……たたかうなんて」

 そらの震えが大きくなる。

 抱きしめられるだけだったのが、すがるように俺の服を握りしめていた。

「ゆ、う……ごめん……ごめんね。わたしなんか、が相棒なんて……ごめんね」

 ガタガタと震えながら、そらは繰り返し俺へ謝り続ける。

「だけど……おねがい、おねがいだから……どこにも行かないで。……そばにいて」

 それは懇願だった。

 そうしなければ見捨てられると思い込んでいるような――何がそこまでそらを追い込む?

「言ったろ。ちゃんとできるまで一緒にいるって」

 そう言いながらそらを抱きしめる力を強くする。

 少しでも安心できるように。

「怖いかもしれない。けど、今はお前の力が必要なんだ。お前がいないと、俺、何もできないからさ」

 怖いと震えるそらにそれは酷な言葉だ。

 だが、今は俺達がやらないと状況は悪化する一方だ。

「だから頼む。怖いなら俺が全力で守るから。だから俺の相棒でいてくれ」



 我ら汝ら鎮める鬼よ。こひ——けがれの一切合切、祓い清めるべし。



 声が――聞こえた。

 そうか……そらが言っていたのはこれのことか。

 内から響くような厳かな無数の声。

 重なってこの身を作りかえるそれは『鬼』となる俺達を祝福するかのようで、けれど底へ底へと引きずりおろす怨嗟(えんさ)にも似ていた。



 この身はすでに尋常のものでなく。



 すでにその身は穢れを受けし鬼。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「底へ底へと引きずりおろす怨嗟にも似ていた」ぞくぞく~ってしました(; ゜Д゜) 鬼になることの危険性みたいな穢れを纏う、受けることに対する不安が一気に襲い掛かってきたような感じ……。
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