3-17 またお前かよ。大怪獣再来
「……鳥羽」
またも突然に現れたそいつを前に、俺は滾る内心の激情を抑え込む。
相も変わらずジャラジャラと音を立てる衣服のそこかしこにある銀色のアクセサリーの音色が耳障りで仕方がない。
俺に背を向け、その前にいるそらと隠塚を観察していたかと思えば、背をそらして顔だけを俺に見せてくる。
「なんだよ、この前の女だけじゃなくてもう一人いるなんてよ。しかも同じ顔とは、良い趣味してるじゃねえか、え、諏訪」
あれからほぼ一月。
コンビニでの一件以来、まったく姿を見せていなかった鳥羽慎二は変わらず俺への嘲りを隠さない。
俺の後ろには橙子がいる。
俺が声をかけた時には驚きながらも顔見知りに会えてほっとした表情を見せていた。だが、今は突然に緊迫している俺に戸惑った様子を見せている。
何より横断歩道のど真ん中に立っている鳥羽の姿に戸惑いつつも、その見た目や雰囲気に怯えてもいるようだった。
そして、鳥羽をはさんだ向かい側、そらを守るように前に出ている隠塚の姿が見えた。
「……何の用だよ?」
俺は隠しきれない警戒をあらわにしながらも、冷静であることを自分に言い聞かせる。
「おいおい! 何の用だなんてご挨拶だな! 傷ついちまうぜ!」
すでに信号は赤となり、それでも動こうとしない鳥羽に前へ進みたい車のクランクションがけたたましい音を響かせる。
「やっと抜け出せたから、こうして会いに来てやったってのに……本当に俺は寂しいぜぇ」
そう言いながら鳥羽は笑う。
本当になにがそんなにおもしろいのか、背をそらしながら腹を抱えて笑い続ける。
その姿は明らかに普通じゃなかった。
「な、なんなのです、あの人」
橙子の怯えをにじませた声が聞こえた。
クランクションを鳴らしていたドライバー達も、その異様な姿に戸惑っているのか先程まで鳴り響いていた音は止んでいる。
「それでよぉ、俺は寂しかったんだぁ。誰も俺のことなんて知らねえなんて言いやがる。親父もお袋も、俺が可愛がってやった腰巾着共や女達も、ただの一人も覚えていやがらねえ」
そして不意に笑いを止める。変わらず天地逆となっている顔にはなんの表情も浮かべてはいない。
「それによぉ、頭にきてちょっとぼこってやったら皆消えちまうんだ。訳がわかんねえよなぁ。なんだぁ、これは? 目が覚めたら別世界にでも来ちまったってか? ここは猿の惑星かぁ?」
こちらに語りかけているのか、それともただ自分へのものなのか、判別できない言葉の羅列が続いていく。
「けどなぁ、お前だけだ。お前だけが俺を覚えててくれたなぁ」
そして、それまでなんの表情も浮かべていなかった鳥羽の口が大きく歪んだ。
「感激して泣きそうだよ、えぇ! だからよぉ、嬉しくてたまらないからよぉ!」
限界までつりあがった口の端。
その顔を見た橙子の小さな悲鳴が聞こえた。
「俺はとことんまでお前のことを壊してやるって決めたぜ」
まるで笑顔にも見える表情は、正気のものとは思えず、引き伸ばされた口はまるで人間のものではないようだった。
そして、変化は一瞬。
厚い鋼の腕と脚。その頭は歪に変形し、口であった場所には鋭い牙にも思える突起がいくつも並んでいる。腕の先には鉄球のような拳がそびえ、人一人なんて簡単に潰せる程に巨大だ。前にはなかった大きな尻尾みたいなものまである。
わずかな時間もかけることなく、鳥羽慎二は以前にも見せた巨大で不格好な怪獣の姿へと変わっていた。
『はははははははははははははははは!』
巨大な身体から鳥羽の笑い声が響く。
隠塚の行動は早かった。即座にあの自身の身体となる塊を呼び寄せ、『鬼』の姿へと変わる。
同時に俺はそらへ目を向ける。だが、そらはいつもならすぐに俺へと意識をつないでくるはずが呆然と鳥羽の巨体を見あげている。
「そら!」
声をはりあげる。だが、聞こえていないのかこちらを見る気配すらない。
あいつ、どうした?
そんなそらの様子に隠塚も気づいたのか、守るようにその前に立っている。
そして、同時に車に乗っていたドライバー達が突然降りはじめたかと思えば、他の周囲の人間達といっしょにその場から離れていってしまう。
『人払いをしたわ。私が気を引くから、諏訪君はこっちに』
そうしたいのはやまやまなんだが、
「……おにいさん、あれなんなのです?」
俺の後ろでへたり込む橙子の姿があった。
あり得ない程の巨体となった鳥羽を震えながら呆然と見あげている。
『その子……まさか』
隠塚もすぐに気づき、意識に驚きと困惑の声が響く。
やっぱそうだよな。
橙子にもあの鳥羽が見えている。
鬼脅となったその姿が。
「――やべ!」
咄嗟に振り向き、橙子の身体を抱き上げる。その小さな身体は優姉みたいに軽く、同じように心配になるくらいだ。
せまる巨大な質量に身体を低くする。しかし、あまりに大きく、かわしきれずにかすったそれが背中の服とわずかな肉を削っていく。
焼けるような痛み。……けど深くはない。
衝撃で飛ばされるが、咄嗟に橙子をかばうように身体の向きを反転させる。えぐられた背中に再度痛み。
――い、ってぇ!
『諏訪君!』
大丈夫だと伝えるように手をあげる。
それを確認しながらも隠塚は隙を見せることなく、身構えている。そらは……相変わらず固まったままだ。
「お、おにいさん、大丈夫なのです⁉︎」
抱きかかえた橙子が俺を心配するように声をあげた。
今の衝撃で我に返ったのか、戸惑いは残ってはいてもしゃべる声はしっかりとしている。案外肝がすわっているのかもしれない。
俺の知ってる同じ名字の先輩とちょっと似てる気がした。
『あぁぁあああああぁぁぁ!』
さっきまで笑い声を上げていた鳥羽は気づけば、叫びとも鳴き声とも思える大音声を響かせていた。
『すぅわぁぁぁぁぁぁ! あそぼぉぜぇぇぇぇ‼︎』
狂ったように俺の名前を絶叫する。
なんなんだよ、本当に⁉︎
前会った時はまだこんな会話ができない感じじゃなかったはずだ。姿を見せなかった間になにかあったっていうのか?
「俺は大丈夫。そっちは怪我ないか?」
俺の言葉に橙子はうなずく。
「よし。なら悪いけど、すぐにここから逃げるか隠れるかしてくれないか? しばらく危なくなりそうだからさ」
「お、おにいさんはどうするのですか?」
こんな状況で俺を気にかける余裕はあるんだな。そんなとこもあの先輩に似てる。
「あれ、俺の知り合いでさ、巻きこんじまったみたいで悪い。で、俺はあっちにいる奴らとあの大怪獣止めないといいけないんだ」
そう言いながら、橙子を俺の身体から離し、立ちあがらせる。
「止めるってどうやって? あんな怪獣、自衛隊とかよぶやつですよ!」
「悪い、説明してる暇はないんだ。今はとにかく安全なとこまで行ってくれ。頼む」
そう言うと迷いながらも、橙子は踵を返して走り始める。
「おねえちゃんをいっしょに探す約束まもるのです!」
ふりかえりながら叫ぶ声が遠ざかっていった。




