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2-32 それが重要か?

「……わたしも引っ越すかな」

 一人だけ帰る方向の違う優姉とわかれ、残りの俺達は同じマンションへの帰り道を進んでいた。

 本当は隠塚も向かう先は違うはずなんだが、これまでと同じく送っていくと一緒に来ている。

 しかし、さっきの男、あれはなんだったのか?

 聞くところによると隠塚の分家筋の人間とからしいが、隠塚には聞き覚えのない名前だそうで。

「おきの住んでるとこ、知ってるかんじだった」

「おき、大丈夫? しばらくウチ来てもいいんだよ?」

 志穂さんの言葉に不安になったのか、そらが本気で心配そうになっていた。

 隠塚は苦笑しながら大丈夫だと言っていたが、一応は女の一人暮らしというし――と思って隠塚がすさまじい実力者であることを思いだす。

 ……仮に力づくでどうにかしようとしたとしても、逆にそいつがねじ伏せられている未来しか想像できない。

 するとなんか変な目で隠塚に見られていた。

「失礼なことを考えている顔をしていたわ」

 そらと同じようなこと言われた。

 顔が似てるから、言うことも似てる?

 んなバカな。

 そらと隠塚。うりふたつな顔、背丈も同じで体型も――ちょっとそらのほうがふくよかか?

「ゆう? なんか変なこと考えてる?」

 だから、そろって人の心を読んだみたいなことを言うんじゃないよ。お前達がいうと冗談じゃないかもしれないから怖いでしょうが。

 ともかく、気づけば手をつないで前を歩く姿は本当に双子の姉妹みたいだった。

 昔は優姉とも――覚えてはいない幼い頃にはあんな風に俺も手をつないでいたんだろうか? 俺の背におぶさって寝息をたてる姉とも、あんな風に手をつないでいたんだろうか?

 思い出せない遠い記憶。それが、なんとなく寂しく感じてしまった。

 俺ってこんな感傷的な人間だったっけか?

 たぶん、姉達だけじゃない。

 あいつを――ほずみを思いだしてしまったからでもあるんだろう。

「……いいのか? 妹、とられそうになってるぞ」

 変に内心をざわつかせる感情をごまかすように隣を歩いている久遠寺・兄に声をかける。

「問題ない。例えそらの心がどこを向いていようと、俺があいつの兄であることには変わりない」

 さようですか。

「それが『兄』というものだ」

 断言された。

 前々から思ってはいたが、やっぱりこいつ結構なシスコンってやつだ。

 だがまぁ、その妹もそんな気にしてるわけでもないし良いか。たまに引いてる時はあるみたいだが。

「……あのよ」

 聞くかどうか迷って、言葉を濁してしまう。

「どうした?」

 口にしてからやっぱり止めておいたほうが良いと思い、言葉が続けられなかった。

 今口にしようとしたことは気軽に聞いていいものじゃない。

「そらがどこで生まれたか気になるか?」

「……お前、心読んだのか?」

 おいおい……まさか兄まで。

「顔を見ればわかる。お前は自分が思う以上に表情にでやすい」

 ……マジか。

 ……俺ってそんなにわかりやすいのか。

 まさか兄までそらと似た力を持っているのかと思ってしまった。そりゃ久遠寺は俺達とは違うから心なんて読めるはずないが……なんか複雑だ。

「俺も知らない」

 それが俺への答えだと聞かなくてもわかった。

「お前がそらのことを知っているのは聞いている。俺とそらは十年前、母に養子として迎えられた。それ以前のことは知らないし俺も覚えてはいない」

 前を歩くそらを見ながら、久遠寺は言葉を続ける。

「だが、それが重要か?」

 その視線は真っ直ぐに揺るぎなく、そらとそっくりだった。

「俺はそらの兄であり、そらは俺の妹。それ以上になにか必要なものがあるのか?」

 相変わらず表情は動かず、その声も平坦だ。けど、その言葉にはたしかな力強さがあった。

「ねえよ。ったく、お前も妹もそっくりだな」

「それは実に喜ばしいな」

 その言い方はどうだよ?

 けど、今のわずかなやり取りで、俺の久遠寺への印象が大きく変わったのは間違いない。

 店にいた時も一緒にいれば案外その独特な癖のある口調も慣れたりはしていたが、それよりも久遠寺という人間自体への見方が変わっていた。

「それでだ」

 と改まって久遠寺が俺に問いかけてくる。

「妹とはどこまでの付き合いになっているんだ?」

 はぁ?

 そんなお前は何を言っているんだって顔をしてたと思う。

「違うのか? そらは随分とお前のことを信頼している様子だし、男女があそこまでの接し方をしているとなれば相応の付き合いかと思っていたが」

 本当に何を言ってるんだ、こいつは。

「それはわたしも気になる」

 いつの間に起きていたのか背中の志穂さんも興味津々といった様子だった。

「そうではないとすると……遊びか?」

 なんでそうなるよ?

 こら、無言と無表情で圧をかけてくるんじゃない。

「カノジョがいるのははずかしがることじゃない。おねーちゃんにちゃんと言う」

 志穂さんまで俺の首にまわす力を強めながら、ちょっと詰問っぽくなっている。

「そらとはそういうのじゃないよ。そらが言う――相棒ってやつだよ」

 二人で一人のヒーロー。昔、子供の頃に見ていた仮面のヒーロー番組だ。そらに言われるまで忘れていたけど、夢中になって見ていたっけか。

 あれ? そういえば、それは夢の中での記憶だっただろうか?

「ショーガイの相棒?」

「すでに誓い合っていたのか」

 いやだから違うって言ってるでしょうが。

 なにか気になることがあった気がするが、なんだったか思い出せない。 

「なにやってるの?」

 前からこっちを見て笑っているそらの声が聞こえてきた。

 隣で隠塚も苦笑いを浮かべている。けど、その表情はどこか楽しそうで。

 そらに確認しようとする久遠寺を止めながら、背中の志穂さんはのんきにまた寝息を立て始めている。

 ……きっと優姉は一緒にいれなかったことを悔しがるだろうな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆうくんとそらちゃんには、まだあまり恋愛っぽい空気は感じませんねー(*'ω'*)まさに相棒!って感じ!カップルじゃなくバディ!!
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