2-31 目のイヤな人に会った。けど帰り道はみんなで楽しく
知らない人だ。メガネをかけていて、短く切った髪はキレイに整えられている。カジュアルスーツってやつを着こなしていて、仕事のできるビジネスマンなんてありきたりな感想が頭に浮かんでくる。
さっきまで店の中にいた人じゃないから、今外から入ってきたらしい。
「そちらは隠塚の御令嬢とお見受けします」
その人はわたしや優奈には目もくれず、まっすぐとおきのことを見ていた。
「おっしゃる通り、私は隠塚の人間ですがあなたは?」
言葉を返すおきはまったくおどろいている様子もない。……さすが、こういった場面になれてたりするのかも。
「私は鬼束総一朗と申します。隠塚の分家たる『鬼束』の家督を継がせて頂いております」
それから男の人が口にしたのはついさっき話題になっていた『隠塚』の分家という言葉。
「仕事の関係上、こちらに移ってまいりまして、本家の方々にはご挨拶をと思っておりました」
そう言って笑顔を浮かべる鬼束さん。
わ〜、さやわかなできるビジネスマンスマイルだ〜。
勝手な想像だけど。
「御丁寧な御挨拶、痛み入ります。当主たる兄はこの地を離れております故、御会いできぬこと御許しください」
「もちろん存じております。その御活躍は離れていても耳に入って参りますので。それに問題はありません。今日は他でもない――貴方に会いに来たのです」
そう言って鬼束さんの笑みが深くなる。
……なんか、この人の目。
「……では、外で御聞きいたします。ここでは他の方の御迷惑になりますので」
「いえいえ、それには及びません。今はたまたま貴方の姿を見かけて声をおかけしたに過ぎません。いずれ本家の邸宅に改めて御挨拶に伺いますので、お話はその時に」
立ちあがろうとしたおきを手をあげて鬼束さんは止める。
そんな鬼束さんをおきはなんの表情も浮かべず見あげている。
なんとなく、息苦しい雰囲気。
「では、本日はこれにて。改めて後日、御伺いをいたします。――もちろん事前の御連絡はいたしますよ。その方が貴方もよろしいでしょう?」
そう言ってつかつかと鬼束さんは店の外へと立ち去ろうとする。
「あ、せっかく来たのです。コーヒーを――」
「結構だ」
とこが声をかけうようとしたのを、途中でさえぎって出ていってしまう。
な、なに今の!
とこの心づかいにあんな言い方――!
「ごめんなさい」
とこに対する心ない態度に内心いきどおっていたわたしに、おきのあやまる声が聞こえてきた。
「私のせいで嫌な気分にさせてしまって」
「そ、そんなことないよ!」
思わず声がおおきくなってしまう。
……いけないいけない。
他のお客さんが何事かとこっちを見てきている。
「おきはなにも悪くない。……あの人、なんか見た目はいい人っぽいけど、なんか目がイヤだった」
さっきのおきを見る目――まるでおきのことを値ぶみしてるみたいな、じっとりとからみつかせるような気持ち悪い感じ。
わ〜! 思いだしたらゾワゾワしてきた!
「確かに。丁寧な口調ではあったが、どこかこちらを見下すような感じはあったかもしれないな」
優奈もにたような印象だったのか眉を寄せている。
「たまにいる。きーの家の名前によってくる」
志穂さんは相変わらず椅子にどっしりともたれかかったまま、アクビ混じりだった。
「しかし、あの男、分家と口にしていたが覚えがある名前か?」
優奈の質問におきは首をふる。
「分家とはまったく関わることはこれまでなかったから。少なくとも私が知っている中にはないわ」
じゃあ、もしかしてそれっぽい感じでおきに近づこうとするサギ師!
そうでなくても、ろくな人間じゃないのかも。
――って、それはさすがに言いすぎかも。印象が良くないとはいっても、そこまで悪く考えるのはさすがに良くない。反省反省。
「大丈夫か?」
するといつの間にかゆうとなっちゃんがカウンターからこっちのテーブルまで来ていた。
「怪しい男だったが――そら、変なことを言われたりしなかったか?」
なっちゃんが何よりもわたしのことを先に心配してくる。
「わたしは大丈夫。わたしじゃなくて、おきだよ」
「隠塚の知り合い――って感じでもなかったな」
会話は聞こえてはいなかったけど、ゆうにもなんとなくわかったみたいだ。
「心配をかけてしまってごめんなさい。あなたも、お店を騒がせてしまってごめんなさいね」
「とこは大丈夫なのです。たまにああいったお客さんもいたりするので、ぜんぜんへこたれてないのですよ。――でも、無礼な人はダメです! お店にはいってなにもたのまないなんて、無銭入店なのです!」
とこはさっきのことに落ちこむどころか、あの人の態度にぷりぷりと怒っている。そんな様子もなんかかわいくてなごんでしまう。ていうか無銭入店ってなんだろう?
それはみんなもおなじなのか、さっきまでひりついていた雰囲気がなくなっていた。
……これがいわゆる妹パワー? なっちゃんはいつもわたしに対してこんな感じなのかな?
それはそれでちょっと複雑かも。
それからもうしばらく話をしてからお店をでることになった。
帰り際、おきは店長さんにもおわびと頭をさげていた。
「気にしないで。お詫びというならまた来てくれるとうれしいよ。橙子も喜ぶだろうしね」
とこのおじさんだけあって、店長さんはいい人だった。笑った顔がとこににていて、なんだか優しい気分にさせてくれる人に思えた。
一時はどうなるかと思ったけど、なにもなくて良かった。今日はもう鬼脅がでそうな感じもないし、このまま平和に終わってくれるといいな。
そう思いながら帰り道を歩く。
みんなで歩く夕暮れの街はなんとなくきれいに見える。
前の場所ではできなかったこと。
友達とみんなで寄り道して、暗くなりかけの道を帰る。
鬼脅とか、大変なことはあったけど、こっちに来て良かったな。
――お母さんもいっしょにいてくれたら、もっと良かった。
かなわない今を思いえがく。
きっと、わたしにたくさん友達ができたこと、よろこんでくれたんだろうな。
おそくなったりしたら怒りながら心配してくれて。
「そら?」
呼ばれて顔をむけると、おきがわたしの顔を心配そうに見ていた。
あ、そんな顔もちゃんと見せてくれるようになったんだ。
「なに?」
「いえ……なんだかぼぉっとしてるみたいだったから」
わたしが聞きかえすといつもはきはきとしたおきにはめずらしく言葉をにごす感じだった。
「ん〜、いま楽しいなぁって」
「楽しい?」
「うん。なっちゃんがいて、ゆうがいて、おきがいて。ゆきや優奈、志穂さんも。学校のみんなもいてくれて。なんか楽しいなぁって」
うまく言えないけど、自分のウソのない本心を口にする。
「……わたし、前の学校で友達つくれなくて。それはわたしが悪かったんだけど、今みたいにみんなでいっしょになにかしたりーってなかったからさ」
おきはなにも言わず、わたしの言葉を聞いてくれている。
「あ! もちろん役目のことは遊び気分じゃないよ! 真剣にがんばってる!」
あわてるわたしにおきは笑顔を見せてくれる。
「わかってるわ。覚悟させられたもの」
そう言われて、あはは、と苦笑いがでてしまう。
あの時のことはなかったことにしたくはないけど、もっとうまい言い方があっただろと思ったりもするからつっこんでほしくない。
……ちょっと照れちゃうし。
「おきは? おきは楽しい?」
話題を変えようとそんなことを聞いてみる。
「私? 私は……」
おきはわたしの言葉に考えるように下をむく。
その顔は、なにを思っているんだろう。
すこしだけ、後ろを歩くゆうや優奈達に視線をむけた顔は、まぶしそうで、うらやましそうで、でもかなしそうで、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになってるみたいな一言では言いあらわせない。
自分でも思わず、その手をにぎっていた。
「そら?」
おきがおどろいたような声をだす。わたしは自分でしたことなのに、ちょっと照れくさくておきの顔は見ずに前をむいていた。
「ごめん。言わなくてもいいよ。ヘンなこと聞いてごめんね」
おきの手はちゃんとあったかくて、
「……そう。――ありがとう」
その声はちゃんと感情がこもったものだった。
きっとそのうち――今のわたしの質問に、全開の笑顔で答えるおきを見てみたいな。




