ご冗談を
「アマノ様もこう言われていますし...お祖父様、もう一度。今度は嬉しそうに言って下さい」
ジジイの方へと向き直り、彼女は言った。
「...まさか、此処に我が孫娘が来てくれるとは思っていなかった。祖父として嬉しく思う」
冷や汗を流しながら話すジジイを見ながら、俺は隣に立つ女性を絶対に怒らせないと決めた。
彼女はジジイの言葉に「合格です」と言うと、俺の前に立った。
「挨拶が遅れました。グレゴリオ・ライズ・ファシュトリアの孫、オリヴィア・ライズ・ファシュトリアです。以後お見知りおきを」
「...よろしくお願いします。アマノユウジです」
「様子から察するに祖父がご迷惑を掛けたようで、申し訳ありません」
「もう済んだことですから、大丈夫です」
さっきは思わず軽い口調で話してしまったが、大丈夫だろうか。怒らせてはいないと信じたい。
「さっきの様に親しげな口調で大丈夫ですよ?」
俺の様子を見て察したのか、オリヴィアさんが言った。
「分かった」
「そして...」
オリヴィアさんが笑った。急激に嫌な、何か厄介なことを彼女が言うような予感がした。
俺はこの場から逃げようと思い、彼女から背を向けようとしたがサティナに右腕を掴まれ阻止されてしまう。抱え込む様な形で俺の腕を掴んだ為に柔らかい感触が伝わってくるが、喜んでいる場合じゃない。
どうにかして引き剥がそうかと思ったが、動くなという目の奥が笑っていないサティナの顔を見て体が動かなくなった。
「皇女という身ではありますが、アマノ様のお世話をさせて頂きます」
そうこうしている間に彼女の続きの言葉が耳に届いた。
「は...?」
今、目の前の皇女殿下は何を言った。お世話という言葉が聞こえた気がしたが、立場というものがあるだろう。
「アイザック、どういうことだ?王子だから何か知ってるだろ」
王族として何か知っているかと思い、俺の様子を見ていたイケメンを訊けば首を横に降るばかり、何も知らされていなかったらしい。
「オリヴィアさん」
「はい、なんでしょうか?」
小首を傾げる姿に見惚れそうになるが、そんなことを考えている場合じゃない。
「皇女だよな?」
「はい、間違いなく皇女ですね」
「そんな立場の人が普通は世話とかしたら絶対に駄目だよな?」
「普通なら問題になりますね」
「そうだよな」
自分の認識が間違っていなかったことに安堵していると、彼女は「けれども」と言葉を続けた。
「貴方は普通ではありません。精霊の加護を授けられています」
「そうみたいだな」
そう聞いているのは確かだが、俺の力がマトモだとは思わない為に俺個人としては精霊の加護が授けられているとは思っていない。
「そうみたいでは無く、貴方は確実に加護を受けています」
「...」
確認の為にジジイに視線を向ければ首を縦に振った。どうやら本当のようだ。
「貴方からは伝え聞いていた様に身内と一緒にいる時のような安心感がありますから」
「ちゃんとした理由じゃないな」
俺の返答に彼女は「そう思っても仕方ないですね」と言って笑った。
「本当の理由としては、貴方の周りに精霊の気配を感じるからです」
「気配?」
「はい、但し認識出来るのは人間以外の種族且つ、かなり鋭敏な感覚を持つ者では無いと駄目ですね」
聞けば人間以外の人種、つまり祖先の誕生に精霊が関わったとされる人種は個人差があるが精霊の存在を感じ取れるらしい。また、精霊の存在を感じることが無くとも、精霊の加護を受けた人物に対して好意的な感情を抱きやすいようだ。
「そして、貴方は我々のような精霊が祖先の誕生に関係がある種族にとって大事な存在です」
「まあ、なにせワシらにとっては生みの親のような存在が認めた人物じゃからな」
「そんな存在を支えるのは当然という訳で、私がお世話する訳です」
一国の皇女が世話をする程、俺の存在は重要ということなのだろう。しかし、世話にも接待のようなもの等色々ある筈だ。
「因みに世話っていうのは?」
「勿論、全てです」
ミシミシと俺の右腕から音が鳴った。目だけで彼女を見れば、俺を見ていたサティナと視線が合った。
「あー、サティナ?侍女としての行動全てという意味だと思うぞ?」
「違います、アマノ様。夜のことも含めたお世話です」
右腕の感覚が無くなった。サティナの方を見られない。
「ははは、ご冗談を」
俺は冷や汗を流しながら言った。それに対して彼女はキョトンとした顔で「冗談ではありませんよ?」と首を傾げた。
「じい様から何か言ってくれ!」
思わず口調が荒くなった。元皇帝をじい様と呼んでいる時点で今更な気がするが、そんなこと今はいい。
俺に話を振られたことでジジイに皆の視線が集まった。
「孫の意志を尊重する」
ジジイが絶対に孫娘に嫌われたくない一心で言いやがった。
それに対してオリヴィアさんが「お祖父様から許可も取れました」と喜んでいる。
「これで思うことなくお世話されることが出来ますね?」
「後生ですから、じい様のお目付け役としてのお仕事を全うして下さい」
オリヴィアさんは「振られてしまいました」と笑みを浮かべた。
ジジイの暴走から始まった一連のあれやこれやが終わった夕食後、王城の廊下を俺はアイザックと共に歩いていた。
「掃除が大変だと思っていたけど、魔術で一瞬だったな」
「ああ、演習場が汚れるのは当然だからな。掃除するのは手慣れたものさ。まあ、あれ程血で汚れたのは初めてだ」
「だろうな...」
ここ数日、夕食後に俺の部屋でアイザックと他愛もない話をするのが日課になっていた。普段なら夕食の何が美味しかったかを談義することから始まるが、今日の話題は皇族二人に関することからだ。
「じい様は無茶苦茶だな。記憶するのを拒否するようなことをしたんだから」
「普通ならとっくに死んでいるようなことばかりが起きただろうからな」
改めて演習場の辺り一面に広がる血だまりの様子を俺は思い出した。
「あの時に何が起きたんだろうな」
一種の怖いもの見たさのようなものが口に出た。その言葉に対してアイザックは「恐らくになるが」と言って、話し始めた。
「グレゴリオ様が格闘主体の方なのは知っているだろう?」
「ああ、よく殴られてるからな」
「しかし、今回は大量に出血した」
「つまり殴るだけではあまり血が出ないから、手刀で切ったとか?」
「いいや、殴った筈だ」
アイザックが足を止めた。俺も足を止め、アイザックを見る。
「殴った?」
「ああ。一度体に穴を空けられただろう?」
ユーフォレナでゴルトラによって穴を空けられたことを思い出した。
「アレか...まさかアレを何度もやってきたのか?」
「アレのことは分からんが、ワシは小僧の体をぶち抜いて血だまりを作ったぞ?」
声の方へ見れば、ジジイの姿があった。普段ならば腹ごなしに城内の庭を散歩している筈だが、何かあったのだろうか。
「今日は散歩をしなかったんですか?」
「雨が振りそうじゃから止めた」
「なるほど」
「代わりに」
そう言ってジジイは持っていた瓶を見せてきた。パッと見たところ、ラベルがかなり凝られていた。
「晩酌ですか?」
「そうじゃ。二人も付き合え」
「俺は良いですよ。アイザックはどうだ?」
「勿論です」
アイザックの目は瓶の方へと向けられていた。かなり良い物なのかもしれない。
ジジイに瓶の中身について聞きながら、部屋へと向かう。ジジイが持って来たのはファシュトリアのワインだった。聞けばファシュトリアはワインが名産らしく、今日持って来たワインは数あるファシュトリアのワインの中でも特に美味しいものだそうだ。
話をしているうちに俺の部屋に着いた。早速俺はドアを開けようとドアノブを握ったが、途端に嫌な予感がした。
「なんじゃ?」
「どうかしたか?」
ドアノブを握ったまま開けようとしない俺に二人が声を掛けた。
「ドアノブを握った瞬間に嫌な予感がした...」
「本当か?」
「ああ」
「意識せんと分からんが、微かに何か感じるのう」
アイザックには感じ取れないようだが、ジジイは何かを感じ取ったらしい。
「なんだと思います?」
「小僧は嫌な予感だと言うが、ワシには敵意は感じぬ。敵だとしても襲って来ることはないじゃろう」
「敵意を隠しているとかはないですか?」
「大丈夫じゃ。襲うつもりならとっくにやっておるか逃げておる」
「...なら、開けますね」
慎重にドアを開けると、部屋には白金の髪の女性が居た。
「なぜいる...」
「お話でもしようかと思いまして」
そうジジイの孫娘は言った。




