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ね?

 今朝は白く、ほつれ等が一つも無かったその布は、今では見るも無残にズタズタに引き裂かれ、赤く染まっていた。そんな布を着たまま、俺は優しい女性騎士に濡れタオルで血に汚れた顔を拭いて貰っていた。


「あの、自分でやりますよ?」


 優しい女性騎士、もといユリナさんに言えばふるふると首を横に振られてしまった。

 ふと視線を感じた方へと見れば、ジジイを止めてくれた騎士達のうち、男性陣が親の仇を見たかのような形相で「助けなきゃよかった」と言葉を漏らしながら俺を睨みつけていた。

 対して女性陣の方はといえば、俺の顔を拭くユリナさんを見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。彼女達が想像しているようなことは無いと思うが、それでも見ていて面白いのだろう。


「きれいになりましたよ」


 笑みを浮かべながらユリナさんが言ったことで男性騎士達の方から更に圧が掛かったが、気にしないことにした。

 彼女の人気ぶりから、士官学校時代に男性から色々やっかみを受けていたのは遠回しに騎士など目指さず自分の妻になれというアピールだったのではと思ったが、気のせいだろうか。


「グレゴリオ様!幾ら何でもやり過ぎです!」

「...済まんかった」


 ファシュトリア帝国の先代皇帝のジジイを正座させ、説教をしているのはサティナだ。聞けば、彼女はユリナさんと共に騎士の皆さんがジジイを止めに入った直後に来たらしい。血みどろで意識の無い俺を掴むジジイと、それを止めようとする騎士達という光景。来た時にはさぞ二人は驚いたことだろう。

 しかも、いざ俺をジジイの魔の手から救い出してみれば、俺はジジイに何をされたのか記憶が無いという始末。思い出すことを体が拒否する程のことが起きたことに二人は戦慄し、サティナはジジイに説教を、ユリナさんは一種のメンタルケアの形で俺に顔を拭くといった世話を焼いてくれている。

 今更だが周りを見れば、おびただしい量の血痕があった。演習場の地面は石畳の為、血の赤がよく目立つ。


「かなり酷かったみたいですね...」

「はい。気分とかは大丈夫ですか?」

「大丈夫ですね」


 俺は血痕から明らかに致死量以上の出血をしている筈なのだが問題ない。失った血まで補充される辺り、本当に俺の体はどうなっているのか。


「良かったです」


 ユリナさんは俺の返答に満足するとサティナの方へと視線を向けた。俺も同じように見れば、いつの間にかサティナの横にアイザックが加わってジジイに説教をしていた。

 一度、アイザックに幾ら狙われているとはいえ一般人の俺に対して色々とやり過ぎではないかと訊いてみれば、女神が保護せよと言った人物を丁重に扱うのは当たり前だと言われてしまった。普通ならこんな厄介者は捨てられていそうなものだが、それだけ女神に対する信頼があるのだろう。

 そんなことを考えているうちに、ジジイへの説教は終わったらしい。今更ながら他国の先代皇帝を正座させ、説教するのは国際問題にならないのか心配だ。


「ユウジ、大丈夫か?」


 いつも通りイケメンのアイザックが声を掛けてきた。相変わらずの顔の良さが眩しい。


「ああ。ところでじい様に説教するのは大丈夫なのか?」

「それは大丈夫だ。むしろ暴走するのを見越して要請されている」


 苦笑を浮かべながらアイザックは言った。


「それが分かってるのに、じい様のお目付け役はいないんだな...」

「そのお目付け役は今日着いたところだ。暫くすれば来るさ」

「へえ...」

「小僧」


 ぬっと現れ、ジジイが話しかけて来た。昼飯の時に比べ少し気落ちした様子で、反省している感じが伝わって来た。


「なんです、じい様?」

「幾ら壊れないとはいえ、済まんかった」


 立場的に無闇に頭を下げられないとはいえ、ジジイは謝罪をした。体が記憶に残さなかったことや服がボロボロになったこと等言いたいことはあるが、まあ良いだろう。とっとと今日のことは忘れたい。


「いいですよ、じい様。ただ二度と殺らないで下さいね」

「...うむ」


 反省しているのは分かるが、またジジイが暴走しないか非常に心配だ。誰かが居てくれれば安心だが、俺には今そういう存在は目の前のジジイしかいない。

 専属だったラナは今後来るであろう襲撃者に対して実力不足だと判断され、俺の専属から外された為に侯爵家に戻った。傍にいて欲しい等と彼女に以前言ったが、彼女の安全の為だと割り切るしかない。ラナ以外にも色んな人を危険に晒すかもしれないのに、自分勝手なものだ。


「そういや、サティナとユリナさんはどうして此処に?」


 彼女達もラナと同様、実力不足から基本は王城に来るのは当面の間禁止されていた筈だ。


「お目付け役の方を王城まで送りに来たんです」

「へえ」

「グレゴリオ様のことを、よーく知っている方なんです」

「まさか...」


 怖いものなど無さそうなジジイの顔色が悪くなっていく。見れば、ジジイのケモノ耳がペタンと倒れていた。


「まさか、とはなんですか?」


 その声と共に突如、俺の横に白金の髪を後ろで一つに結わえ、頭の上にケモノ耳を生やした女性が現れた。


「そんな嫌そうに言われてしまうと、お祖父様のことを嫌いになってしまいそうです」


 ジジイのことをお祖父様と言った女性は茶目っ気混じりに「ねっ?」と髪色と同じ尻尾を揺らしながら、俺を見て同意を求めてきた。


「まあ確かに、嫌いになるかもな」


 その女性は俺の返答に満足そうに笑みを浮かべた。

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