第20話 幻へ消えた747 その4
「747だとっ……!?」
積乱雲の中から出てきたのはボーイング社の誇る半二階建ての大型旅客機である747型機。勿論、通常時に軍で使うことはあり得ない機体である。つまり──
「──迷い鳥だっ!!」
──アルベルが吠える。
……迷い鳥。磁気性積乱雲から稀に現れる航空機で、敵性が無い者たち。そのほとんどが過去に行方知れずになり、見つからずにいる者たちである。レーダーから消え、その存在すら分からなくなった旅客機、出撃したまま帰ってこず、僚機からも見られずに消えた軍用機。メーデーを出し、墜落したと思われるが手がかりすら見つからない小型機。これらが磁気性積乱雲に巻き込まれ、時を超えてやってくる。彼らを群れからはぐれた渡り鳥に見立てて、迷い鳥と言う。
「Egret4!Egret5!尾翼の機体番号とカラーリングを確認しろ!」
[了解!]
Egret4とEgret5が隊列を離れ、雲の中から出てきた747に近づいていく。
「Egret2、Egret3は俺の後ろに付け!。不明飛行物体を二機に……、さっき積乱雲から出てきた反応はいくつと言った?」
アルベルの指示を出す威勢の声が一転、震えた声になり、クロエに確認を取った。
「え……?えっと、……5、ですけど……」
「その内の一つがあの747なんだよな?じゃあ、あと4つは……?」
「……目視は出来ていません。レーダーには映ってはいます。747の上空かと」
アルベルの背筋に、ゾワリと悪寒が走る。
「まずいぞ!Egret4!Egret5!上空警戒!不明飛行物体が近くに……」
[こちらに任せろ!]
通信は岐1からだった。直後、アルベル達の左側から岐隊の機体が高速で追い抜き、上昇していく。
[岐隊各機上空の不明飛行物体を見つけ次第追いかけまわせ!Egret4とEgret5に近づけさせるな!]
「岐隊……。……感謝する。Egret2、Egret3へ。新手は岐隊に任せて、我々は取り逃がした一機を追う」
[Egret2了解]
[Egret3了解。やっつけましょう]
Egret2とEgret3の機体が、横に並び、手を振るように機体を右へ左へ傾ける。そこへ……
[Egret4からEgret1へ。出現した747と接触。磁気によって搭載機器に異常をきたしているらしく、通信は出来ず。機内の人間は無事な模様。ハンドサインに反応できています。機体のあちこちに氷の膜が出来ており、安定性を欠いている。指示を求む]
Egret4からの通信。まず機内の人間の無事を確認したことで、ホッと胸を撫で下ろす。迷い鳥の中には、既に中が死んでいて、どうすることも出来ない事例が少なくない。
「Egret4へ。引返させるの可能か?」
[Negative。さっきも言ったが、通信が出来ない上、安定した飛行が難しそうだ。引返せたとしてもその先でどうなるか予測がつかない。ここで保護するべきと考えます」
Egret4の報告を聞いて、状況はあまりよくないようだとアルベルは悟る。しかし、機体は分かっても中身が分からない以上迂闊な指示が出来なかった。そこで──
「Egret5へ。機体記号から所属は分かったか?」
──もう一つの情報も聞き出すことにした。
[Negative。機体記号から割り出していますが、民間機のデータベースにヒットしません。カラーリングも白単色、おまけに国籍が分かるものもない……。そもそも数字だけの機体記号をつけた民間機なんて見たこと無い……]
Egret5の情報を聞いてアルベルとクロエは違和感を覚える。その違和感から二人の間で問答が始まった。
「機体記号は通常アルファベットと数字でつけられるな?」
「そうですね。私の知識が間違っていなければそのはずです」
「だが、あの機体には国際記号も登録記号も数字しかない。そんなことあるのか?」
「無いことは無いんじゃないですか?日本の戦闘機は数字だけですよ」
「戦闘機は民間じゃないだろう。それこそ軍属……」
アルベルが不意に黙り込み、思考を巡らす。
「……エアファースワン?」
一つの例外が頭に浮かぶ。エアフォースワン、すなわち政府専用機である。
「Egret5、その機体は恐らくどこかの政府専用機だ。軍の籍を漁れ!Egret4、ハンドサインで高度を落とさせろ!」
[Wilco]
Egret4が返答した。そして……
[こちらEgret5、隊長ビンゴ!国籍はカナダ。一年と4か月前にウチから機体更新に伴い放出された機体でカナダ政府に売却されています。確認できる最終任務は……カナダ副総督、ダニエル・アウレル氏オーストラリア訪問……]
……戦場に新たな緊張が走る。
「……クロエ……司令部に報告。カナダの副総督が見つかった、カナダ海軍に中継連絡せよ、と。……あとSea Turtle隊へ援軍要請、大至急」
震えた声でクロエに指示を出す。戦闘の真っただ中に現れる非武装機。しかも乗るのは隣国の重鎮。絶対に襲わせてはならない。もし、不明飛行物体に襲われれば……。想像しただけで、背筋が凍る。
[Egret隊へ、こちら岐1。上空の不明飛行物体は先程のエイの形と同タイプ。二機を撃墜。残り二機とさっき逃した一機が合流。弾薬はもうないがを追い続ける。そっちは任せた]
「了解……」
岐1からの通信を受け、アルベルがフッと息を吐く。
「あの……」
後ろからクロエが声をかけた。
「カナダ海軍とSea Turtle隊へスクランブル要請を完了しました。カナダ海軍には現在の座標を送っておきました。司令部にも同様のものを。それと、離脱中の岐5に不明飛行物体接近中。どうしますか?」
報告を聞いて、心を落ち着かせ一瞬だけ、思案を巡らせる。そして通信機に向けて声を上げる。
「Egret隊各機へ。岐隊の報告は聞こえていたな?我々Egret隊は二手に分かれる。Egret4とEgret5は増援が来るまで747にエスコートする旨を発光信号で伝えろ。向かう先は、ニュージーランド、オークランド空港。民間といえど発光信号ぐらい分かるだろう。伝わらなければ手信号で付いてこいと伝えろ。Egret2とEgret3はこのまま離脱中の岐5の援護に入る。我に続け!」
[Wilco]
[了解!]
「離脱中の岐5の位置は何処だ?」
「北東およそ21kmの位置、時速約800㎞前後で航行中です」
「了解。データリンクの再接続と、隊機火器管制統合システムSIFCSを補助モードで立ち上げろ」
「了解」
クロエが返事をするのと同時に機体を反転させ、上昇する。Egret2とEgret3がアルベルの動きをトレースするように後ろをついてくる。クロエが立ち上げた隊機火器管制統合システムによるもの影響である。
隊機火器管制統合システム(Squadron Integration fire control system)。通称SIFCS。ハワイにて整備担当のレイリー軍曹から説明のあった新システム。当時は、隊長機や司令部がデータリンクを通じてSIFCSを搭載した機体の操縦を掌握し、隊長や司令部の都合のいいように動かせるシステムであると説明をアルベルを含めイグレット隊全員が受けた。
しかし実際はその機能だけでなく、データリンクをしている隊機全体の動きや機動予測、レーダーのロックオン状況などをデータリンクで事細かに共有し、他機の進路予測や行動指示が可視化されてHUDに表示されるシステムがあった。むしろメインは掌握システムではなく共有システムであった。
「SIFCS作動良好。Egret2とEgret3の追随を確認。問題ありません」
「了解。……Egret2、Egret3へ。このままマッハ2を維持したまま敵機へ接近する。追随せよ!」
[Egret2了解]
[Egret3了解]
アルベル達が向かい始めた時点で、不明飛行物体はかなり岐5に近づいていた。
「間に合え……」
[こちら岐5!現在母艦へ向けて戦線を離脱中!……だが、機体損傷が激しく速度が出ない、おまけに燃料も……。後方からは不明飛行物体も近づいてきている。このままでは奴ごと母艦までお持ち帰りになりそうだ]
恐らく岐5が自分の隊に向けた通信が、間違えたのかオープンチャンネルで流れる。焦りからか、それとも恐怖からか、声がほんの少し上ずっていた。
[なんにせよ、機体を無事返せることは出来なさそうだ。ならば、囮になってやる!]
「岐5蛇行機動開始!母艦への最短コースを外れます!」
報告を聞いて、アルベルのスロットルを握る手に力が入る。
「エンジンのリミッターを一時解除、なんとしてでも不明飛行物体の前に出る!Egret2とEgret3に後ろから狙わせるから線を引き直せ!」
「無茶です!既に最高速度ギリギリです!」
アルベルの機体は既に音速の二倍を超え、ベイパーコーンが機体の周りに発生している。これ以上速度を上げることは出来なかった。
「クソッ……!」
スロットルレバーを押し倒したまま悪態をつくアルベル。ダメかもと諦めムードが機内に漂い始めた瞬間に戦場に変化が起きた。
「……レーダーに新たに感!これは……1時の方向より対空ミサイルーー!」
「散開!」
押し込んでいたスロットルレバーを引き戻し、操縦桿を素早く操作する。カナード翼、エルロン、水平尾翼総動員の緊急回避。速度が出ていた分、旋回による強烈なGが二人の血液を脳から足へ引っ剥っていく。緊急回避から姿勢が戻った時、クロエがレーダーに再び目をやる。そして気が付いた。
「攻撃じゃない……?」
前方から真っ直ぐ対空ミサイルが向かって来ていた為、クロエはてっきり新手からの自機に対する攻撃だと判断したが、実際には自機への攻撃ではなく、レーダー外から不明飛行物体への攻撃だった。しかし前方にいるのは超長距離対空攻撃が出来ない母艦の空母コンステーションだけのはずである。ならば一体誰が攻撃をしたのだろうか。
[こちらカナダ海軍、第113航空戦闘隊Grizzly liner。連絡を受け急行した]
答えは朝スワロー隊のツヅキ一尉が言っていた、周辺海域にて消えた747を探していたカナダ海軍機だった。
[状況と通信は聞いていた。第113航空戦闘隊Grizzly liner全9機は二手に分かれ、Egret隊及び岐隊の支援に向かう!よろしいかな?]
「Grizzly liner、感謝します」
クロエが感謝を伝えると、前方から近づいてきた戦闘機4機と高速ですれ違った。機種は旧型になりつつあったF-35Cの初期型。尾翼に描かれた走る熊のエンブレムとカナダ国旗。助かった……といった表情で二人は4機を見送った。
さらに……
「こちらSea Turtle隊、現場に到着。Egret1へ、状況共有と指示求む」
カナダ海軍に続いて援軍要請を出ていたSea Turtle隊が到着する。
「こちらEgret1。現在岐隊が不明飛行物体と接触中。Egret4とEgret5が747をエスコート中。先程カナダ海軍のGrizzly liner隊が離脱中の岐5を含んだ岐隊の支援に入りました。Sea Turtle隊はEgret4、Egret5に変わり、747のエスコート及び護衛を。飛行データを渡します」
レーダー上の情報を確認しながらクロエが指示を出す。
[了解、……確認したわ。Sea Turtle隊、747のエスコートに入ります。あとは任せて]
今度はSea Turtle隊の4機が高速ですれ違う。
「Grizzly liner、不明飛行物体と接触。……不明飛行物体進路反転、積乱雲中心部に向け撤退していきます」
まず一つ懸案事項が解決され、アルベルはホッと胸をなでおろす。
「岐5はどうだ?見えてこないが援護は間に合ったのか?」
もう一つの懸案事項、離脱中の岐5。緊急回避していた為、アルベルは岐5を見失っていた。後部座席のクロエもSIFCS再調整、Grizzly liner隊とSea Turtle隊の出現で岐5から目を離していた。
「確認します……岐5に付いていた不明飛行物体はGrizzly linerよって撃墜されました。……しかし援護間に合わず、攻撃を受けた後墜ちたそうです……脱出確認できず……」
無言で自身の膝に拳を落としアルベルは悔しさを浮かばせる。だが、懸案事項はまだある。積乱雲から出てきた747だ。頭を切り替え、747の続報をクロエに尋ねる。
「……747の方は?」
「はい、エスコート中のEgret4とEgret5がSea Turtle隊と接触。任務を引き継ぎこちらに向かい始めました。747は高度を3000まで落とし巡航中。飛行に問題は無さそうです」
最後の懸念事項が無くなったことを聞き、一安心。同時にSea Turtle隊に任務を引き継いだEgret4とEgret5が隊列に戻る。
「Egret4、Egret5、隊列に戻りました」
「了解。……Egret1から全機へ。これよりEgret隊は撤退する岐隊から任務を引き継ぎ、磁気性積乱雲の監視を行う。全機我に続け」
V字編隊を組んで積乱雲の周りを回り始める。しばらくして……
「Sea Turtle隊より報告。747をオーストラリア空軍へ受け渡しを完了。任務を終了し、帰還する、とのことです」
後部座席からクロエがSea Turtle隊からの報告を読み上げる。報告を聞き、はぁー、と深く息を吐くアルベル。任務が完遂されたことで肩の荷が下りたのだった。
「そうかよかった。ではそろそろ我々も任務を次の隊に引き継ぎ、帰投しよう」
「分かりました。Egret1より、CDCへ。任務の引継ぎを行いたい。次の磁気性積乱雲の監視を行う隊をよこされたし」
クロエが母艦へ通信を入れると、操縦桿を傾け、機体を磁気性積乱雲の監視を行っていたコースから離脱させる。
そして海に視線を移し、無言で敬礼をする。機体を水平に戻して帰還コースに入る。
「手向け……ですか?」
アルベルの敬礼を見て、後ろからクロエが話しかける。
「どうだろうな……」
「助けられる手段は無かったんですか?」
「無かった……訳ではないだろうな」
「なら何で!!」
クロエが声を荒げる。無茶な任務で父親を亡くしたクロエにとっては、今回の撤退中の岐5の一件はどうしても声を上げずにはいられなかった。クロエの気持ちを分かった上で、アルベルはクロエを宥める。
「……確かに、岐5を助けられる方法はあった。だが、岐5を助ければ、747はどうなった?」
「……それは……」
「我々の任務は、迷い鳥を助けること。最優先事項だ。時は、このような事態が避けられないこともある。……君の事情も理解している、だから割り切れとは言わない。だけど君には目的がある。そうだろう?」
「はい……」
「なら、理解しておくんだ。こういう事態があることも」
クロエは強く唇を噛み、悔しさを滲ませ俯いた。雲を抜け、燦燦と照らす太陽の光が、よりクロエの悔しさを増幅させた。
日に照らされて白く輝く白鷺の群れは、役目を終え、黒く渦巻く雲を去って行った。
遅れた理由ですか?……世界情勢……香港……ですかね……。これに尽きます。
今回の解説です。
今回新たに登場したのは、ボーイング747ですね。少し前までは日本国内でも多く使われ、ジャンボジェットの愛称で親しまれた半二階建ての旅客機ですね。2020年現在では海外の航空会社で飛来するものぐらいしか見れなくなっています。今回は政府専用機として登場しました。実際、アメリカや日本などで使用されていました。本編ではカナダがアメリカから購入したことになっていました。現実にはあり得ないことなんですけどね。大人の都合ってやつです。
続いてはカナダ海軍、グリズリーライナー隊ですね。今回限り予定のゲスト隊です。……場合によっては再登場もあるかもしれませんが。可能性は低いでしょう。機体はF/A-18の最新型と言う設定。現実にはカナダ海軍はF/A-18どころか戦闘機すらいない訳ですが。世界観的に無いとお話にならないので、新設したという設定になります。
解説は以上になります。
さて。色々な外部事情で全体の構成と構想を調整しなければならず、新章の一発目がこんなにも難産になりました。ちなみに一節の構成も一節に起承転結の四話の構成が、起承転結+おまけの五話構成になります。小説書くのって難しいなぁ……。ともあれ、一生懸命頑張って話進めますので、ふと思い出した時にでも見に来てください。感想もいつでもお待ちしております。よろしくお願いします。
Twitterもやってます、アカウントはハインド@なろう作家挑戦中です。進捗や、なんてことはないつぶやきが載っています。最近はただのモータースポーツリツイートおじさんになっていますが……。よろしければこちらもお暇があればどうぞ。
次回遂に第21話です。お楽しみに!




