第二章 辺境への旅路
主人公は力をつけるために修行するのがお約束です。
グレンは王都から少し離れた街道沿いの森の中で息を潜めていた。
彼には復讐のための僅かな勝算があった。
彼が深い悲しみに心が塗り潰されている内は彼の中の“久我一郎”の部分も悲しみに引っ張られて顕在化することはなかったが悲しみが怒りと憎しみに転嫁され復讐を考え始めた時一介の平民であるグレンにはない広い視野と知識、合理的思考や発想力といった形で表れ始めていた。
グレンだけのままであったなら貴族の館に突っ込んであっさり斬り捨てられるか精々考えても貴族の馬車を襲って返り討ちに合うぐらいのものだったろう。
グレンの中に“久我一郎”の記憶や精神が重ね焼きされた原因はどちらの知識を持ってしても分からなかったが強いて現象面について言うならば“久我一郎”の知識にある輪廻転生と言えるかもしれない。
だがその二つの人格が強い怒りと憎しみで結びつけられている現状において復讐の糧になるのなら凡そ考えても分かりそうもない原因など些細なことであった。
そして彼の中の“久我一郎”の部分は“グレン”の記憶の中から僅かな可能性を拾い上げていた。
それを確かめるために森の中に罠を仕掛け獲物が掛かるのを待っているのだ。
罠は“久我一郎”の知識を元に試行錯誤しながら自作した。
餌は自分自身どうせ野生動物には素人が身を潜めたぐらいでは丸分かりだろうし目的とする獲物は凶暴で獲物とみると見境なく襲って来る性質があり目的以外の他の動物は人間には近寄って来ない傾向があるので選別するのにも都合がいい。
間違って目的以外の動物が掛かっても普通に食料にすればいいので問題はない。
「ギャン!!」
予想通り風下から獣の鳴き声がした。
すぐに竹を切って作った簡素な竹槍を持って罠の場所まで移動する。
落とし穴の中に何本も尖らせた先端を上にして竹槍を埋め込み枯葉で穴をカモフラージュした罠の中に獲物はいた。
脚は4本、鋭い牙を覗かせた突き出た口全体的に狼のような形態だが一般的な野生動物が“久我一郎”の世界の野生動物とほぼ同じであるこの世界において頭から突き出た角は明らかに異質であることを物語っていた。
魔獣だ。
この世界特有の魔力を持った野生動物その力は同サイズの普通の野生動物より遥かに強力で狼型の魔獣の場合熊をも一撃で切り裂くとのことだ。
辺境に数多く生息する更に強力な魔獣に至っては貴族と同じ攻撃魔法を使い魔力障壁を張り身体強化魔法で只でさえ強靭な身体能力を引き上げたモノもいるらしい。
もっとも王都近くに生息するような魔獣は辺境の本来の生息圏から弾き出された弱い個体でありそこまで強力なモノではなかった。
胴体を数本の竹槍で串刺しにされてもなお穴の底で他の竹槍を押し倒し激しくのたうち回って暴れまわるそれは普通の野生動物より強靭な生命力を示していたが魔法やそれに類する力を使う様子はなかった。
グレンは冷静に手に持ったリーチの長い竹槍を魔獣の首筋を狙って突き出した。
一撃では突き通せず二撃三撃と繰り返す内に魔獣の抵抗は弱まっていきその首がほとんど千切れるぐらいまで突いてやっと息の根を止めることができた。
さてこれからが本番である。
グレンは穴の中に下りると魔獣の腹から胸にかけてナイフで切り裂いて内臓を掻き出していった。
そして内臓の中で一際強い魔力を放つ血の滴る心臓を引き摺り出すとそれに噛みつき喰らい始めた。
喰らい終わり自分の身体の様子を確認するが生肉をそのまま喰った気持ち悪さ以外にネガティブな影響は出ていなかった。
寧ろ時間経過によってその血肉が馴染みそれと共に体内の活力が増していく感覚があった。
一般に魔獣の血肉は人族にとって猛毒とされている。
辺境にて魔獣の毛皮や牙や爪、特に強力な魔獣の体内から稀に見つかる大きな魔力を秘めた魔石を求める魔獣ハンター達が魔の森で遭難し止むを得ず魔獣の肉を食らうもその全てが死に至っていると聞く。
魔力の弱い平民のポーターなどは稀に生きたまま発見されることもあるが数日と待たず死に至ることから魔力の強さにより毒性が高くなるものと推測されていた。
グレンの勝算はそこにあった。
彼は八歳の頃まで現在の弱い魔力すら持たず生活魔法による火花を出すことも一般的な平民にも見える人から立ち上る魔力のオーラすらも見えなかった。
そんなある日近所の悪ガキ共によって鼠取りの掛かった四つ目の鼠を手足を押さえつけられ無理矢理食わされたことがあった。
街中においては魔獣が入り込むことは滅多になく悪ガキ共も人族にとって猛毒である魔獣であるという認識はなくちょっと変わった鼠と思っていたのかも知れない。
グレンはその後体中から発する激痛に苦しみのたうち回り三日三晩死の淵を彷徨ったが四日目の朝には痛みも引き快方に向かった。
グレンに弱いとはいえ魔力が目覚めたのはそれからであった。
グレンの治療に当たった叔父もグレンから何を食べさせられたのか聞き頻りに首傾げていた。
ちなみにグレンの両親が近所の悪ガキ共の親に苦情を申し立てたが悪ガキ共は知らないと口裏を合わせその親たちも拾い食いをしたグレンが勝手に病気になったのだろうと相手にしてくれなかったとのことだ。
結局それ故にグレンが魔獣を食わされたという事実が広がることもなく原因不明のまま今に至っていたがグレンの中の“久我一郎”の部分はそこに注目しある仮説を立てた。
一般に人族の魔力が大きいほど魔獣の肉の毒性は高くなり魔力が小さければ低くなる。
これは人族の魔力が魔獣の魔力に対して拒否反応を起こしているのではないか?
魔力が無かった若しくは極微小だったグレンは死に至る程の拒否反応も起きず逆に魔獣の魔力を取り込んだのではないか?
辺境の魔の森では弱い魔獣がより強い魔獣に食べられていると聞く。
であれば魔獣同士の魔力では拒否反応が起きず魔獣の魔力を取り込んだグレンも同様に拒否反応が起きず更に魔獣を喰えばより大きな魔力を得られるのではないかと考え検証を行っていたのであった。
グレンは落とし穴から出て目を魔獣の遺骸に向けると発火の生活魔法を発動させた。
ゴウッと燃え盛る炎が生まれ魔獣を焼き尽くしていく。
グレンは復讐に向けた第一歩を踏み出すことに成功し口角を吊り上げた。
グレンはより強い魔獣を求め魔獣本来の生息圏である辺境を目指して進んでいた。
野宿を繰り返し街道沿いの森で辺境に近づけば近づく程強くなっていく魔獣を狩って魔力を高めていった。
最初の内は魔力と活力の増強以外の影響は無かったが強くなっていく魔獣を喰らっていくに従い筋肉がつき筋力や持久力が上がっていき年の割に小さかった身体も大きく成長していった。
動体視力や反射神経などの身体能力も徐々に向上し罠を使わずとも魔獣と直接対峙しこれを打ち倒すこともできるようになっていた。
魔力量が増えるに従って攻撃魔法、魔法障壁、身体強化魔法などの各種魔法も使えるようになり今後のことも考え魔力を小さく見せるための魔力制御の方法も試行錯誤しながら習得しつつあった。
その過程で身体強化魔法を使った魔力量の調整を試みている時に一つの事実に気付いた。
通常の身体強化魔法は筋力の強化、反射神経の加速、聴力視力などの五感の強化を行っているがこれをマイナス方向に掛けることによってそれらに強化ではなく負荷を掛けられるということに気付いたのだ。
そこで考えを一歩進め現在急成長中の身体に更に負荷を掛け超回復を促し身体能力の更なる強靭化も図ることにした。
普通の野生動物の肉や魔獣の毛皮や牙や爪などを道中の街や村などで売って金を貯め剣などの武器や衣類や道具類を購入していき着々と次の段階への準備を整えていった。
一年掛け辺境の街に辿り着く頃には上級貴族並の魔力量と魔力制御、魔法無しで貴族の身体強化魔法に匹敵する身体能力に到達していた。




