雪の結晶
「私の推理はこう。青地くんは本の貸出履歴を使って、誰かにメッセージを伝えようとした。だけど、もう上手く文章が繋がるタイトルが見つからなくなって悩んでたの」
鳰は人差し指を立て、自信満々に自説を披露してみせた。
「ちょっと待って、鳰。本の貸出履歴を日常的に見られる人間なんて……」
「そう。普通に借りてるだけじゃ誰にも気づかれない。目にするのは図書委員だけ。つまり青地くんは、図書委員の子に密かにメッセージを送ってたってこと」
鳰が意味深な笑みを浮かべ、あごで静かに方向を示した。
鳰とかがみの二人は、そっと受付カウンターへと視線を向けた。
貸出カウンターの奥で文庫本に目を落としているのは、別のクラスではあるが同学年の女子生徒だった。
鳰とかがみはひとしきり自分たちの推理を終えると、顔を見合わせて笑って図書室を後にし、帰路に着いた。
「ほんとに良かったの?あの感じだと、カウンターのあの子、青地くんのメッセージに全然気づいてなさそうだったけど」
「いいのいいの。別に私たちがそこまでお節介焼くようなことじゃないし。私は自分の中のモヤモヤが晴れたからさ。推理が当たってようと外れてようと、もうどうでも良くなっちゃった」
鳰は探偵ごっこを存分にやり切った満足感からか、晴れやかな顔でかがみに駅まで一緒に行こうよと誘った。
かがみの自宅は駅とは真反対の方向だったが、もちろん断らなかった。今朝だって雪で歩きづらい道を心配し、いつもより早く家を出て、駅の改札で鳰を待っていたのだから。
「ねえ、かがみ。帰りにあのお肉屋さんでコロッケ買い食いしてこーよ」
「もう、仕方ないなぁ……」
その時――かがみの制服のポケットの中で、スマートフォンの呼び出し音が唐突に鳴り響いた。
かがみは歩みを止め、ポケットからスマートフォンを取り出す。表示された名前を確認して通話ボタンに指を滑らせたが、応答するかがみの声のトーンは、言葉を交わすごとに低く、暗く沈んでいった。
「……かがみ? どうかしたの?」
異変を察した鳰が覗き込むと、かがみは唇を震わせ、今にも消えそうな声で呟いた。
「おばあちゃんが……救急車で運ばれたって……」
「おばあちゃん……っ!」
かがみは大急ぎで、祖母が搬送されたという総合病院の病室へ駆け込んだ。
病院は学校からすぐ近くの場所にあったが、雪で路面状況が悪かったため何度も足を取られそうになりながらも、それでも全速力で走り抜けてすぐに到着することができた。
そこには、ベッドの上の祖母と、その傍らに立つ母が二人揃ってきょとんとした顔をしていた。深刻そのものの表情で息を切らせているかがみに、すっかり呆気にとられている様子だった。
「なんやかがみ、そんな慌てて。ばあちゃん、ちょっと足滑らせてしもうてな、足の骨にヒビが入っただけやで」
当の祖母はどこ吹く風といったあっけらかんとした様子で説明した。それから、気まずそうにしている母に向かって「ちゃんと言っといたらんと、この子慌ててまうやろ」と軽くたしなめる。
「ほ、本当に……本当に大丈夫なの……?」
慣れない全力疾走のせいで激しく上下する胸を押さえ、かがみはかすれた声で念を押し返す。
「まあ、大事を取って二、三日入院することにはしたけどな。ほんま大したことないで」
祖母のいつもの温かい声を聞いた瞬間、かがみの全身からすーっと力が抜け落ち、その場にヘナヘナとへたり込んでしまった。
『それで、おばあちゃんは大丈夫だったんだ』
『うん、心配かけてごめん』
かがみの驚異的な全力疾走を見送り、ひとり心配を抱えたまま帰宅した鳰だったが、届いたメッセージで祖母が軽傷だったことを知り、胸を撫で下ろした。
『それでね、鳰』
『あなたにおねがいがあるの』
『雪の結晶のこと、詳しくは明日話すね』
画面に並んだ文面を見つめ、鳰は自室のベッドの上で小さく息を呑んだ。
不謹慎だとはわかっていても、かがみからの「お願い」という言葉に、心が甘く躍ってしまうのを抑えきれない。
いつも自分に優しくしてくれるかがみが、今度は自分を頼ってくれている。
かがみは一体、私に何を求めてくれるのだろう。
明日の学校がこれほど待ち遠しいと思えたのは、初めてのことだった。




