第9話 非科学的だ
アーツとレンクスは、足元の印を確認しながら一目散に航宙船まで走って戻る。
湿度がそこそこあるので、汗だくになって気持ち悪くなっても、そんなことを気にしていられなかった。
下手に止まると、あの火噴きトカゲに襲われてしまう可能性がある。必死そのものといった感じだった。
「はあはあはあ……」
「とりあえず、十分離れたかな?」
疲れたので一度立ち止まって休憩をしている。後ろを振り返ってみるが、とりあえずは大丈夫のようだ。
十分に呼吸を整えると、アーツたちは航宙船を目指して戻っていった。
その後、遠くにトカゲの姿を確認することはあっても、アーツたちは運よく襲われずに戻ってくることができた。
航宙船の中に入ると、ブランとクロノの二人に出迎えられる。
「おかえり。……って、ずいぶんと酷い状態ね」
クロノがびっくりして一歩引きながら声をかけてくる。
普通なら失礼だなとでも言いたいところだが、二人して完全に息が上がっているために何も言えずにいた。
「み、水を準備しますね」
ブランはそう言って走っていく。
戻ってくるまでの間、クロノは二人の様子を心配そうに見守っていた。
水を飲んで、アーツとレンクスはどうにか落ち着いたようだ。
「どうしたのよ、二人とも。そんなに汗だくになって何があったの?」
状態を見て話ができそうだったので、クロノは状況を確認している。
しかし、二人の呼吸はまだ荒く、ゆっくりと話せる状態になかった。
「ニック、ニックも、集めてくれ」
息を整えながらアーツは、ブランとクロノの二人にお願いをしている。
「分かったわ。集まるのはいつもの操舵室でいいかしら」
「いや、座る場所が欲しいから、食堂にしてくれ」
体力自慢の二人がへとへとになっている。確かに立ち続けるのはつらそうなので、ブランとクロノはこくりと同意していた。
食堂へと移動したアーツたちだが、よっぽど激しく走ったせいなのだろう、アーツたちはブランたちの肩を借りながらの移動だった。
鍛えているとはいっても、いざ地上を全力疾走となれば事情は違ったようである。
「鍛えているのに情けないですね」
「うるせえ、ニック。本物の重力の中を走ったのは初めてなんだ。体がついて来てないんだよ」
ニックの憎まれ口に、レンクスが本気で言い返している。運動が苦手なやつに言われたくないのだ。
そんなやり取りにも表情を変えず、クロノはアーツたちに改めて事情を問い掛ける。
「でも、どうしたっていうのよ。全力疾走するくらいな事態って、一体何が起きたというの?」
両肘をテーブルに付きながら、クロノはアーツたちをじっと見つめている。
あまりにも真剣なまなざしに、アーツは一瞬の飲まれかかる。
「あ、ああ。とりあえず俺たちが見たものっていうのを報告させてもらうぜ」
気を取り直したアーツは、レンクスと二人で目撃した状況をクロノたちに説明する。
正直信じてもらえるとは思っていない。実際に見た自分たちも信じられないのだから。
でも、あの迫力を思い出すたびに体が震え上がる。あの時感じた恐怖は、しっかりと体に刻み込まれているのだ。
「巨大なトカゲを火を噴いたですか。とても信じられませんね」
ニックは眼鏡をくいっといじると、率直な感想を伝えてきた。
「俺たちだって信じられないさ」
「立体ホログラムとも考えられねえよ。熱はちゃんと感じたし、倒した相手をその場で食らってたからな。俺たちが気付かれなかったのは、幸いだと思うぜ」
アーツとレンクスは顔を見合わせて、腕を組んで何度も頷いていた。
こればかりは現場を体験した二人にしか分からないことだった。
「それが事実とするなら、ここは過去の地球という可能性は消えましたね。考えられるのは、地球そっくりな別の星か、あるいは……」
ニックがぶつぶつと考察を始める。
「おいおい、やめろよ。あんなものを見たとはいえ、そんな非科学的なことを信じられるわけないだろう」
アーツはニックの考察に対して声を荒げている。
「でも、あれだけ激しい宇宙嵐だったのよ? その時のエネルギーを考えれば、私たちの想像を超える不思議な現象が起きていておかしくないかしら」
反論をしてきたのは、一番おとなしい性格のブランだった。
予想外なところからの反論に、アーツは思わず黙り込んでしまう。
「あらゆる可能性を排除しない。それもまた科学です」
そういったニックだったが、何かを思い出したかのように手を叩いている。
「そうだ、アーツ、レンクス。この辺りの土を採取してきてくれませんかね」
「なんでだよ」
「土壌調査です。含まれている成分から、どういった環境なのかを割り出すんですよ。湿度が高いというのは分かりましたが、分からないことの方が多いですからね」
「ちっ、分かったよ」
文句を言いながらも、アーツは倉庫から採集キットを引っ張り出してきて外へと出ていった。
しばらくすると戻ってきたアーツは、採取した土を不愛想にニックに突き出していた。
「これでいいだろ。さっさと調べてくれ」
「任せて下さい。頭脳作業こそ、僕の本領ですからね」
ニックはそういうと、先日アリを収納した部屋へと向かっていった。
話がちょうど区切りがついたため、アーツとレンクスは汗を流しにシャワールームへと向かう。
少しずつ明らかになっていくアーツたちの置かれた環境だが、依然帰るための手がかりはまったくつかめないのだった。




