006/GO TO HEAVEN
ミコが呆然としている間に、クルマは大通りから脇の小道へ。
そこからまた大通りへと戻り、急カーブしてUターン。さらに小道から小道へ……。
そんな風に、執拗なまでの走行を繰り返す。
「……ってか、マジでよく眠れるわね」
「お兄様にとっては、なんてことないことですから」
「あっ、そう、ですか……。あの、なんでヘブンに?」
「おやすみにならないのであれば、順を追って説明を少々しましょうか?」
「え? いま!? この状況で!?」
「ええ」
不思議そうにミコを見つめ返すカノン。
このオンナも、感覚が相当に麻痺している。
会話するのもままならない状況での説明――それでも、早く事情を聞きたいという気持ちもミコにはあった。
わけも分からず見知らぬ人のクルマに乗せられ、ヘブンと呼ばれる悪名高い街へ連れていかれる。
それってもう、立派な拉致被害と同じなのだから。
いろいろな諸事情で犯罪件数の多いこの街の中でも、その割合を大きく占めるのが、この「ヘブン」という地域だった。
「わ、わかった。じゃあお願い」
「はい」
ギュギュギュッ。
左への急カーブ。シートに身体が強く押し付けられる。
「ミコ様は、**グランルード**と呼ばれる世界において絶対的に君臨する王家筋、つまり王女であるという話は、先程一緒にいた『スカしたナルシズムだけが取り柄の男』に聞かされましたね」
「は? ええ、まあ、はい」
聞かされてはいるが、ミコ自身が理解しているわけではない。
話が荒唐無稽すぎて、どう答えていいかさえわからないのだ。
「ぐ、**グランルード**って……なに? なんか上位世界とか言ってたけど……何がなにやら」
「この世界と繋がっている数多の異なる世界。異世界の者達はそれを総称してマルチヴァースとか多元界などと呼びますが、それを統治している、と思い込んでいる上位世界です」
カノンは即答して時計を見た。 0時28分。
そしてすぐにミコに視線を移す。
「記憶は、まだ戻らないのですね。時間差があるのか……。まあいいでしょう」
ため息混じり。 どこか残念そうな雰囲気だ。
勝手に落胆されても……と、ミコの胸の奥がキリキリと痛む。
「前方、犬です! いや、オオカミか……? でかい!」
運転手が叫んだ。
フロントガラスの向こう側。
確かに、犬らしきモノがこちらに向かってきている。
そして、デカイ。 見る間に近づいてきて、目前で飛び上がる犬。
一瞬見えたその姿は、2メートルはありそうだった。
「……普通の犬ではなさそうですね」
カノンが小さく呟くと、クルマの上部で爆音のような衝撃音がした。
犬が屋根の上に乗っている。
蛇行しながら猛スピードで走る車上に乗っているだけでも凄まじいが、そこからさらに攻撃を加えてきている。
カノンがゆっくりとウィンドウを開ける。
ドレスの裾を捲り上げると、その太ももにはピストルが備え付けられていた。
峰不二子的な、アレだ。
「え……えええ……!?」
驚愕と恐怖で青ざめるミコ。
お構いなしに、カノンは窓の外に上半身を投げ出し、車上へと発砲した。
もう、街中でこんなことが起きるのは立派な事件だ。 ミコはアワアワと取り乱す。
「落ち着いてください、ミコ様。すぐ済みますから。話の続きが気になるでしょうが」
「いやいや、そんなのいまいいからーー!」
「え? いいんですか? 続き、気にならないのですか?」
「そういうい……」
ミコが蒼白になってツッコミを入れようとした矢先、カノンに巨大な犬が襲いかかる。
牙を剥いた大口。深緑色のヨダレを撒き散らしている。
噛まれたら、骨まで砕けそうだ。
そして――カノンは噛まれていた。
「いやああああああ〜〜!」
ミコの叫びに、鈍く低い金属音が混じる。 後ろに吹き飛んでいく犬の影。
カノンは、犬の口の中に手を突っ込んだまま発砲し、見事に吹き飛ばしたのだ。
腕に少々の傷。だが、流れる血などカノンは気にも留めない。
「ジタバタと動き回る犬をおとなしくさせるなら、噛ませるのが一番です。
覚えておいてくださいね」
拳銃をしまいながら、しれっと言うカノン。
――いやいや、覚えといても使う時ないでしょ!?
てかそんな時は来て欲しくないです!
ミコはガクガクと震えていた。 なにこれ? 映画の撮影かなにか?
「まずいっすね。犬、増えました。追ってきます」
振り返ると、猛スピードで三匹の犬が走ってきている。
さっきと同じぐらいの大きさ。もう追いつかれそうだ。
その時、一匹が跳ね上がり、そのまま空中で変化した。 ヒトガタへ。まさに人の形。 頭部は犬のままだが、それもゆっくりと人の顔へと変わっていく。
「んなあああああ〜〜」
ミコが変な声を発して窓に頭をぶつける。
ヒトガタになった犬は、ガッチリとドアを掴んでいる。
「振り落とせます?」
カノンは冷静だ。
運転席からの返答は――
「穴です!」
声がカットインする。まったく関係ない答えだ。
「穴……?」
目を若干細めて、カノンは前方を凝視した。
ヘッドライトに照らされるアスファルト。
前を走るクルマもなく、閉まったショップのライトや街灯が煌めいている。
いやいやいやいや、穴ってなんだよぉぉ! 激しく揺れる車内で頭を抱えるミコ。
犬の次は穴!? この街の道路に穴!?
まあ、もっと言えば、今日はずっと深い穴に落ちていっているような気分だ、自分は。
まだ落ちている。落ち続けている。
一体どこまで深い穴なのか……一瞬、妄想に耽りそうになるが。
――リアルを見よう。穴だ。穴なんだ。
もうこの世界は、自分の知る世界とはすでに違っているのかもしれない。 そんな戸惑いを感じながらも、その「穴」へとまっしぐらに、フルスロットルで突き進んでいくだけだ。
それにしても……穴? その穴はどこに? 同じように前方を凝視していたミコは、不思議に思った。
見通しはいい。どこにも穴なんて……。
そう思った瞬間。
前方に、黒く澱んだ球体。
その周囲には、深い紫の光がバチバチとスパークするように点滅している。
さらによく見ると、その球体から両側に伸びるようにして出ているのは……脚?
どデカイ、人の脚? ゆうに10メートルはある。なんのモニュメントだろうか。
クルマが近づくにつれ、球体の上に、鈍く照らされた「女体」のようなものが浮かび上がる。
巨乳だ。柔肌に二つ、ぽっこりと山のように。 つまりは、そのまんまの姿。
深夜の大通りの真ん中に、巨大な女体。 ビルの谷間に、巨大な裸の女。 そしてその股の部分が……**穴**だ。
もう、目眩しかしない。




