007/穴に落ちたく無ければ階段を降りればいいじゃない
「あなななっ」
「穴、ですね。まあ穴というよりも球、ですね。球というよりも門ですが」
「どれでもいいわ! なにアレぇぇぇ!!」
パニック状態のミコを尻目にカノンは冷静。
クルマはどんどん、その巨人然とした女体とその股ぐらの球体に近づいていく。
巨大な女体の顔も見えそうになってきたが、ドロリと液体がその顔らしき場所から垂れていた。 赤紫で泡立つ液体。
近づけば、女体の至る所からその液体が吹き出していた。 まるで無数にあるホースから溢れ出しているような状態だ。
溶けている。 夏場のアイスクリームのように、ドロドロに。 見てるともう脳みそも溶けそうだ。
「まったく……悪趣味な……犬もしがみついてますし」
「だーかーらーなんですか! あれーーー!」
蒼白になって叫ぶミコ。 このままじゃあの物体にぶつかるのか、あるいは飲まれるのではないか。
しかし、クルマのスピードは怯むことなくまったく衰えない。
「アレは先程の男、ミコ様の兄を名乗ったグリッスルが創り出したポータルです。
**グランルード**の王族のみが創り出せるモノ……この街と異世界を繋ぐ、門ですね」
「グリッスルの品性がゲロよりも劣るので、あのような形態になっておりますが……」
淡々と説明口調のカノン。
カノンと運転手の目がバックミラー越しに合い、アイコンタクトを交わした。
その直後、道路から歩道へと乗り上げる。 幸い人通りはなかった。
ガタンと弾むように数回上下する、派手な赤いクルマ。
「犬もついてきてることですし、ルートを変えましょう」
その勢いのまま、目の前にある地下鉄へと続く階段にクルマごと突っ込んだ。
階段を大きく跳ねながら下っていく。
グルグルと目まぐるしく変化する、万華鏡の中にいる気分だ。
勢いで頭を打つミコ。 なんとか舌は噛まずに済んだ。
「ああー先程は失礼しました。ゲロなどとはしたない例えを」
相変わらずカノンは無表情。
このハードな絶叫系アトラクションに、さらにリアルな痛みが追加されたような状況でも、彼女はクールにキメている。
だけどミコは――
「いやそこじゃないでしょ、謝るとこ!」
と叫んだところで横に振られ、背中を強打した。 息が詰まりかけて青ざめる。
そこで、停車した。
「地下鉄で行きましょう」
そう言うと、カノンはすぐさまクルマを降りる。
美しいドレスの裾を翻し、ヒールをカツンといわせた。
足首まであるワインレッドのドレス。 スリットが深く入っていて、セクシーに脚を見せている。 胸元もザックリと谷間を作っていた。
なんだかドラマとかで見る、ベタな一昔前のキャバ嬢のようだ。
ミコもカノンに見惚れてる場合じゃないと、恐る恐るクルマを降りた。
勢いで吹き飛ばされた「犬人間」が転がっている。
そこは地下鉄駅の改札前だった。
御丁寧に自動改札が並ぶその前に、横付けされて停車している。
クルマ自体もたいした損傷はなく、多少傷が入っている程度。
たいしたドライビングテクニックだが、感心している場合じゃないことはミコもわかっていた。
周りに人だかりができてきていた。
驚いて卒倒している人もいる。
アナウンスが警報を発してうるさく響く。
いくら世界的にも有名な犯罪都市・八華でも、堂々とこんなことをする奴は稀だ。
しかも、そんな稀な超危険行為のクルマから降りてきたのが、見た目キャバ嬢と女子高生。
誰もが目が点になるのも当たり前の光景だった。
「お兄様をお願い」
カノンは運転席から降りてきた男にヒコを背負わせる。
それ程大きくない中肉中背みたいな男だが、難なく、むしろ軽々とヒコを背負った。
しかも走るとミコよりも速い。
自動改札も余裕で飛び越えた。
ホームへ降りる階段へ、深く、深く潜るように進む。
「どこまで話しましたっけ?」
「いや、今じゃないでしょ!」
一行は好奇と恐怖の目に晒されながらホームへ辿り着いた。
すぐに来た電車に乗り込む。
もう、ここまできたら進むしかない。
ドコに向かうかは、もう問題じゃないのだ。
とにかく進む。 暗く深く長い地下鉄は、走る。




