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058/凛として動く

ヴィヴィアン・クローネン。


グランルード人であり現王・ライドン王の第一子にして長女。

王位継承権第一位。


グランルード政務室室長にして

連盟グランルード代表。


ヴィヴィアン王女と呼ばれる美しき華。


ちなみにグランルード人の名前に苗字と名の区別はない。

ただの記号だと考える者も多い。

漆黒のロングドレスと首元の煌びやかな宝石のネックレスが似合う。

が、それすらも霞むほどの佇まい。


長身であり細身。手足などすぐにねじ曲げられ折れてしまいそうだ。

目力を携え、大きめの口と艶のある唇はエロスを誘う。畏れ多くて誰もそれを言わないが。

長くしなやかな指。そして大理石のように滑らかで硬い爪。


背中の中ほどまである長い髪をその指でゆっくりかきあげる。

ヴィヴィアン登場により議場はまだ静まっている。


音を発した時点で何かが崩れそうな緊張感に支配される。


「……あっえ……。王女……。今日はどのようなごよ」

「グランルード代表が議会に来てはいけなかったか?」


決して声を張っているわけではないのに議場の隅々まで行き届くその言葉。


「あっいえ、決してそのよ」

「議題を述べよ」

「ぎ、議題。あーええ、議題は……フラットランドにおけるロザリー教徒とラ」

「なるほど。わかった。其方らの意見は?」

「とのこ……え? あっ……い、意見でございますか?」


タジタジの議長。


「ないのか?」

睨んでいるわけではないヴィヴィアンの視線にさらに委縮する議長。

額に汗が滲む。


体に無数の重りを付けられたようなプレッシャー。

ヴィヴィアン本人の意思に関係なく空気を歪めてしまうほどの重圧が漂う。

「ならば私の意見を述べよう。早急に問題を起こしたロザリー教徒を捕まえ査問委員会に出頭させよ」

誰かがゴクリと生唾を飲み込む音がした。

これはもう意見というより命令にしか聞こえない。

「決をとるか」

ヴィヴィアンの静かな問いかけ。

我に返った議長は辺りを見渡す。

「……ええぇ……そ、では~~本議題に関しての~……ヴィヴィビビビビビヴィヴィあ~」

「私の名はヴィヴィアンだ」

「あぅ……あ、はい! 失礼しま」


「よい。異議あるもの挙手せよ………ないな。では決定だ」


即断即決がヴィヴィアン。

動くとなれば待てる性分ではない。


「特務班を動かせ」

「あっえ? は」


「いや、良い。私自ら特務班に命を出す」

そう言い残し颯爽と議場を後にする。


時間にしてわずか2分ほど。

それで決する。


世界の命運なんて、まあ割りとこんなもんだ。

議場を出ると虹色に彩られた長い廊下をまっすぐ歩くヴィヴィアン。


キラキラと輝きを放ちながらその虹色の壁や天井がゆっくりと配色を変化させている。

多元界《たげんかい》の数々の世界。その多様性を象徴している虹色。

形だけは崇高な理念。

その廊下が終わる頃、いくつかのポータルとなっている部屋への出入りとなるドアが並ぶ広い空間。


各界を象徴するような紋様が壁を埋め尽くすように並ぶ。

そんな部屋の中央には荘厳な雰囲気を醸し出す像。

初代グランルード王、ロザリーを象った造形。

ご丁寧に羽根を生やして王冠を被っている。

端正な顔立ちで大きく掘られた目には今にも動き出しそうなチカラがある。

本当に羽根が生えてたのかとかこんな見た目だったのかなんてどうでもいい。

だいたい3メートルも身長があったわけでもないだろうし。


そのロザリー像の前。

頭を垂れている男。


「……レイジアス……だな」

ヴィヴィアンが言う。

そこで男はさらに小さく頷くように頭を下げる。


レイジだ。犯罪特務班班長。

ヴィヴィアンは連盟職員の顔と名前を覚えている。末端まで入れると何万といる職員全員を。

連盟代表である以上、当然の礼儀と義務と答えるヴィヴィアン。

そういったところがロザリア王族として恐れられながらも人気がある由縁だ。


傍若無人で自己のみの利を追求するグリッスルとは違うところ。


「あの街にいるロザリー教徒を捕まえよ」

「……は」

「其方はなぜ八華《はっか》の街で任務を遂行しているのだ?」

「……え? それは」


「多元界人のあの街における犯罪を取り締まり秩序を守るためだな」

「は、はい……」

「して、それだけだと?」


「え? そ、それだけ……といぅ」

「違う。あの街を多元界の悪意……否、グランルードの悪意から守ることでもある」

「グランルードの悪ぃ」


「それなのに其方はなぜロザリー教徒に手を打たなかった?」

「そ、それは……ロザリー教徒はグリ」

「後ろ盾の問題か?」


そこでレイジは口を噤む。

後ろ盾。


ロザリー教の後ろ盾。この場合グリッスルだ。

グランルードを信奉しているという大義を掲げながらもその中身は王族の誰かに付いている。

要は派閥みたいなものだ。


ライドン王が所在不明となり俄に後継者問題が浮上してからは

その最大勢力になりつつあるグリッスルの傘の下にいる連中。

そこでレイジの頭にはふと、その現王であるライドンが浮かぶ。存命でありどこにいるかもレイジは知っている。


しかしライドン自身に口止めされているソレ。

王がまだいる以上、後継者争いをやっている場合じゃない。


「グリッスルは次期王位を狙っている。その狙いさえも隠すことなくな」

「順当にいけばヴィヴィアン王女、貴方がつ」

「そうだ。私がいる以上グリッスルに王座はない。だが、私に王になる意志もない」


まさかの発言だった。

「それでは誰が」

言いかけて止まる。


そもそも現王ライドンはまだいる。

後継者争いさえする必要もない。

ライドン王が戻りさえすればこの先100年は続く。


「だが、私は父の……ライドン王の意志を継ぐ」

意志? ますますわからない。


王になる気はないが意志は継ぐ?


「後ろ盾が欲しいなら私がなってやろう。私の手足となり動け」

「え?」

「よし。決まった。早速ゆけ」

――いやいや決まってない。


戸惑うレイジ。

だが、行くしかない。犬だ。

誰の犬になるかだけの話。


「……グリッスル王子と……構えると?」

「……面白い。そう捉えるか。だがな、奴とは……彼奴が生まれた時から構えておる」


悲しい奴らだ。

ただ、そう思ってレイジは頭を下げた。


◆◆◆

ヴィヴィアン王女自らの命令が下ってから1時間後。

レイジは特務班を招集していた。

「……と、いうわけでヴィヴィアン王女から直々にランドに潜伏しているロザリー教徒を捕えよと命を受けた」

「ヴィヴィアン王女から……直々……」

「そ、そんなことが……」

「じゃあ長官の手を出すなという指令は無視で?」

「そうゆうことだな……。いいか、これはもう戦争に発展す」

「凄いじゃないですかーー! はんちょーー! 燃えますねーー!」

「ちょっと黙ってろ……クランベリー」


八華都市。中央区。その一角のビルの屋上。

集合する特務班12名。


現状の行動部隊としてはマックス。

つまりは総力を挙げてということ。


「いいか。ひとつここで選べ」

一呼吸おくレイジ。


「これはヴィヴィアン王女直々の命だ」

「はんちょー! それ聞きました! 燃えますねー」


「……黙ってろと言ったのも聞いてたか? クランベリー……。

話はここからだ。捕える相手、ロザリー教徒だが……コイツらは……グリッスル王子派だ。

ランド人の拉致に関わってる……という調べがついてる。

ロザリー教徒が独断で意味のねえ拉致なんかしないだろう」


「……つまりー……グリッスル王子の指示……」

「敵は王子ですね! 燃えますねーー」

レイジは無言でクランベリーを一睨みしてからため息。


「選べというのは……ヴィヴィアン王女かグリッスル王子か……ということですか?」

「……間接的だかそうなる。この命を受けてロザリー教徒逮捕を遂行するということはそうゆうことだ」

「私はやりまーす! どんとこいです!!」

クランベリーはめげない。睨まれ慣れて気にもしない。


そしてクランベリーに続いてみんな賛同の声を上げた。

グリッスルみたいなイカれた高慢な王子よりも、ヴィヴィアンの方がいくらかマシだ、という判断。


どちらにしろグランルード王族。

嫌な存在には変わりないけど。


「よし、わかった。なら覚悟を決めておけ。

それと……そのロザリー教徒……。

街賊《がいぞく》達も狙っている」

「問題ないですよーハンチョー! 街賊なんて秒殺ですっ!」

「秒殺すんな! 極力奴らとの接触は避けろ」

ため息混じりに一喝し臨戦態勢。


特務班全員がナアド人。本気をだせばそれだけで桁違いの戦力だ。

「それじゃあここからさらにチームを分ける。俺とクランベリー、モミジはK-03ポイント、つまり中央区の南から展開。

サトゥー、イチョウ、ハナミズキはK-09ポイント、中央区西から」


「待ってください! 班長」

「……なんだよ? めんどくせえな……」

「Kポイントばかりですが……」

「……それがどうした?」

「いや、どうしたって……。Kポイントは……」


Kポイント。通称KINGエリア。

識別記号として八華都市をポイント分けしている連盟にとってKから始まるそのエリアは特別な場所だ。


グランルードの現王となるライドンが聖地として指定した場所。

その周辺も含めて一帯についた識別記号が、K。

八華で言えば中央区のさらに中心部。


八華芸大を真ん中に据え芸大敷地からおよそ2キロ圏内をそう指定している。

この聖地内での犯罪は特に厳しく処罰される。

聖地10倍法などと暗に言われるような。

もはや犯罪ご法度と言ってもいい場所だ。

ここで連盟の法を犯せばほぼ死罪が確定。


他のエリアなら禁固1年未満になりそうな犯罪であっても死罪となる可能性が限りなく100パーセントに近い。

だからこそこの地で法を破る者など皆無であり、犯罪抜きにしてもできるだけ波風立てずにいるのが常識。

そんな場所をわざわざ潜伏場所に選ぶなどいくらロザリー教徒とは言え正気の沙汰とは思えない。


「……。あらゆる情報を分析し足取りも追った結果……このKポイントでまあ間違いないだろうな。俺の読みとしてはKポイントから外のエリアとのギリギリのラインにいるとふんでる」


「班長……。我々は確かに王女の命を受けてはいますが……。

そこで少しでも手間取ったり行き過ぎてしまっては……我々も処罰されます」


「そんなことはわかってる」


多元界の犯罪者はもちろん処罰される。

しかしそれを捕まえる側でさえ少しでも問題視される行動を取れば処罰の対象になってしまう。

例えば何かを破損する、なんてことになれば下手したら犯罪者と一緒の運命を辿る。


「潜伏場所としては最高の場所だろ」

手を出しにくい場所。ハイリスクだからこそ逃げ切れる可能性も上がる。


「潜伏しているロザリー教徒共はそこでグランルードからの助けを待っているはずだ」


「なるほど……エリア外ギリギリのラインとはそうゆうことですね。逃走用のポータルを待っていると……」

その言葉にレイジは無言で頷く。


Kポイントで不法にポータルを使用すれば即犯罪確定=そのまま死罪も決定だ。

だからこそギリギリ外にいる。

特務班の緊張が増す。


『班長。いくつかの街賊に動きありです』

通信。


「どこだ?」

『南東から……スナッファー。南からセディショナリーズ』

「やっぱ奴ら動いたか……ロザリー教徒共逃げてる割にあの真っ白の格好やめねえから目立つんだよ……」

『それと……南西部からも……』

「南西部? そこはマークしてねえぞ。どこだ?」

『羅吻(らもん)一族です』


「……ラモン……」

レイジ、舌打ち。

八華都市・南西エリアをホームにしているチーム。

周辺のチームといつも争っている好戦的なチームだ。


それにしてもなぜこのタイミングで動いたんだ?

羅吻一族に多元界人が絡んでいる情報は皆無。

ロザリー教徒とも関係ないはずだ。不可解。

だが、どうやらまっすぐ中央区に向かっているようだ。


『……動いてる規模は……羅吻一族が最大です……』


「要警戒で当たれ。だが最優先はロザリー教徒共だ。何かあればKポイントから離脱していい。判断に任せる、開始しろ」


一抹の不安どころか、不安要素しかない任務。でもやるしかない。

各々散っていく特務班。


「燃えますねーー!」


――ああ……このクランベリーの単純明快なお馬鹿脳が欲しいわ……と、レイジいつものため息。

それが合図だ。

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