056/地獄という名のアミューズメントパーク
呻き声が上がる。
その後、鈍い音も。
何か水滴のようなものが落ちる音も同時に。
薄暗いフロアで反響している。
その中で、多少癖のあるダークブラウンの髪をオトコマエにかきあげるキリ。
その前に仰向けに倒れているのは全身白の服を着た男。靴も白い。さらに白髪だ。
キリがその全身白で統一された衣装の男を蹴りあげていた。血が噴き白が赤く染まる。
男は転がりうつ伏せに。
その背中に腰を降ろすキリ。くわえタバコ。
灰を頭に落とす。
その傍らにも白ずくめの者達が数人倒れて呻いている。それを取り囲むようにキリの手下達が腕組みし立ち並ぶ。
「噂通り、真っ白だな。ファッションでやってんのかとも思ったがそうじゃなさそうだ。その靴は……似合ってねえもんな」
一応全身を舐め回すように見る素振りを見せながらも興味無さげに首を横に振ってみる。
そんなキリに乗っかられている男が表情を歪めた。が、その目にはまだ魂を宿している。
単純明快な思考だ。
ここでどれだけやられようとも種として、組織として、宗教として、理念として、目的として、存在として、負けなければそれで良い。
そんな炎を宿す。
ユールフォルス・ロザリー教徒は総じてそうだ。
そう、
この日、キリは本人にその自覚はないとしても、異世界――多元界と接触した。
街を騒がせる白衣の集団、ユールフォルス・ロザリー教と。
その邂逅の場。
テナント募集中のオフィスビルの2階。
何もなくガラーンとして音がよく響く。
キリが白ずくめの男に踵を落とす音だ。
「さて……三度目だ。この俺が三度も同じ質問をするのは異例だぞ?」
キリがタバコの煙を吐き出しながらそう言うと取り巻きが笑う。
そうだ、周りで笑っていればいい。俺の機嫌に合わせて。
さて、
「お前らは……何者だ?」
キリの声が反響する。
何者か。探していたその何者かに翌日にはキリは辿り着いた。
この者達がどこにいるかを調べるのはたいしたことではなかった。
街中に網を張り、同じような奴を片っ端から捕まえていく。
街賊ならではの狩りみたいなもんだ。
楽しめばいい。実際に楽しんだ。
何度かハズレも繰り返しながら。
ハズレたところでどうということはない。
暴力と狂乱は街賊の日常。
ランチみたいなもんだ。
そしていま、いまもまたその日常。
「はやく答えてくれよ……。お前らが答えないならまた違う奴を探しにいかないといけないんだからよ」
低く唸るようなエンジンに似た声。神経を震わせる。
ワクワクする者もいるしドキドキする者もいる。
ゾクゾクするって奴もいる。
震えた神経は片っ端から壊れている。
うん、街賊ってやつは。
「……よし、サービスだ。質問を変えよう。この男どこにやった?」
と言いながらスマホの画面でスナッファーメンバーの写真を見せる。
一瞬。ほんの一瞬。もう刹那と表現してもいいぐらいの中に白ずくめの反応を捉えた。
ニヤリと笑いキリはタバコを白ずくめの男の手の甲に押し付ける。
苦悶の声を若干漏らしながらも歯を食いしばる男。
なかなか我慢強い。
余程強い信念があるのかよく訓練されているのか。
まあ信念だなんだと大義名分をぶら下げながら訓練と洗脳を繰り返すのは世の常套。
そうして出来上がるのが社会だ。
キリはそう思っているし実際、相対するロザリー教徒もそうだ。
「お前らが何者で何が目的か知りたいとは思うけどな、それが聞けないならまあ仕方ねえ。
お前らを全滅させりゃ事は終わる。
とりあえずここにいるお前らから全消ししとくか、まずはお前か……」
ガシャン
と、突然窓ガラスが割れてさらに白ずくめの者達が飛び込んできた。
今度は顔まで白いマスクで覆っている奴もいる。
さらには長細い剣や銃に似た機械を持っているもの、長くしなやかなロープを手にしている者など様々だ。見るからにやる気。
ユールフォルス・ロザリー教の戦闘部隊。
多元界の他の世界とのいざこざを手荒い方法で解決する時なんかの為に構成されている。
つまりはいまこの時の為に、みたいな。
不敵な態度でジリジリと威嚇するように近づく白い者達。
だが、キリや街賊は動じない。
言った通りこれは日常だ。
頼んだランチにスープがついてなかった程度のトラブル。
だからなんの前触れもなく一斉に銃口が開きマシンガンのリズムが奏でられる。
狂騒の中でキリは新しいタバコをくわえ、目を閉じたまま揺れる。
銃声を心地よく感じる。
この程度の事に何ら感情を動かす必要もないし特に命令せずとも俺達の引き金は敵を見定め引かれるんだ。
ここまで躊躇なく大量の銃撃を行うのは街賊でもなかなかないが。
潤沢な資金を持つスナッファーならではの行為。
薬莢が転がる音も心地いい。
バタバタと倒れる白ずくめを眺めるのも。
息も絶え絶えな1人を見つけてマスクを剥がすキリ。
中年の男が眉間にシワを寄せていた。
「いいね~、お前らを全滅させようと思ってたところだ。
探す手間が省けたよ。まあお前ら何人いんのか知らねえけど」
「わ、我々は……」
言いかけたところで耳を劈くような爆音がカットインする。
フロアの壁がぶち抜かれる。コンクリートが飛び散り方々に当たる。砂埃のような煙が上がってその中から赤い光が見えた。
「あ?」
目を細めて見つめた瞬間、その巨大な影がキリを襲う。
かろうじて避けるキリ。
振り返ると、まるで象ほどの大きさで体中に長いトゲを持つ四足歩行の生き物が目を赤く光らせている。
「な、なんだこりゃ」
そこはさすがに面食らうキリ。
自分の記憶や知識が定かならこんな生き物は知らない。
「い、イーターを持ち出したのか!」
中年の白ずくめ男が叫んだ。
「いーたー? この生き物か? なんだこりゃ」
肩の埃を払いながらキリが口にする。
ぶち抜かれた壁の穴から人影。
「しょうがあるまい。終われば記憶を消し去れば済むこと。
いや、この下等な種を全滅させれば良い。まずはこの危機を脱することじゃ」
「だ、大司教……」
司教と呼ばれた白髪の男がフロアを睨みつけながら歩いてくる。
ツェッペリン大司教。グリッスルを崇拝してるアイツ。
名前を全然覚えてもらえないアイツ。
「我々には大いなる目的がある。このような下等なニンゲンに邪魔されるのは些か不本意だ。よって排除せねばな」
「ふはははははっ」
ツェッペリン大司教の言葉を笑い飛ばしキリが手で合図する。
直後また爆音。
今度は規模が大きい。
フロアの床の半分が爆発で落ちる。
それに司教も巨大トゲトゲ生物イーターも飲み込まれ下のフロアに落ちた。
ガラガラと瓦礫が崩れ砂塵が舞い音が吸い込まれていく。
「なにいきなり出てきて得意げに語ってんだよジジイ。
いいか? ここを使ってるのはこっちが完全に優位だからだ。
そこら中に仕掛けてんだよ。そんなこともわからねえ奴がこの街で生きていけると思うなよ。
どっちが下等だ。ジジイ」
爆煙立ち込める階下を見下ろしながら吐き捨てるキリ。直後右手を上げてさらに合図。
「鉄棺」
金属が擦れる耳障りな高音が鳴り響き火花が散った。
まるでフラッシュのように何度もフロアを染めていく。
司教や巨大生物イーター他白ずくめのユールフォルスロザリー教徒が落ちた1階のフロアを覆うように分厚い鉄の板が取り付けられる。
頑丈に、隙間なく、そしてさらに強固に。
その厚さは最終的には20センチ程になる。
普通に打ち破るのは不可能。
ミサイルでも撃ち込んで吹き飛ばさないとならないがそれをすればビルごと崩れる。
そんな鉄の壁が覆い尽くし堅牢な箱と化す。
だから、鉄棺。
これもまたお金持ちのスナッファーが使う手だ。
一網打尽に確実に捕らえる。
あまりにも派手派手しいので頻繁にはできないが。
確実にケーサツもやってくるがそれはそもそも気にしていない。
こういった己の分を弁えない非力な癖にイキがるような馬鹿どもに地獄を味わってもらうのが目的だ。
だからキリはほくそ笑む。
ヴォオーっと咆哮し飛び上がるイーター。
トゲが崩れた床を擦り削る。
運悪く近くにいたキリの手下1人がそのまま穴に落ちる。
そこからの光景は見たくない。と、キリは小さく首を横に振りまたタバコに火をつけた。
「さて……ジジイ。生きてるなら返事しろ」
その言葉に何も返ってこない。
「そうか。わかった。まあ別にそれならそれでいいんだ。俺は急いでるわけじゃない。ゆっくりいこう」
鉄棺からの脱出はほぼ不可能だ。
今までこのやり方で脱した者はいない。
「まずい状況だが……」
フロアの隅で座り込み大司教が呟いた。
つまり策はない。
多元界人、少なくともユールフォルス人には有効な手ということだ。
キリはそんなことは知る由もないが、それでもじっくりジワジワ追い詰め、できる限りの情報を得ようと画策していた。
そのためなら少しぐらい待ってもどうということはない。
欲しいものはかならず手に入れる。
そうやって生きてきた。これが人生だ。
焦ることもない。
ーーのだが、
一陣の風が走る。
キリの手下2人をかすめ、そのまま穴の下へと落とす疾風。
タバコを揉み消しキリは辺りを見渡す。
薄暗いフロアに目を凝らしながら髪をかきあげた。
場の空気が変わった。それを瞬時に嗅ぎとる。
自分が漂わせた殺伐とした流れがナニモノかにかき消されていく。
キリの嫌いな空気だ。
「なんだ?」
いくら見てもキョロキョロする手下達がいるだけ。
隠れる物陰さえない。
それでもまた風が吹いて血も噴く。
手下がまた1人倒れた。
「なにがいる?」
苛立ちの色は隠せないキリ。
「ま、まさか……アレを……黒影を……!」
穴の下で大司教のしわがれた声がした。
「クロカゲ……?」
「くっくっくっ……。グリッスル王子、感謝致しますぞ。
下等種共よ、黒影をこの場に投入されたということは貴様らの全滅は確定した!」
今度は自信満々の張りのある声だ。
同じ奴とは思えないぐらい力に満ちている。
そして大司教が生気を取り戻す間にも3人程血を噴いて倒れた。
「黒影は我らが誇る生体改造人種よ。文字通りその身をロザリー教、神々に捧げた人体兵器だっ」
で、また1人吹き飛んだ。
「……黒影……てか、ろざりぃキョウってなんだよ」
フロアに睨みを利かすキリ。その黒影の姿は見えない。が、
「カルトな宗教団体かお前ら? まあなんでもいい。
あとな、……影はそもそも黒い」
カチリと音がした刹那、フロアの床の一部が爆砕して砂埃と黒煙を上げた。
ポッカリと大穴。
「お前ら無知だな。神だのなんだの言ってるがこの街の悪を知らねえんだな」
また爆発。
2箇所、穴が空いて床面が粉々に砕け落ちていく。
不運にも手下が巻き込まれて一緒に沈んだ。
キリは大胆にもフロアの真ん中で両手を広げ天井を仰ぐ。無防備。
いつでも来い、という挑発。
傍らで手下がまた吹き飛んだ。
直後、また3箇所爆発。穴と穴が繋がり煙が充満し始める。
床面の3分の2は崩れている。視界も悪い。
煙が一瞬だけ揺らめいた。
「俺は、街賊だ」
爆破。一気に残ったフロアが崩れていく様はある種の爽快感を描きつつも地獄のような光景だ。
まさに地獄を味あわせる。ここに地獄を創造する。
キリは煙をかき分けるように走り出しさらに、
「はい、おつかれ」
フロアすべて吹き飛んだ。
辺一面を黒煙が覆い呼吸するのもままならない程の濃度で拡大していく。
何もかも消し飛ばした。
キリの軽やかな合図だけで。
ユールフォルス・ロザリー教徒達も逃げ遅れたキリの手下達も。
そしてビル自体にも大きなヒビが入りガラガラと崩れ傾く。
そんな光景を背にしてキリは愛用の黒い鉄の塊に跨った。重低音のエンジンが唸る。
「この街の悪はこの程度……序の口だ」
振り返ることなく呟き前を睨んだ。
そう、地獄はこの程度のことじゃない。
これはエンターテインメント。
ここは業火が心地よいアミューズメントパーク。
次は、次の一手はもう決まっている。
「相手は宗教団体。それがわかっただけでも前進だ」
キリはまたタバコに火をつけバイクに跨り颯爽と駆け出す。
まだまだ足りない、まだ足りない。
塗りつぶす、焼き尽くす。
すべて自分の思い通りに。




