054/王達の戯れ
――そうだ。王だ。
一度警護と称する雑用パシリ任務に就いた時に全身で感じたオーラとプレッシャーを今も感じている。
ヤバイヤバイヤバイ。すべての細胞が叫んでいる。
溺れている時に丸太にでも掴まり安心しているのに、心の奥底では危険を感じて警鐘を鳴らしまくっているような。
「時期尚早ってやつだな~」
王はゆっくりと歩みを進めながら頭を搔く。
その動きと口調に威厳はない。
グランルード王――ライドンと呼ばれるグランルードの、いや多元界の頂点。
歴代王の中でも一番、群を抜いて王の威厳がないという評は正しい。
レイジも改めて思う。
なんせ……Tシャツに短パンだ。
金色の短い髪は洗っていないのかベトついて自然と寝癖のようになっている。
改めてレイジはその王の姿を見てハッとする。
ほぼ見た目が……ヒコだ。多少の違いはあるが年齢さえ同年代に見える。親子というよりも兄弟だ。
似ている……。あえて似せているのか。ほんとにこの姿なのか。
まあ、グランルード人の寿命は300歳から500歳ぐらい。
中には1000年生きるような長生きな個体もいるが……、総じて数百年はほとんど見た目が変わらない。老化しないとも言える。
あえて、威厳を持たせるために老いた姿に変化させる者はいるが。
だからこの王、ライドンもその歳は200歳ほどのはずだが若々しい見た目なのだろう。
アンド――
その右手には生首。
額から20センチ程の鋭い角を生やした人型の頭部を、その角をひっ掴む形でぶら下げている。
まだ首の切り口から血が滴っていた。
――なんでそんなものを……。
今まさに首根っこかっ切って持ってきたよね?
と、レイジは内心思うが、もちろん口にはしない。
どんな反応が返ってきて、次に首を撥ねられるのが自分になりかねない。
「あっ持ってきちまったか。まあいい。あとで戻しとこう。なんならお前……これ、いる?」
まいった。そんなことを聞かれるとは。
レイジの背中を汗が伝う。というのはニンゲン的表現だ。
実際は汗なんか出ていないが、それぐらいレイジは緊迫している。
「これアーネスリヴァーダでも割と暴れん坊の……なんだっけな。
あー鬼とか呼ばれてる種なんだけどな。突っかかってくるから首撥ねちゃったよ。手刀で。ははっ」
グランルード王・ライドンは軽く言うが、レイジはまったく笑えない。
――しかし……行方不明となっている王がこうして現れたとなったら、連盟をはじめ、多元界、そしてグランルードも騒がしくなるだろう。
もっともグランルードの次期王座争いは沈静化するだろうけど。
「は? あぁ……。俺はまたアーネスリヴァーダに戻る。
それに今結界を張ってるからな。俺がここに現れたことはバレちゃいない。つまり……お前しか知らないってことだ」
ライドン王の言葉にレイジは息を飲む。
思考を読んだ? 頭で思ったことが筒抜けだ。
「読んでない。感じてるだけだ。まあその精度が高いから読んでるのと変わらないけどな」
また軽く言う。耳の穴搔いてるし。
それがほんとに耳の穴かも定かじゃないのに。
「だいたいココにきたのはたまたまだ。ミコのポータルが突如開いたからな。しかも不安定ときた」
つまり行方不明だったライドン王はアーネスリヴァーダにいたということ。
そんな魔界と呼ばれる場所に。
グランルードと対極に位置するようなところに。
「……どうせだったらこっちから攻めてとっとと滅ぼしてやろうかなと思ってな」
と言って高らかに笑うライドン。
悪党だ。悪魔だ。こっちが魔物だ。
だいたい王自らやるようなことじゃない。
「誰にも言うなよ~。言ったら跡形もなく消してやるからな」
また軽やかに脅し。
言葉通り一瞬で跡形もなくなりそうだ。
「い、言いません」
「……堅いな~。まあいい。そろそろポータルが消えそうだ」
「ほ、ほんとに戻られるのですか? そこは危険では?」
「ん? ……ああ、超危険。魔界だとか地獄だとか呼ばれてるのはマジだったんだな~。まあ、俺ぐらいになると余裕だけどな」
「そんなところでなにを?」
「え? だから言っただろ。滅ぼしてやろうかなって」
「それは真ですか?」
「……お堅いのに無謀だな。俺を疑うのか?」
ピリリと空気が張り詰めた。
雰囲気が軽いのでつい口走った。不味い。と、レイジは頭を下げて目を閉じる。
「ビビらなくていい。そうやって真実を掴もうとするのは悪いことじゃない。だが……いまは忘れろ」
声色が変わった。少し低くズシンとくるような。
レイジはただ黙って頷く。
「……陛下……。いまグランルードの次期王座を巡って争いが始まっています」
「んー、だろうな。グランルードの王に就くにはその戦争に勝たなきゃいけないしな。それがグランルード王家の習わしだ」
「しかし陛下は存命。ここに存在しています」
「ああ」
「王座を譲るのですか?」
レイジの問にライドンは少し眉根を寄せて空を仰ぐ。
「俺は元々王座に興味はない。王になんてなりたいとも思ってなかった」
「……ではなぜ?」
「俺が一番優秀だった。それだけだ」
一点の曇りなく簡潔な返答。
グランルード王座に就くためには他の候補者を打ち倒した者というのはライドンの言う通り脈々と繰り返されてきた習わしであり、王を決する唯一の方法だ。
ライドンが王である以上、一番優れていて強いというのが事実。
「……ではもし誰かが次期王座を決した場合は?」
「そいつが為ればいいんじゃね?」
「……それが誰であろうと……?」
恐る恐る尋ねるレイジ。
紫に光る渦が小さくなり始めている。
ポータルが閉じてきている。
その渦の中に入ろうと歩き出しながら、ライドンはニヤリと笑ってレイジに振り返る。
「……面白い問いだな。お前の考えてることは感じ取るまでもなくわかる。だが……アイツは俺と同じで王になんてなる気はないだろう」
アイツ。明言しない。
「……一番……優秀だったら……という話です」
「……ははっ。優秀に決まってるだろ」
そう言って渦の中に消える。
そのまま縮小し、最後にバチンと光が弾けてなんでもない校庭と通りの風景が戻る。
その先にはミコが倒れていた。気を失っている。
――アイツとは誰を指すのか。ひょっとしたらこのミコかも知れないなと思いながら、レイジはそっとミコを抱えた。
「……なるほど。優秀なのか」
振り返り、
「おい。スレッジハンマーズ。お前らの負けだ。どうする?」
声を張り上げる。
「仕方ねえ。初めての負けだが……。いいぜ。俺らはセディショナリーズに付く」
そう言うだろうと思った。
シンプルな脳みそだ。
より強い奴に付き従うのが道理。
レイジは面倒くさそうにしながらもスレッジハンマーズを見渡す。
たしかに武闘派。強かった。
この世界のニンゲンに本気を出さないといけないとは想定してなかった。
侮れない相手。
これがさらに集団として膨れ上がりあらゆるチカラを持てばかなり厄介だ。
だからこそ、それをまとめるニンゲンは……ヒコでいい。
その存在自体最たる厄介者ではあるが、ライドン王が存命しその所在が明らかになった今、ヒコを推すのも悪くはない。
ってことで、ヒコ=セディショナリーズにチカラを持ってもらう方がいい。
『班長~! ヒコが来ました~! ホテル前に~』
クランベリーからの通信。
その声は甲高く、でもどこか楽しそうだ。
「……ああ、やっぱめんどくせえな……」
気を失ってるミコの顔を見る。
なんだか……幸せそうだ。
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「よお、ヒコ。遅かったじゃねえか。
まあでも丁度お前の旗吹き飛ばすとこだ。間に合ったな」
ホテルヘブン前でバイクに跨ったままタバコの煙を吐き出しキリが笑う。
周りにはキリの手下であるスナッファーが不敵に構えている。
さっきまでのスレッジハンマーズのマッチョ軍団とは異なる威圧感。
落ち着き払った佇まいだが殺気は明らかに遥か上。濃厚。
不用意に飛び込めば一瞬でバラバラにされそうな空気感。
「ふはは。キリちゃん相変わらず悪党だねー。でもいいよ旗ぐらい。別にまだいくつもあるし」
「ズレてホテル吹き飛ばしちまうかもしれねえけどな」
「いいよいいよー。修繕費請求するけど」
とか言いながらなんの躊躇もなくスナッファー達の中心へ。そしてキリに近づいていくヒコ。
「それ以上動くな」
日本刀が突きつけられる。
キリの手下が睨みながら刀を構えていた。
「……誰だお前。引っ込んでろ」
目の前の日本刀を片手で掴んでそのまま刀ごと手下を転がすヒコ。放つ空気が変わる。
殺気には殺気で。それもさらに濃密なもので。
「旗飛ばすなら一発で決めてね。外したらここにいる全員ヤルから」
にこやかに脅すヒコ。いや脅しじゃない。本気だ。
ピリピリと肌を刺すような緊張が周囲に漂う。
スナッファーのメンバーは修羅場を何度もくぐり抜けた百戦錬磨、
この街でもトップクラスの街賊。
それでもヒコが放つ独特の空気に当てられると脚が動かない。
その雰囲気を察してキリがくわえタバコで前へ。
「やっぱヒコ……。お前いいなぁ~。殺すには惜しい。俺につけばいいのによ……。
まあいい、今日は挨拶代わりだ。最近元気に動き回ってるみたいだからよ。
たまには旧友の顔でも見とこうかってな」
「それは嬉しいなー。キリちゃんが俺を気にかけてくれてたなんて!」
これは皮肉じゃない。この状況ならそう聞こえそうだが、ヒコにとっては素直な言葉だ。
また、ズレる。
「だがまあ……そのうちここは貰う。もらうってのもおかしいか。
元々は俺のもんだ。返してもらう」
「ええ? キリちゃんだけのもんじゃないよ。俺のもんでもあるよー」
ヒコの言葉にキリは答えない。
そこで電話がなる。
取ったのは……虎。スレッジハンマーズ。
「……ん? ああーキュウタ君。……え? ……ほんとに? ……わかった」
短いやり取り。
電話を切って、
「どうやら俺らはセディショナリーズに負けたらしい。で、付くことにした」
またこれも短い言葉。簡潔。だけど、
「は? 何言って……」
さすがにキリも面食らう。
「だからー俺らはセディショナリーズに負けたからこれからは下に付くってこと」
筋肉理論を展開。
まあ、街賊もより強い奴に付くのは普通。
「ってことで……よろしくっす! ヒコくん! マイビッグボス!」
満面の笑み。そんなキャラだったか? と思う程に爽やか。
「オッケー」
ヒコも軽やかに応答。
「そんじゃあ……一緒にコイツら蹴散らそうか!? 暴れてないんでなんだか気持ち悪いんだー」
トラが肩を回してやる気満々だ。
スナッファーがさらに身構えた。
とそこにさらに、電話。次はキリだ。
「どうした?」
一言ダルそうに吐いてから無言で聞いている。
その間、ヒコと虎は筋肉すごいねーとか昔ここエグられてさーとか話してる。笑い声も。
「予定変更だ! お前ら戻るぞ」
険しい顔のキリが怒鳴った。
スナッファー達はいっしゅん戸惑いの目を見せるがすぐに動く。
「え? え? なになに? なんかあったの?」
「……おいヒコ。あんま調子乗るなよ。お前は所詮……俺の駒だ」
ヒコの笑顔。キリの睨み顔。交錯。
風のように立ち去っていくスナッファー。
まだ遺恨だけを残して。
「班長~。なんか特になにも起きずにスナッファー達帰って行きますよー」
『なんで残念そうなんだよ、めんどくせえな』
「え? いや……そんなことは。ただ危険度マックスな状況かなーって思ってたんで」
『よかったじゃねえか。何もなくて。どうせ今はその時じゃないってことだろ』
そう。キリが言うように挨拶がわり。今は戦争を本格化させる時じゃないだけ。
だけど間違いなく勢力の均衡が揺らいできている。
わざわざキリがこうして動くということはそうゆうことだろう。
レイジはそう考えてため息。
『班長。さらに問題発生です』
幸せそうに眠るミコの傍らに座り込んでレイジは無言で通信を聞いている。
『ユールフォルス・ロザリー教徒が約100名程の規模で動いてます。
すでに201人ほどのフラットランド人を拉致している模様。明らかにランド運用法違反です』
聞きながらレイジは目を閉じてまた深くため息。
ランド運用法違反
――要は多元界がこのフラットランド――八華の街で活動していくために定められた法律。
それに対する違法不法行為を取り締まるのが犯罪対策本部だ。つまり自分達。
これは次のお仕事というやつだ。
「ロザリー教徒か……まためんどくせえな……」
そうつぶやくとレイジはまたため息だ。




