053/紫渦の目覚め
「ちょちょ待ってくださいって! なんか誤解があります!」
手をバタバタさせてミコは泣き声混じりに訴える。
もうヒコの姿はどこにもない。
なんて奴だ。アレでほんとに兄か? と血も涙もない仕打ちに怒りを覚えるが、今はそれを言ってる場合でもない。
迫る危機。
目の前のマッチョ軍団が敵意剥き出しでミコを見ている。
そのボスであるキュウタが首をコキコキと鳴らした。
「拳で決めるだけだ!」
シンプル。
至って単純明快だが、その単純さがミコにとっては困る。
人なんて殴ったこともないし。あっ本気のケンカでという意味で。
そう言えばヒコのことはよくどついている。
あれはノリだ。これはもはや生き死にに関わる。
だから震えるミコ。
手のひらから薄い紫の光が小さくスパークしている。
――抑えられていない。心が嵐の中の小舟のように揺さぶられて制御できない。
「おら! いくぞ!」
と一声出してキュウタは全開パワーでミコに掴みかかる。
掴まれたらそのままポキッと折られそうな力の差。
とっさに出したミコの手から光。
バチンと弾けてキュウタを退けた。
何が起こったかわからないが、スレッジハンマーズのメンバーにはキュウタの全力攻撃を防いだように見えた。
「痛えな……不思議な攻撃だ。やはり……デキるな……」
勝手に盛り上がるキュウタ。
強者と対峙するのが大好きだ。少年ジャンプキャラか?
「それなら!」
と太い腕をぶん回してパンチ。
腕で防ごうとしたミコだが、食らって思いっきり吹っ飛ぶ。
仰向けに転がり涙。
「だ、だから話聞いてよ!」
「拳こそが俺達の語らいだ!」
――なんの世界観だ。そんな語らいしたことないしいらないし。
勘弁して……。と、力なく立ち上がろうとしているミコにキュウタの蹴りが入る。
また吹き飛ぶ。
もう制服は砂まみれ。髪も乱れて涙で薄いメイクも落ちる。
奥歯を噛み締め、この理不尽な状況に怒り。
「……なんなのよ!」
と怒鳴ったところでまたスパーク。今度はハッキリとした光。
キュウタが不意をつかれて横に3メートル程吹っ飛んだ。
屈強なボディだ。倒れるまではいかないがダメージは確かなもの。
「なんて攻撃だ……久しぶりだぞ……」
とか言って嬉しそう。マゾなの?
ザワつきだすスレッジハンマーズ。
「しかし……甘いな」
と、キュウタが言ったところでミコはもう髪の毛を掴まれていた。
そのまま地面に叩きつけられる。
今度はうつ伏せ。
さらにそこにキュウタの蹴りが入り、弱ったところを抱え込みミコを投げ飛ばした。
軽々と飛んでいくミコ。地面に落ちる寸前で砂煙が上がる。
「あ?」
目を見開くキュウタ。
「誰だ? お前」
そこにはミコを抱き抱えて片膝をつく男。
レイジがいた。
多元界連盟犯罪対策本部特務班班長。
ナアド人。その高い身体能力で到着。ミコを救い出す。
「……ああ~通りすがりの……」
「うるせえ! 邪魔をするな」
キュウタががなる。
レイジは口を噤んだがミコに目をやると、薄ら紫色のオーラが不規則に渦巻いている。
「マズイな……不安定だ」
多元界連盟に身を置き数々の犯罪や争い、諸問題を扱ってきたレイジだ。
このミコの不安定な状況も一目で危険だと察する。
グランルード王族のチカラが制御不能。
いくらまだ微小だとは言えかなりヤバい。
「……あ、あの……誰?」
「あっ……ええっと……ヒコの……ツレだ」
咄嗟に出た嘘。
だいたいこんなところに連盟の指示もなく躍り出ていることが問題。
また始末書か……とため息。
「え? じゃあヒコの代わりに助けにきてくれたってこと?」
と、ミコの目に生気が戻る。
「あ……ああ」
嘘ではあるがまったくの嘘ではない。
ヒコはレイジが遠巻きに監視していることを知っていた。
いよいよ危険なことになれば介入するだろうことも見越していた。
だからこそミコを置いて離れるなんてことを平然とやれる。
その通りになってしまっていることに些か苛立つが仕方ない。
こんなところでミコを殺されるわけにも、ましてやチカラが暴走してしまうわけにもいかない。
「いいところなんだ。邪魔をするな」
「お前らこそ邪魔をするな。こっちは忙しいんだ」
キュウタの怒りを軽くいなすレイジ。
「そうか。よし、お前ら。コイツ好きにしていいぞ」
キュウタの一声で沸き立つマッチョ軍団。
一気に殺気が増す。
「ぇぇぇ……」
ミコはか弱く震える。紫のスパークは手から腕へ、そして肩へと登る。
「落ち着け。お前の……あぁ……マズイな、めんどくせ。ミコ様の……そのチカラの源泉は……」
「ミコ様?」
「いや今はそこはいいから。めんどくせえし。とにかく! ここは俺が何とかするから離れてろ」
「離れてろって……どこに?」
「なるほど。強いな」
満面の笑みを浮かべるキュウタがレイジを凝視する。
「いいだろう! お前を倒さないとそこのオンナとやり合えないなら倒すまでだ!」
いちいち声がデカい。
「今だ。……ミコ様。走れ。抜け出せ」
レイジの言葉に弾かれたように駆け出すミコ。
早く逃げないと。
――でも何処に? もうどこでもいい。安全なところへ早く。
安全な場所なんてあるのか?
自分が何も安全な存在じゃないのに。
自分自身が危険な存在なのに。
この世界に歓迎されてはいけないものなのに。
王族? なんの? どこの?
自分はただの女子高生でいたいし春からは芸大生でいたい。ただそれだけなのに。
嫌だ。
血が憎い。
ミコはそう思いながら走ってきた方を振り返る。
チカラ? どうせチカラを得るならそんな全てをぶっ壊すようなものがいいな。
そしたら新しく創れるのに。
ふとそう思って手をかざす。試し。
そう、ただの気分。
手のひらが紫に光る。バチバチと音を立てている。
こんなもの……。と、放ってみる。
光はミコの手を離れ見る見る大きくなりながら高速で回転し前方へと飛んでいく。
アスファルトを削りまだ進む。いや、加速している。
それにいまはミコの暴走が気がかり。
『班長。聞こえますか? 危険です。グランルード王女ミコ様のチカラが不安定かつ上昇してます。
これは……ポータル創造時に近い……』
突如レイジに本部から通信。
確かにさっきから嫌な気分というか空気が変容している。
と、突然校庭の半分が濃い紫の荊に包まれ渦を巻く。稲妻のようにスパークしながら。
思わず膝をつくレイジ。
マッチョ達もその場で蹲る。
なんだなんだとザワつく。
『ポ、ポータルが……』
「開いたのか!?」
『ミコ様固有のポータ』
ズドンと音を立てて煙があがる。渦も大きく速くなっている。
『班長! 非常に不味いです!』
「なんだ?」
『アーネスリヴァーダと繋がります!』
――やはり。と、レイジは舌打ち。
ここ最近、いや、今までで一番面倒な状況かもしれない。
これがミコの暴走によるものなら安定させないと、とミコに視線を移す。
学校の前の通りで蹲りつつもこちらを睨んでいる。
怒りなのか、憤りなのか。
いや、あれは憎しみ。
この理不尽な日に対してか、目まぐるしく変化する毎日と流されてしまう状況にか?
グランルードにか、ヒコにか、街賊にか、多元界にか、そのすべてにか。
「それを考えても仕方ないな……。
ミコ様のチカラの源泉は憎悪だ。それは変わらない……そして……」
遂にミコの固有のポータル能力まで発動するに至った。それがいまの事実だ。
固有のポータル。
アーネスリヴァーダと繋することのできる唯一無二のポータル創造。
グランルードが、多元界が最も危惧するソレ。
魔界と呼ばれる世界、アーネスリヴァーダに通じる門を開く。
「……クソっ。予想よりも早かったな……」
予想なんてその言葉通りただの予想。確定じゃない。なんの安全にもならない。
わかっていても手を打つ時間はあると思いたかった。
アーネスリヴァーダへのポータルが繋がればもはや取り返しのつかない災厄……戦争になる。
アーネスリヴァーダの者達と。
『班長!』
「……なんだよ」
『議長が何としても止めろと』
「どうやってだよ……めんどくせえ」
と言いながら真っ直ぐミコを見据える。
ミコまでの距離、だいたい30メートル。
一気に詰め寄り首でも掻っ切るか。
いや、グランルード人だ。
どこが急所か定かじゃない。
それでもこのポータルの発動ぐらいは止まるか、やるしかない。
「うーん……確実に俺、死刑だな……」
そうゆうこと。
例え暴走していようがグランルード人、特に王族に手を出すことは重罪だ。それも最大級の。
処刑されることを意味する。それを覚悟するレイジ。
面倒くさいと言いながら結局一番面倒な道を選択することになる。
「あっでもこれ議長の命令とも言えるな。何としても止めろって言ってんだから」
とか呟きながら少し笑う。
まあ世界を護れるならなんだっていい。
レイジの中にはそれしかない。
面倒だろうがなんだろうが世界を護る。それが使命。
探して本気で命をかけることができる。
呼吸を整え構えた。
一気にやる。
踏み出そうとした時、
「焦るなよ」
声が響く。誰だ? 何だ? どこから?
目を凝らすレイジ。
渦巻く紫の嵐から人影。
周りの砂煙をかき消す。
後光が射しているような感じ。圧もすごい。
「……一体……」
と、言いながらもレイジは悟っている。
これが誰か。何者か。
「心配するな。このポータルは一時的なものだ。すぐ消える」
抑揚のない語り口。だけどその声色は人を無条件に安堵させ引き込む。
「グランルード王……」




