052/ズレたまんまイッタ
「あーー、ちょっとズレてますねー、右に……10度ぐらい」
「ええ? 別にいいだろそんぐらい。大差ねえって」
ホテル・ヘブン。
押し寄せる不穏。
舞台はまた現在に戻る。
「……ズレはよくねえ」
一時の思い出や昔話を彼方に追いやるようにタバコを踏み消しながら髪をかきあげる男。
鋭い目つきでホテルヘブンを睨む。
キリだ。かつてはここを拠点にしていたこともあった。
だけど懐かしむような眼差しじゃあない。
今すぐにでも粉々にしたいぐらいの炎を宿している目。
その視線が向かう先にはホテルヘブンに掲げられた髑髏印の旗。黒地に赤の髑髏がはためいている。
それはここがセディショナリーズの拠点だとあからさまな程示すのと同時に、いま戦争中だということを伝えていた。
「よく狙え。ズレを修正しろ。綺麗にあの旗をぶっ飛ばせよ」
ぶっきらぼうに言うキリ。
いま、キリが率いるスナッファーがセディショナリーズの旗をランチャーで狙っているところだ。
小型ではあるが立派なロケットランチャーである。
潤沢な資金を持つスナッファーならではのやり方だ。
平然と石ころでも投げるように兵器をぶっ放す。
恐れの対象。
超極悪。最高警戒対象である特S級に指定されるスナッファー。テロリストと同等だ。
「なんだまったくお前らは。相変わらず飛び道具とはな! だからお前らは貧弱な奴ばっかなんだな、ははは!」
腕と首筋にゼブラ柄のようなタトゥーが入った男が笑う。それ程大きくはないが均整のとれた綺麗な筋肉がついている。
これが、虎徹。通称、トラだ。
ゼブラ柄に見えるのは虎柄だけど使っている色が黒しかないのでそう見える。本人はまったく気にしていない。
「シマウマの筋肉バカがなんか言ってるよ」
とかスナッファーの連中は言いながら取り合わない。
こんなのと同盟組んで……とかも思わない。
利用価値があるならそうするだけだ。
キリの考えややり方はスナッファーに浸透している。
バカの筋肉は使いようだ。
「さて……ちゃんと狙いはつけたか?」
またタバコに火をつけて気だるそうにキリは言う。
バッチリでーす! と元気のいい返答。
ちょっと不満げに目だけでそれに返すキリ。
「まだ撃たなくていいからな。待機しとけ」
そんな1発で何かが始まるわけでも終わる訳でもない。
そうだ。始まらないしだから終わりもしない。
どうせ世界はまだ同じように退屈なままだし霧も晴れない。
その途中。存分に楽しむだけだ。
そう思いながらキリは目を閉じる。
そんな、ホテルヘブン周辺の様子をビルの屋上で眺める影。
そんなところから遠巻きに伺うような者はそう多くはない。
ってことで、多元界の存在。
多元界連盟犯罪対策本部特務班・レイジとクランベリー。
「……お前なんで俺に引っ付いてるんだ? 他にやることあるだろ」
「何言ってんですか! 班長。ここが今1番危険度が高いところですよ!」
「危険度……ねえ。なんの危険度だ? ここには街賊……この街のニンゲンしかいねえぞ。多元界の犯罪なんて起きねえよ」
「だったらなんで班長はここにいるんですかー?」
「書類仕事が面倒だったから抜けてきただけだ」
レイジの言ってることは半分本当。
書類仕事はいつも理由をつけて避ける。
もう半分は、ヒコだ。
グランルード王の落とし子がまた良からぬ事を考えて混乱を生み出そうとしている。
特務班としては目を離せない。
しかも今このホテルヘブンには、ユールフォルスの少数民族で構成されているラストリゾートがいる。
「なんか面倒な流れになってきてるな……」
というのがレイジの所感。
しかし当のヒコは現在アオゾラ町の高校で別の街賊グループ・スレッジハンマーズに追われている。
これはこれで問題だ。そこにグランルード王女であるミコも一緒だから。
「こっちよりもあっちが問題かもしんねえな、とは言っても動かせる面子もいま限られてる……」
「班長、めんどくさいとか言いながら仕事熱心ですよねーーっ尊敬します!」
「うるせえよクランベリー。スムージー飲みながら言うことじゃねえぞ」
なにをしでかすかわからないクランベリーがいるのもゲンナリ。だから、
「ここに何人か寄こすからそれまでお前は見張ってろ。いいか、見張ってろよ。何があっても手出すな」
「了解です! 任せてくださーい! 班長は?」
「……より問題な方に向かう……」
元気よく応えるクランベリーを睨みながらレイジはため息。
その頃、より大きな問題であると思われる方。
つまりは、ヒコとミコがいる場所。
卒業式と並行して勝手に行われる街賊の戦争。
その舞台。
高校の校庭に移っていた。
「ちょっとまって、ズレた」
「は? なにがよ!?」
「いや……チンコの位置が右にちょっとズレてきもち悪いから……」
「はああ!? いまそれ? ヒコわかってんの! いま思いっきり囲まれてるんですけどーー!」
校庭で50人程の筋肉質の男達に囲まれるヒコとミコ。
グルっと円形に囲まれ逃げ場はない。
「だいたいなんで校庭にでたのよ!」
「いやー一番近道かなって」
とかヒコとミコがワーワー言い合ってるところに歩み出る褐色の金髪。
「おーおーおー! 俺はスレッジハンマーズの頭、キュウタだ!」
心なし胸を張る。
「うーわ。キュウタって自分で言ったよ。アイツ。やっぱアイツら感覚ズレてんな~」
「いや、ズレ……なんでよ?」
「キュウタって……ダサくない? ぶふっ」
「アンタのツボわかんないわ……」
「何を、コソコソ喋ってんだ! オラ! 俺と勝負しろ!」
怒鳴りあげるキュウタ。
ヒコも歩み出る。
「しょうがねえな、秒で黙らせるか。ま、全員相手するより頭一個潰す方が楽だしな」
「お前じゃない! 引っ込んでろ。これは頭同士の決闘だ」
キュウタが筋肉をヒクヒクさせながら怒鳴った。
ヒコは停止。
――は? なんで? なんで引っ込んでろって言われた? 頭同士なんだろ? と不思議そうに。
「そこのお前。そうだ、お前だ。出ろ」
キュウタは明らかにミコを指さしている。一点の曇りなく真っ直ぐに。
「え? え? あ? え? あた、あたし? なんで? え?」
そして戸惑いMAXの状態でミコはヒコを見てキュウタを見てまたヒコを見る。
ヒコは両手を広げて《わからな~い》といったジェスチャー。
「さあ! 存分にやり合うぞ!」
いちいち声がデカいキュウタ。それに気圧されてミコは半歩後ずさった。
「……てかさーお前そんな図体して女子高生とやり合うの? え? やり合うってまさかイヤらしい方の意味か?」
呆れ顔でヒコが言うとキュウタは顔を真っ赤にする。まあ元々赤黒いので変化はあまりない。
「何を言ってる! そんなわけないたろ!! 俺は頭同士で決闘を」
「頭同士って……だからその頭は俺で」
「騙されんぞ! セディショナリーズは卑怯な手も平気で使うからな! 頭はお前と見せかけてそこのオンナが本当の」
「卑怯な手? てか勝つためならどんな手でも使うってだけでだなー」
「うるさい!」
「うるさいって……お前が言ったんだろうが。名誉毀損だぞ。訴えんぞ。なんなら法定闘争にはいるか?」
「め、めーよき……ああ! そうやってまた騙そうと」
「だから騙してねえし」
「ちょちょちょヒコ。そこはいいから私がボスじゃないってことちゃんと否定して」
ヒコとキュウタのやり取りに割って入るミコの顔色はまた悪い。密かに指先がスパークしてるけど。
「……まあそのなんだ。このオンナはボスじゃあないけど強いよ。お前よりは」
タバコに火をつけながらヒコが軽やかに言う。
「ななななな! なにを! 強くないって! ヒコーー!」
悲壮な叫びだ。
ジリジリとスレッジハンマーズがその包囲網を狭めている。人も増えている。
「ははっ。何を言うかと思ったら。俺より強い奴なんているわけないだろう」
「だったら試したら?」
もはやミコは涙目。
「ワリーな。ミコ。お前のチカラの見せ所だ。大丈夫、今のお前は不完全だからコイツ相手ぐらいがちょうどい」
言ってる途中でヒコの顔面にミコの平手が入る。スパーク付き。思いのほか吹き飛ぶ、演技をするヒコ。
「……やはりお前が頭だな……」
ニヤリと笑うキュウタ。
ヒコは大袈裟に倒れ込みながらキュウタ――スレッジハンマーズの考えてることを読む。
――なるほど。さすがは脳みそまで筋肉と揶揄されるだけのことはある。
チカラ、武がすべて。筋肉の強さがすべての集団。
ヒコとミコの兄妹の日常でもあるヒコのボケや適当具合に全力で突っ込むミコ。その様がチカラ関係に見えているのだろう。
だったらそれを利用する。使える手はどんな手でも使うのが信条。
「じゃ、ボス。後は頼んだ」
そう言うなりダッシュするヒコ。
一瞬の隙をついてスレッジハンマーズの筋肉の囲いを突破する。
頭上を飛び越えて。まさかの跳躍力。
グランルードの血のチカラを使えば訳ない。まあスレッジハンマーズにはそれはわからないことだけど。
だから、
「な、なんだアイツ……すげえぞ……」
「あ、アレよりあの女子高生の方が強いのか……」
ということになる。
「ふはは! 相手にとって不足なし!!」
豪快な咆哮。キュウタは全身に熱をこめる。
「さあ! 始めようか!」
ミコは白目を剥いていた




