051/思い出は黒く塗り潰されている▶2
「貴様が……王の……落とし子か」
とか仰々しく、時にサラリーマン風の姿で、時に僧侶の格好で、時にB-BOY気取りで、時に警官に扮して……その実態であるユールフォルス人をはじめとした多元界人がヒコの前に敵意剥き出しで現れるが、
その度に
「はっ? だったらなんだよ」
と小馬鹿にしながらヒコは撃退していく。
まさに屍が累々と積み重なっていくような感じ。
それをキリは傍で眺めながら、変化を感じていた。
それはヒコであり街の空気であり勢力図であり未来であり、キリ自身のもの。
ピリつくような指先を少し弾いて握りこぶしを作る。
今日もヒコは囲まれていた。
白ずくめの者達だ。いつもより数が多い。
それを傍目にキリは少しばかり口元を緩めて変わりゆく空気を思いっきり吸い込む。
「よおーヒコ。どうしたー? なんだコイツら? 宗教の勧誘かー?」
キリがいつものように髪をかきあげてヒコの下へと。
偶然出くわした雰囲気を出しながら。
「キリちゃん。これは……アレだよ、ほら、アレ」
「ああ~アレか。アレな。おぅ。ぜんっぜんわかんねえよ」
そんな会話なのかなんなのかよくわからないやり取りをしている2人に詰め寄っていく白ずくめのユールフォルス人・ロザリー教徒達。
「ニンゲン……愚かな」
何か言おうとした1人に飛びかかるヒコ。
あとは乱闘だ。ひたすら続く暴力。
元々身体能力の高いヒコにはグランルードの血も幾分か覚醒している。
その勢いは留まらない。
そう、止めるモノはなにもないのだ。
そしてそこにあるのは血だらけで転がる20人ほどの ロザリー教徒とその真ん中に立つヒコ。
息は荒く、返り血を浴びて鬼気迫る佇まい。
それでももちろんヒコの怒りや憎しみが収まるわけはない。
敵はもっと先にいる。
だから奪い尽くすだけだ。
ヒコの尋常じゃない姿を遠巻きに見ながらキリはニヤリ。
――思った以上に凄い。
素晴らしいと言える。賞賛に値する。
これが変化。求めていた変化だ。
キリは心底歓喜。
「おぉーヒコ。お前やっぱ最高に狂ってるな」
相手が何者かなんて知らないしましてや多元界なんて知らないが、キリはただただヒコの怒り狂った暴力に感嘆しそして賞賛。
その先にあるのはもっとずっとこれをみていたいという渇望。
そうだ。これが、これこそがこの街に、世界に必要なものだ。
キリは初めて心底沸き立つ心の揺れを感じた。
何をしていても、例えギリギリの状況でどれほど高価なモノを強奪しても、焼け付くような相手と対峙して命のやり取りしても感じなかった興奮。
また自然と口元が緩む。
「ヒコ……お前の強さは知ってたが……最高だな。強いだけじゃねえ。お前から溢れ出るようなその憎悪……マジで最高だ」
称える。心からの言葉をヒコに贈るキリ。
言われたヒコはキリが何に喜んでるのかわからなかった。
キリがいつも言ってたことだ。
気に入らない奴はぶちのめせ。それだけのこと。
それでもキリは満足そうだ。
この街を純粋な悪で満たす。
悪で染め上げる。
憎悪。それこそがチカラだ。
このチカラは何よりも純粋だ。
なんの対価も求めず、何にも委ねず媚びず、そしてすべてを無にする。
それこそがキリという男の持つ願望であり悪意の根源。
悪意のはじまりなんてものはそうたいしたものでもない。概ね、という話だけど。
15だか16歳ですでに裏社会に精通し高い悪名を誇るキリだってそうだ。
キリの生まれは八華から世界に名を轟かせる一大企業グループ"ニルヴァナ"社のトップの息子だ。
いや、正確には愛人の子、となるが。
その点、ヒコと境遇は近い。
片や王の落とし子であり片や大企業トップの愛人の子。
世界は違えどどちらも疎まれる存在。
そのへんはどの世界でも同じらしい。
ヒコと違うのはキリは生活に関しては何不自由なく暮らせていた。
大企業のトップだ。愛人家族を養うぐらいなんてことはない。それも贅沢に。
だが……公の世に出ることは許されなかった。
父との関係を明らかにすることはもちろん、何をするにも隠し事が多くなる。
まるで陽の光の下を歩けないような感覚。
もちろん実際に歩けないわけじゃない。ただの感覚だ。
だけどどこかで誰かがそれを見ているような、ただ普通に振る舞うことも憚れるような、そんな感じがずっとのしかかっている。
いくら金に困ることがなくても不本意な暮らしを強いられ心は少しずつ歪む。卑屈に落ちていく。
周囲から向けられる悪意に晒されその渦に飲み込まれていく。
だからキリは開き直る。
陽の下に出られないのなら陰を進む。
単純明快だ。
最初はお菓子の万引きから始まった。
何回か続けて店員に捕まり殴られた。
幼児の頃だ。
悪いことだと当然自覚している。
その時キリの母が言ったのは、
「あのヒトに迷惑かけないで」
だけだった。
「なにそれ?」
キリは急速に冷めた。母への愛情なんて特になかったが。
いつも自分を見ていない。
裕福な生活を続けるためにキリという子どもの存在が必要なだけ。だから迷惑をかけちゃいけない。
息を潜めて生きるのだ。
そんなことキリはできなかった。
悪事のレベルは上がる。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
「すげーなーキリちゃんは。怖くないの?」
瞳が少し金色がかった奴が隣でそう言う。ヒコだ。
怖い? 何が怖いというのか?
「だってさー、バレたりしたら捕まるよー」
「ははっ。お前バカだな。バレなきゃいいし」
「え? あーそっか」
「それにバレても捕まらねえよ。捕まえようとする奴を先にぶちのめせばいい」
と、小学生の分際で言ってのける。
大人が本気できたらひとたまりもないがキリはそんなことをものともしない。
だから怖くない。
「やっぱキリちゃんすげえ! なっアレックス!」
「にゃはは。なにがー?」
凄い存在。
確かにキリのような奴はいなかったし周りからはいつも一目置かれていた。
それがさらにキリを悪へと押し上げていく。
怖いもの知らず。
そうやってキリの周りにはどんどん人が集まってきた。
「目立つことはしないで!」
いつまで経っても母が言うことは変わらない。
そしていつしか疎遠に。
八華の南東エリアにあるビル群を見上げる日々。
そこはいくつものオフィスビルが建ち並び、周りにある店もハイブランドのモノや小洒落たショップ、カフェが並ぶ。
ランチでさえ2,000円が最低価格のような街だ。
そこに父の。その企業、ニルヴァナ本社ビルがある。
それをただ見上げる。
まあ本社とは名ばかりのビルだ。今や中枢機能は海外に移転しているし世界中に支社があるがそのどれもがこの本社より大きい。
ただここが発祥の場所というだけ。シンボル。
だから父もここにはいない。
それでもキリは見上げる。いつか見下ろすために。
すべてぶっ壊したい。その対称として見ているだけだ。
――あああ、気に入らない。
くだらない世界を作りやがって。
だから無にする。
すべて無だ。
築き上げたものなんて最初から無かったんだよ。
そう、無駄無駄無駄。
全部無駄だったと思い知れ。
生まれてから課せられた理不尽な生活、要求にいつも苛立っているんだ。
曇り空ばかりに見える。
晴らそう。晴らすんだ。
そんな時、覚醒したようなヒコの暴力を目にした。
美しい。あまりにも純粋な悪に見えた。
憎しみに彩られたチカラ。最高だ。
そうだ。憎悪だ。憎悪を燃やすんだ。憎悪で燃やすんだ。街を。
叩き壊せる。焼き尽くせる。憎悪で。
「ヒコ……お前最高だな。俺と組もうぜ」
「え? 組むも何もキリちゃん、オレら友達だろ?」
「……友達……? ああ……でもそういう意味じゃねえ。クルーを組んで面白いことしようぜ」
「クルー? おおーいいね。面白そう! アレックス! クルーだクルー」
「クルーぅ? にゃは。何の? サッカー?」
「馬鹿かお前ら。この街を悪で満たすんだよ」
そんなセリフを平然と、本気で吐くキリ。
だけどすでに悪名高いキリと、狂ったように後先もなく暴れるヒコ。そしてケンカがめちゃくちゃ強いアレックス。
なかなかにいいクルーになるだろう。
「じゃあクルー名はセディショナリーズね」
「おおーヒコちん! にゃははー英語? すげー」
「なんでもいい。名前なんてたいした意味はねえ」
名前も、中身も、見た目も、なんの意味もない。
どうせ無駄だ。
なにをやるかだ。
「俺達は躊躇なくなんでも奪う。なんでもだ。海賊……いや、街だから……街賊だ」
街族の誕生。
まあそれ以前から同じように好き放題暴れている連中は街中にいたが。
そんな小物連中は弾き飛ばせる。
なんせ質量が違う。
憎しみの。そうだ。これはもう爆発。ビッグバンだ。
世界を作り変えることに等しい。
キリは少しばかり飛びすぎた意識を戻し心を躍らせる。
そこからはもう単純明快だ。
ヒコが憎しみを滾らせ暴れる。
アレックスも自由に飛び回る。
それをキリがうまく統制していく。
三者三様だがうまく回る。
巡る巡る。街を渡る。
そうして街の色は変わっていく。
まさに染め上げていくとはよく言ったところ。
奪い、うばい、奪う。
「俺達は何も産み出さない!」
キリが半ば吠える。
傍らで少し悲しそうな顔をするヒコ。
それを横目にしながらも日に日に増えていく手下や戦利品、また勢力圏に酔いしれた。
ここから八華を包囲する。
憎しみで包囲。蹂躙だ。
キリは、
もうあのニルヴァナ社のビルを見上げることはない。あんなものはどうということはない。
そのうち瓦礫となって崩れるだけだ。
この街を悪で満たしていくんだ。
その深みに溺れる奴もいるだろう。沈めばいい。
そうだろ。そうなんだろう。ヒコ。
「俺とお前は同じだ。見ている世界が。見たい世界が」
「え? キリちゃん。どしたの? 世界? んーよくわかんねえけど違う思うよ」
――軽い。ヒコの返答が軽い。違う? なにが?
お前もこの世界を憎んでいる。
そうじゃなきゃあんな憎悪のエネルギー放つわけがない。
「キリちゃん。悪いね。確かにセカイなんてどうでもいいし叩き壊したいけど……俺とキリちゃんのは次元が違う」
――なんだろう。それは。次元?
俺のは低いという意味か?
なんだヒコ。見ている世界が違うのか?
見せてみろよ。その次元とやらを。
俺はオレは俺はそれすら叩き壊し悪に染め上げてやる。
何気ないヒコの一言がキリの心に火をつけた。
どこかその心の奥底で燻っていた火種。それを大きくしてまったんだ。
何をやっても、どれだけ悪事を働き悪名を高め誰もが恐れる裏の顔になっても、何も満足しない。
まるで自身の父親のように、手段は違えど巨額の富を手に入れその有り余る財力がキリのあくの基盤となっても、何も手にしていない感覚。
それだけがずっとキリを包んでいた。
それを満足させられる可能性をヒコに見出したが……。
違うと言うのか?
キリの心がドス黒さを増す。
と、言ってもなんてことはない。
ただのズレ。
ヒコは単純になんの装飾もなく言っただけ。
次元が違う。
確かにそうだろう。
ヒコの相手は多元界。
神を自称し、それを言うだけの能力を持っているグランルード。
それを頂点とする異世界の連なり。いくつもの。異能や異形が相手。
それだけのこと。
だが、キリは……それを知らない側だった。
だからズレる。
ズレたまま行った。
きっと、だけど、最初からズレてたんだ。




