050/思い出は黒く塗り潰されている▶1
ヒコが率いる街賊、セディショナリーズ。
今や八華都市でも知らない者はいないと言われる有数の悪党として名を馳せている。
だけどどんなスターにもデビュー前があり、下積み時代があるようにセディショナリーズにもある。
セディショナリーズを作ったのは、ヒコ、アレックス、そしてキリという男。
さらに言えばキリが築き上げたといってもいい。
3人のオリジン。街賊の時代のはじまり。
しばし回想。
ヒコやアレックスがキリという男に出会ったのはいわゆる幼少期、幼稚園児の頃。
ヒコの3歳上のキリは小学生で所謂悪ガキだった。
万引きは日常。そのへんから金目の物を盗んでは売りさばくという悪事を平然とやる子供だった。
よく先生や警察、街の大人達に追いかけられていた。
そんな走り逃げるキリを眺めていたのがヒコやアレックスだ。
ヒコはまだ自分が何者かなんてよくわかってなかったし母もいて、また2つ年下のいも……弟もいて、父はいなかったが割りと平穏で幸せだった。
だから別段、キリの悪童ぶりも傍目に見ているだけ。
父がいない不自由はあっても笑顔でいることができたし弟と遊んで楽しい日々。
だけど余計なことを掘り下げて面白がる者はどこにだっている。
ちょうど小学校1年生の頃。小学生に成り立ての頃だ。
「おめえの父ちゃん家出したんだって~?」
「よーよーなに? 女と逃げた?」
「なんだよー捨てられたのかー?」
父がいない事に対する中傷。どこかで見たんだろう。
ドラマか? 愛人と家を出ていく父とか。
小学生に成り立てで妙に大人ぶる子供達。
「親無しじゃねえか。学校きててい……」
ドスン。
目の前には突っ伏しているランドセルを背負った男子。さっきまでヒコを小馬鹿にしていた奴だ。
ヒコはそれを見下ろし、そして視線を上へ。
そこにはキリが立っていた。
「言いてえ奴には言わせりゃいいが気にいらないならぶち飛ばせ」
ぶっきらぼうに、危ない目付きで言い放つキリ。
小学校4年生の風格じゃあない。顔はあどけなさも残る少年だが立ち振る舞いがもうチンピラ。
目つきも鋭い。
でも――兄貴ぃ! と呼んでしまいそうな力強さと佇まい。
長い髪をかきあげる仕草さえ男前。
すでにそんなキリは小4ながら160cmの長身で堂々としていた。
見た目だけじゃない。
すでにキリの悪童ぶりは極まり界隈では知らない者がいない程の不良少年。大人達もその名を聞けばしかめっ面。
例に漏れず小1のヒコも小2のアレックスもキリ를慕った。
「キリちゃんまた追いかけられてるの?」
「あ? おおーヒコか。まあな、人気者だ。あっこれやるよ。売ったら10万ぐらいにはなるぜ、じゃあな」
「キリちゃんキリちゃん。どうやったらケンカに勝てるん?」
「おっ、ヒコ。ケンカに勝ちたいのか? そうかそうか。お前もそんな年頃か。ケンカはな、どんな手を使ってもいいんだ。相手を目の前に転がした方の勝ちだ」
「キリちゃん。オンナに告白する時ってどうしたいい? なんかプレゼントすんの?」
「はぁ〜? ヒコ。好きなオンナできたか。そうかそうか。そんなもん金渡せ。中途半端な額じゃだめだぞ。束でバシッとよー。どんなオンナも落ちるぞ」
とかなんだかんだとヒコはキリを見つけてはついていった。
キリも屈託なく普通についてくるヒコが全然嫌じゃなかった。
他の奴らはキリを恐れて作り笑いを浮かべるか、キリの事を忌み嫌って追いかけるか逃げるかだ。
そんなキリは中学に上がってから界隈での悪名がぐんぐん上がっていっていた。
まあもっとも大都市である八華都市の繁華街がホームタウン。
南部地域に広がるヘブンと呼ばれる一大歓楽街の一角に学校があり行動範囲もそのへん。
学校の周囲は商業ビルや飲み屋が多く、さらに再開発などもあり住民は郊外に行くかして都会ゆえの過疎化が進んでいた。
だから実際のところ全校生徒が30人程度。
その程度なので余計にキリの威光は大きく影響力はデカかった。
やがてヒコも中学生になったがその頃にはキリは高校にもいかず裏社会に染まっていっていた。
「まあ食えよ。母ちゃん1人でお前と弟育ててたんじゃ大変だろ。ここで晩飯代浮かせろ」
とか言ってファミレスで全メニューを頼んでヒコに食べさせるキリ。
金なんて唸るほど持っていた。
窃盗強盗恐喝暴行、ありとあらゆる悪事を行ないそれを取り仕切るキリだ。金は勝手に集まってくる。
「なんなら俺んとこ来るか? 1人で住んでるんだ」
キリはタワーマンションの上の方に住んでいた。
家賃だけでウン十万。
十代半ばか? と疑う程の生活。
ヒコの3つ上とは思えない程かけ離れている。
「欲しいものがあれば奪え。それが道理だ。遠慮も躊躇もいらねえ」
それがキリの口癖だった。
恐るべき存在だったが、ヒコやアレックスには優しい良き兄貴分。
面倒見もよくヒコもキリを慕っていた。
なんとなくこうやって続いていくんだろうと思っていた。
だけど永遠なんてものがないように、一変する。
ヒコ、15歳の時。
母が突如行方不明になり、そして……殺された。消されたんだ。
グランルードだとか言う奴らに。そこの王に。
つまりヒコはそこで真実を知る。
母に起こった惨状を知り駆けつけた15歳のヒコが目にしているもの。
母の遺体を棺に入れて抱えあげる全身白ずくめの者達。
顔も鼻から下は白い布で覆われ表情も分からない。
だけどヒコにとってそれは敵だ。
例え優しい表情をしていたとしても。
「……なにやってんだよ! おい!」
白ずくめの者達に掴みかかろうと手を伸ばし駆け寄る。が、2メートルはあろうかという大男にはね飛ばされた。
「これが……落胤。忌むべき存在、王の落とし子か」
純白のローブに身を包みフードを目深に被った老人が小さく言った。
ヒコにとってはなにを言ってるのか理解不能だが、目の前の奴らを片っ端からぶっ飛ばさなければならないということは分かっていた。
母を助け無ければ。
「王も戯れが過ぎますな」
大男が言った。
老人は少しだけ口元を緩め、
「王のやることそれは即ち、全知全能の神がやること。我々が口を挟むことではない」
と、諌める。
「しかし……王になられたばかりだ。過去の過ちは正さねばならん。不穏分子は取り除けとの命だ。我々はそれを粛々と実行するのみ」
「このような穢れたモノは跡形もなく消し去らねば」
「そう! まったくもって偉大なるグランルードの汚点となりましょう!!」
「しかしながら王は落とし子の方は捨ておけ……とのことだ。残念ながらな……まったく忌々しい」
口々に白ずくめの者達が喚く。
【 言いてえ奴には言わせりゃいいが気にいらないならぶち飛ばせ 】
あの日、初めてヒコがキリと喋った時の言葉が蘇る。
そうだ。気に入らないんだ。
わけのわからないことをベラベラと。
「貴様は穢れた者。神々の汚物。多元界の恥であり敵だ!」
そうだ。敵だ。恥じたことはないけど。
衝動。
気づけば目の前に白ずくめの者が2人倒れている。
ヒコの息遣いは荒い。
「なんという事を……我々に手を出すか……しかし……」
と、老いた白ローブの男は悠然と歩みを進めながら、
「王は、穢れたあのニンゲンのオンナを地獄へ送れとのことだ。それだけ。落とし子には関与するなと。もっともどのみちこの下等な世界を這いずり回るぐらいしかできんだろう」
それだけ言い残し行ってしまう。
残った大男や複数の白ずくめとヒコは立ち回るが、力及ばず倒されてしまう。
母が遠ざかる。白ずくめ達も。
立ち上がることもできず小さくなるその集団を目だけで負う。
ギリギリと奥歯を噛み軋むような身体を投げ出していた。
救えない。助けられない。手が届かない。
訳もわからず奪われる。敗北だ。
どうやら自分はこの世界のニンゲンではない。いや半分はそうだ。ニンゲンだ。
母の血がある。その母を、父が殺したこと。
母が父にコロされた? 父が母をコロした?
その時のヒコの頭の中はそんな自問でいっぱいだった。
なんだ? 多元界? グランルード? なんだの話だ?
だいたい父の記憶なんてない。
物心ついた頃からずっと母だけだ。
まあ種違いの弟はいたけど。
そして、奪われた。
だからヒコはそこから立ち上がる。
奪われたモノを取り返すために。
そして、今度は何もかも奪うために。
情けも容赦も必要ない。
それが悪なら悪でいい。
「そうゆうことだろ?」
小さく独り呟く先にヒコはキリの幻影を見た。
笑っていた。
凍りつくように冷たく、それでいて全てを焼き尽くすような空気を帯びながらヒコは街を行く。
「そうだ。ヒコ。気に入らねえ奴はぶちのめせ。自分の目の前に転がして見下ろせ」
キリが笑う。
敵は谁だ? どこにいる?
父か? 父はどこだ? そのグランルードとかいう世界はどこだ?
多元界の連中はどこに隠れている?
気に入らない。そうだ、気に入らないだからぶちのめす。
キリの言う通りだ。
何が気に入らないのか?
世界だ。この街を裏で支配する多元界。
その頂点にあるグランルード。
さらにその真ん中、王。母を殺した父だ。
すべてだ。すべて気に入らない。消す。
消し去る。跡形もなく。
奪え奪え奪え。
憎悪憎悪憎悪。渦巻く憎しみ。
奴らが密かに蠢く街なんてぶっ潰してやると言わんばかりに暴れる。
「いいねいいねー。そうだ。自由にやればいいんだ。止めるモノはなにはねえ」
そう、キリの言う通りだ。
止めるモノなどなにもない。
あったとしても踏み越えていけばいい。




