049/龍、蜜に溺れる
リュウジの強さは本物だ。
武闘派のスレッジハンマーズ・ナンバー2の双璧。
その噂は街中を駆け巡っている。
ブルドーザーに衝突されてもビクともしないだの、50人の空手家を秒殺しただの、ビルの8階から落ちてもピンピンしている程頑丈だとかだの、あげくに素手で熊を倒しただの……。
そのどれもが眉唾物だが、相対してわかるその本物感。
すでにカノンのナギナタはへし折られている。
折られながらも二刀流に切り替えたが、さらにそのうちの1本も折られた。
「そんなもんが俺に効くわけねえだろ」
と不敵に笑うリュウジ。
たしかに掴まれたらあとはパワーでなんでもへし折ってしまいそうだ。
ダラーンと構えもクソもなく突っ立っているくせに、そのパワーを見せつけられると下手に動けない相手。
久々にカノンは震えそうになる。
それは恐怖ではなく、強者と出会った時の言い知れぬ感情。
この先どうなってしまうかわからない、予測不能の戦いへの興奮だ。
それに感情が動く程度にはカノンも街賊ライフを楽しんで長い。
「だいたいそんな格好で動けんのかよ」
リュウジが指さして指摘してるのは、カノンのドレス姿。
黒のロングドレス。タイトなシルエットだ。
戦いには向かない格好。
そんなことは百も承知。
だから一応スリットは深めだ。
カノンはそこから脚を露わにして構える。
「いや……だからそんな格好で……」
と急にモゴモゴと口ごもるリュウジ。
カノンの生脚をチラチラ横目。
――ふむ……。性的な目で見ていると。
カノンはそう感じ、さらに脚を伸ばした。
「よ、容赦はしねえからな……」
リュウジのパワフルな雰囲気はなりを潜める。
どうやらオンナ慣れしていないらしい。
だからこそ殊更、オンナでも容赦しないと何度も強調する。自分に言い聞かせるように。
カノンはそれを感じて一計。
「ねえ。それなら……。このドレス脱いで戦ってもいいわよ」
「……! なっなにぃ!!」
「オススメするまでもなく……どこと同盟組んでるのか教えて……」
と、カノンは上目遣い。さらに唇も軽く舐める。
それを目を開いて凝視するリュウジは、今にも鼻血を噴き出しそうに顔を真っ赤にしている。
よく見ると耳まで赤い。
いや、初すぎ。
「そ、それはお前、アレだ。そんなこと言えるわけ……」
「ええ? ざーんねん」
カノンはさらにスリットを破り、脚を股下まであらわにした。
「ぬうう! まあ……それにこたえたところでお前にどうすることもできねえか……いいだろう!」
と、胸を張って堂々としているが不純すぎる。
ハニートラップにすぐかかるタイプ。
もう自らかかって行くタイプだ。
「じゃあ……教えて」
と言いながらドレスに手をかけるカノン。
リュウジの生唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。
「……キリだ! キリの率いるスナッファーだ! よく知ってるだろ!」
さらに大きな声で言うリュウジ。
そうでもしないと理性が負けそうなのか。
「キリ……スナッファー……」
呟くようにカノンは口にした。
もちろん……よく知っている。
この街において有名な街賊だから、だけではない。
たしかに誰もが知るところの街賊だ。
南東区一帯を勢力圏に置く巨大組織。
その悪名を知らない八華民はいないとも言われる。
それがスレッジハンマーズの同盟相手。
発言の通り、スレッジハンマーズと同盟を組んでいるのはスナッファー。
それは厄介だ。
その勢力の規模だけが厄介なわけじゃない。
もちろんその勢力はもはや巨大過ぎて、セディショナリーズなんて敵わないレベルまでいっている。が、もっと厄介なのは、
「……お兄様の幼馴染……セディショナリーズの創始者の1人……」
カノンがふっと呟いた通りヒコの幼馴染でありセディショナリーズの創始者、オリジンズの1人だ。
ヒコ、アレックス、そしてキリという3人こそがセディショナリーズを生み出した最初の3人であること。
だからこそ、キリという男はセディショナリーズにとって厄介であり危険だ。
「はやく脱げよ!」
鼻息の荒いリュウジがいきり立つ。
「わかったわよ〜」
と、猫なで声でカノンはドレスの裾を捲りあげた。
リュウジは露わになったその股間部分を凝視。
そして直後固まる。
――どうゆうことだ?
なんの膨らみだ? おかしいぞ。
しかも大きな膨らみだ。???
なんだ? 俺より大きくないか!?
思考停止していくリュウジ。
ハッキリいって隙だらけ。
その横っ面を折れたナギナタで一閃。
弾かれたようにヨコに吹っ飛んでいきコーナーポストに頭から突っ込んだ。
そのままカノンは第二、第三……とケリやヒジ、パンチを繰り出す。
いわゆるタコ殴り状態。
さすがのパワー溢れる肉体も無防備&脱力していては滅多打ちであっさりと沈む。
白目を剥いて倒れたままだ。
「意外と簡単でしたね。わたしの魅力のなせる技ですね」
と涼し気なカノンはドレスの乱れを直す。
しかし悠長に構えていられない。
ここでこのリュウジを倒しマッスルビルを手に入れたからといって、何も安心できない。
掴もうとした勝利ですらないかもしれない。
動き出したスナッファーのキリ。
ヒコやアレックスと幼馴染でありながら袂を分かち牙を剥いてくる相手。
これをなんとかしなくては。
この場を任せようと、カノンは遅れてやってきたファイヤーボール達に事後処理を指示。
「姐さんどしたの? あの有名な龍を倒してマッスルビルも制圧したのに焦ってない?」
ファイヤーボールがつぶらな瞳でカノンを見つめている。
見るからにピュア感がある。
「……スナッファーが動いてるのです。私はすぐにホテルに戻ります」
「スナッファー? キリか……。俺アイツ嫌いだな~」
そう言いながらもまだ純真な目をしている。
実際はそのように見えるだけの、酸いも甘いも味わい泥水さえ啜った者だ。
比喩でもなく本当にそんな環境に身を置いた者。
それでもそんなファイヤーボールでさえ気分が悪くなるような男がキリだ。
「まったく相変わらず汚い男だねアイツは」
毒づくファイヤーボール。
カノンは応えない。
いくら袂を分かち敵対しても、かつてはヒコと肩を並べセディショナリーズにいた。
共にクルーを大きくした。いや、ヒコにとってはかつては兄貴のような存在だったと聞いたこともある。
お兄様の兄貴! つまり兄の兄!! と人知れず熱くなるカノン。
まあそれはさておいても、シンプルに敬愛するヒコの幼馴染だ。
邪険にはしたくない。
例えファイヤーボールと同じ気持ちだとしても。
「キリ……様……」
カノンは小さく呟き、ヒコに報告のためショートメッセージを送った。
そんな諸々の報告を受けたヒコ。
「マッスルビル陥落……リュウジを倒した……と……ってリュウジって誰だよ。
え? ああ〜コイツ? ムキムキやな。カノンよく倒したなこれ」
とかスマホを観ながら、ミコが隠れている視聴覚室に入る。
「やっと来た! ねえ? もういい? 卒業式戻りたいんだけど」
「あああああああ!?」
安堵しているミコの言葉を遮るヒコの叫び。
「え? えええ? ちょっ何急に? 私そんな変なこと言った? てかそんな大きな声出して大丈夫?」
安堵から一転、さっきより不安感が増すミコ。
「不味いな……。キリちゃんが動いた?」
ヒコから出た言葉は聞きなれない。
きり?
なにそれ? と不思議そうな目をしながらも、また多元界のナニかかと身構える。
――次はなんだろう? 神を自称するお仲間?
どこかのわがままお姫様?
凄い技を使う異世界の戦士?
あれ? そういえば以前少し出た名前のような……と記憶をたどるミコ。
「キリは俺の幼馴染だ。まあ歳は俺の3つ上だけどな。ガキの頃はいい兄貴って感じだったよ。
ほんと、よく助けてもらったりさー。
悩みも聞いてもらったり。俺の初恋を後押ししてくれたりもしたな~」
遠い目をしながらヒコが言う。
黙って聞いているミコにとっては、なにが不味いのかまだわからない。
懐かしそうに語るヒコからなんとなくいい思い出を喋ってるような雰囲気が漂ってるから余計に。
「ま、今は俺を殺そうとしてるけどね」
言葉の落差が凄い。
だけどさっきよりも嬉しそうなヒコ。
狂ってるなーとミコは思うだけ。
「で、そんなキリちゃんがうちのホテルを攻めようとしてる。うん、さすがにそれは不味い」
ミコにとっては関係性もよくわからないし、この状況でどうしてそうなってるのかもわからないが、どうやらもう卒業式は諦めた方が良さそうなのはわかる。
「さて……筋肉軍団の包囲網を突破してホテルに戻らないといけなくなった。ってことで、ミコミコ。もうひと踏ん張りだ」
もうツッコむ気力もないミコは無表情。
ヒコはまだ半分思い出に耽ってるようにニヤけている。
幼馴染が殺しにくる。そんな未来なんて予想もしてなかっただろう、あの懐かしき日々を。
そう、懐かしき――日々を思い返す。




